医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内

Helicobacter pylori研究のあり方を提示

Helicobacter pyloriと胃炎・胃癌 木村 健,榊 信廣 編集

《書 評》竹本忠良(東女医大成人医学センター)

 この本の共編者は,2人とも,私と強いつながりを持っているので,書評をする私は大きな弱味を持っている。できれば,一般の臨床医の立場にたって読んでみたいと思ったが,この私に「平均的な消化器病医」の水準がわかるはずがない。この頃は,消化器の学会・研究会などいたるところで,Helicobacter pylori(以下Hp)の講演・シンポジウムが行なわれていて,すでに水準の低い企画などそっぽを向かれている。

Hp研究の最大鉱脈への挑戦ルートを模索

 その点,Hpの理解に必要な最新知識は網羅したにもかかわらず,あえて主題を胃炎・胃癌においたことをまず評価したい。正確な視点であり,最も適した編者であったといえよう。冴えた頭脳を持ち,健筆でも知られる木村健教授を,いまさらここに紹介しないが,榊信廣博士はもと山口大学第1内科にいて,木村氏と同様に,胃炎の内視鏡研究を得意としていて,かつ早くからHpの研究を手がけた人である。榊氏が論文を書く様子は,そう器用とはいえないが,評論家であった唐木順三が,かつて自ら書いたように,「讀んでは書き,書いては考え,考えてはまた讀む」という執筆ぶりを通した人だ。
 このHpの本も,唐木のいった「鉱脈発掘作業」にも似て,Hp研究の最終目標に向かって,いかに独自の道を歩むか,Hpと胃炎・胃癌との関係を明白に証明するために今後どのような追求が必要なのか示したものである。彼らが,永く日本の胃炎・早期胃癌の内視鏡研究を勉強してきたという重い使命感が,このHp研究の最大鉱脈への挑戦ルートを模索し,見事なこの本を編ませたものと受けとめている。自ずから,外国のHp研究者が持っていない視点に立っていて,日本の今後のHp研究のあり方を明確に示していると重ねて書いておこう。力作である終章の「H. pyloriと胃炎・胃癌-将来の展望」は,欧米追従に終始した業績の多いわが国の研究へのまさに警世の文でもあろう。
 最後に,余計なことを書いておくが,このたびサンフランシスコのDDWに参加して,学会の展示場で,新刊のLeeとMegraud編集の“Helicobacter pylori"(Saunders社刊)をたった48$で求めた。503ページの製本も堂々とした本で,Hp研究者にとって必読の本である。
 つまり,東西呼応して,水準の極めて高いHpの本が出たことになる。医学書院の大胆な企画と実行力に敬意を払うとともに,この本の単価が数千円程度になるよう,一段と企業努力をお願いしたい。
(B5・頁236 税込定価11,845円 医学書院刊)


開業医にとっての診察と治療の守備範囲

開業医のための循環器クリニック 五十嵐正男 著

《書 評》松村理司(市立舞鶴市民病院副院長)

 『不整脈の診かたと治療』(医学書院刊)で読者を惹きつけた五十嵐正男先生が,長年勤められた聖路加国際病院をお辞めになったと人のうわさに聞いてからしばらくになる。今回,その後の9年間の開業医としてのご経験をまとめられたのがこの本で,タイトルも『開業医のための循環器クリニック』とユニークである。中身もユニークで,特にコンセプトの幾つかがすばらしい。
 第1は,病歴と身体所見と外来検査についての記述が極めて標準的であり,徒らに突出的なものがないこと,しかも相互のバランスがうまくとれていることである。また,身体所見や検査の幾つかについてはsensitivityやspecificityが問題視されていて,緻密な手法がとられている。
 第2は,治療薬の種類がかなり絞り込まれていることだ。個々の薬の切れ具合・切れなさ具合や副作用が,文字どおり自家薬籠中のものとなっている。と同時に,時には欧米の大規模な比較対照試験による成績にも触れられている。だから,著者の決意も相当なもので,「1人の人に処方する薬剤は3種類までが目標。新薬は原則として使わない。製薬会社の宣伝員にはできる限り会わない」そうだ。それは,“薬をめぐる良き保守主義”を標榜している私にはとても快い。

病院勤務と開業の双方に裏打ちされた臨床センス

 しかし,何といっても真骨頂は,開業医にとっての診断と治療の守備範囲が,若干の幅を持ちながらも,個々に具体的に述べられていることである。近代病院勤務と個人開業の双方の経験に裏打ちされた臨床センスに感心させられる。近年,病診連携がかまびすしいが,ややもすると政治的掛け声に流れがちなのとは好対照だ。こういう次第だから,「III.送り先病院の評価」も,手厳しいだけでなく,心のこもった生きた内容になっている。
 創意工夫にもはっとさせられた。クリニックの階段を有効に使った運動負荷試験は,その代表例である。私も,Master二階段試験では心拍数が十分上昇しないことが多いのを不満に思ってきたので,この工夫は嬉しい発見だ。もう1つは,発作性心房細動や発作性上室頻拍のdry cocktail療法(ジソピラミド100mgとプロプラノロル20mgまたはアセブトロール100mgの頓服)だが,浅学にして知らなかった。さっそく試してみたい。
 疑問点もわずかながらあった。1つは,開業医にとっての心エコー検査の意味である。著者は,1日も早くこの検査が一般のクリニックでも活用されることを再三願っている。しかし,私は,聴診器のもっとまともな使用のほうが先決であると思う。一般開業医の装備機器類は,中小病院にもいえることだが,今でも高級で,多すぎるからだ。もっとも,ここから意見が別れるところであろう。その他細かいことだが,20頁で「早期脱分極(early deporalization)」とあるが,「早期再分極(early repolarization)」が正しいのではないか?それから,177頁で「Ⅲ群の薬剤はわが国ではまだ発売されていない」とあるが,アミオダロンはすでに1992年に薬価基準収載されているはずである。

読者対象は研修医から一般内科医まで

 小さな異論はさておいて,この本はとてもためになる。その対象は,開業医にとどまらない。広く研修医,さらには私のような病院に勤務する一般内科医までが含まれよう。蛇足ながら忙しい著者に続編がお願いできるとすれば,それは,具体的な症例の問題解決を軸とした学習書である。
(A5・頁194 税込定価3,708円 医学書院刊)


レジデント臨床研修の伴侶に

レジデントのための呼吸器病学 太田保世 監修

《書 評》川上義和(北大教授・内科学)

 臨床の現場では先輩が後輩を導き教え,後輩は先輩に習うことに無上の喜びを感じるものである。これは,洋の東西を問わず,また古今を問わず,続けられてきた臨床研修の麗しい伝統であろう。
 このたび出版された『レジデントのための呼吸器病学』を通読してまず感じたのは,この麗しき伝統の姿であった。文章や図,表の合間に先輩が後輩を思う暖かい配慮とともに厳しさを感じたからである。この理由を考えてみた。

執筆者は臨床現場でレジデントを教育する指導医

 まず,執筆者は40人あまりと比較的多いが,いずれも教授とか部長などのレベルではなく臨床の現場でレジデントを直接教育する立場にある指導医であること。この日常の体験に裏打ちされて指導に必要不可欠の項目や内容が見事に網羅されている。記述も簡潔,明快である。長たらしい文章が続くのを避けて,細かく項目が立てられ,箇条書きに徹しているのがよい。今の若者には受け入れられやすい文体である。
 次に内容の新しさが挙げられる。もちろん,古典的な内容が今も活きている分野(解剖や生理など)はそのように書かれているが,最新の病態生理,診断基準,統計が随所に取り入れられている。在宅酸素療法に関する厚生省研究班のデータなどである。図解が豊富なのも特徴で,フローチャートも随所に取り入れられている。このあたりも指導経験から生み出された知恵であろう。
 本書は4部から成る。第I部では呼吸器の構造,生理,病態のメカニズムを図,表,写真,フローチャートを使って要領よく説明してある。正しい出典が選ばれ,いちいちそれがことわってあるのが嬉しい。
 第II部は診断手技である。症状,身体所見から始まり,肺機能検査,胸腔穿刺・胸膜生検,喀痰検査,気管支鏡,肺生検,画像診断,右心カテーテルがとり上げられている。いずれも要領よく箇条書きにまとめてある。ただ,核医学的検査の記述は非常に淡泊である。気管支造影やSABの記述はもう実用上の意味はないので1行ほどで済ませてもよかったように思う。
 第III部は治療手技である。気管内挿管,胸腔ドレナージ・胸膜癒着術,内視鏡的治療,呼吸療法,在宅酸素療法,人工呼吸,喀血などの特殊な治療から成る。最近話題の胸腔鏡下生検・手術もほどよく説明されている。

最新の治療の網羅に力点

 第IV部は主要疾患である。最新の治療の網羅に力点が置かれてあり,感染症の項目などに見られるように薬剤の種類はもちろん使用量まで書いてある。頻度の高い疾患たとえば感染症,気管支喘息,肺癌などはページ数をかなり割き非常に詳しく書かれてある。肺癌では,老人保健法による集団検診の判定基準や指導区分から始まっており,胸部CTの縦隔リンパ節の説明はカラー図である。これに比べて同じように頻度が高いCOPDの説明については,治療を除いてまことにあっさりしている。これと第Ⅳ部の締めくくりが「禁煙指導」であることを合わせて,監修者の哲学が表われているように思ったのは筆者のうがちすぎであろうか。
 値段も手ごろで,まさしくレジデントの臨床研修の伴侶としてふさわしいポケット版である。
(B6・頁516 税込定価5,665円 医学書院MYW刊)


時代の流れに沿った全く新しい教科書

標準微生物学(第6版) 川名林治 監修

《書 評》橋本 一(北里研究所部長)

 医学書院刊行の『標準微生物学』第6版は,分子生物学が微生物からヒト側の反応まで解析を深めてきた時代の流れに沿って,思い切った改革を試みている。5版までの3年ごとの改訂と異なった全く新しい教科書といってよい。

感染症の立場からウイルス学強化

 前編集者を含め現場を離れた多くの教授に代わって,今回は編集者も多くの執筆者も若返って,学問の新しい効果が十分に取り入れられている。何よりも今や膨大な知識体系となった免疫学との両立を避け,代わりにウイルス学を強化したのは,感染症という立場から全編を統一した新しい編集方針といえよう。
 第1章に「生体防御」というヒト側の要因をまず持ち出したのは,斬新な構成といえる。学生はすでに新しい生理・解剖学を学び終わっているだろうから,素直に理解できよう。「総論」では新しい知見の多い形態生理,新薬が相続く化学療法など,新しく書き下ろされてわかりやすい。「各論」では最近のトピックであるMRSAやAIDS,大腸菌O157,また胃潰瘍と関係深いピロリ菌などの記述を読み,満足に書かれているという感想を持った。多くのまとめの表や図解も力作である。写真では例えば図4-34のごとく,教科書的に選ばれたものは説得力が大きい。
 しかしこの書は改革第1版であるだけに,各執筆者は他を識らないはずである。彼らが改めてこの書を読み,些事を省いて各項間の連携統一をお互いに図ると,もっとよいものになるであろう。例えば表3-1の年表は歴史を概観させる優れた試みであるが,細菌にこだわったために,WHOの天然痘撲滅宣言やエイズの世界的脅威に触れていない。これは分担執筆の宿命であるが,もっと細菌学とウイルス学の境界を越えた記述がほしかった。「環境と細菌」の項では,2人の執筆者ともウイルスを取り入れている。
 私見を述べると,もっと徹底して斬新な構成にしてもよかったと思う。序論の色つき頁の感染症を主とした表は,臨床家の実践に役立つための配慮と思うが,ここでも細菌とウイルスを別記せず圏外に独立させたほうがよい。「結核・感染症サーベイランス」も行政面が関係することから,独立した節として「環境と微生物」の中に入れたほうがよいと考える。環境問題はますます重視されている現代的課題で,細菌・ウイルスの区別はないはずだから,これは独立した章として院内感染もバイオハザードも,性(行為)感染症もペットの問題も,また輸入感染症も入れ,「細菌と消毒」も含めたらよいと考える。そうして残った平松編集者の冒頭文に,ウイルスも含めた微生物学の歴史を続け,ここで微生物学の諸概念を述べたほうが序論としてふさわしいのではないかと思った。

優れた索引と参考文献

 「学習のためのチェックポイント」や周到な索引は細かい配慮で,復習のときに便利である。そのためにも序論で採用されたようにキーワードを太字にし,3章Ⅲ節のように本文を簡潔にし,詳しい解説を小文字にすると読者の理解と興味をより深めるであろう。旧版にあったように優れた参考文献は,教える側にとって有益であろう。
 内容的に批評子も興味を持って通読したが,学生のみならず卒業後年を経て専門化した医療従事者たちも,現在の微生物学の進歩の現状を概観するのに本書は適切な読み物といえよう。
(B5・頁554 税込定価6,592円 医学書院刊)


論文中遭遇する新世代の用語を解説

キーワードを読む 皮膚科 塩原哲夫,宮地良樹 編集

《書 評》瀧川雅浩(浜松医大教授・皮膚科学)

 科学の進歩は早く,皮膚科とてその例外ではない。30年前の皮膚科学の世界でまだ卵であった,あるいは孵化したばかりの学問が,いまや成長,開花し,それに加えて新しく誕生した学問がどんどん参加してくる。皮膚科がある意味で,科学のオリンピック会場の1つとなった感すらある。最近の論文を読んでも,CD help, Factor Who, γδ whatなど専門(のオタク)以外には理解できない用語の羅列である。
 このような状況下で,塩原,宮地両先生による本書はまことに時宜を得たと言うべきであろう。取り上げた項目はしばしば遭遇する新世代の用語で,これをABC順に配列して解説するという体裁をとっており,その各項目の執筆者もその道の専門家である。解説に用いられた言葉を理解するために,別のキーワードの本が必要と感じられる部分も散見されるものの,記述内容はおおむね妥当でわかりやすく,量も1ページとちょうどよい。
 このような本を座右において,専門書,雑誌をひもとくなら,理解度も深まり,学術書を読む楽しみも増えよう。
 この発案は「さすが両氏」というべきであり,斯界において久々のユニークな本であり,是非手もとに置かれることを勧めたい。
(B5・176頁 税込定価3,605円 医学書院刊)