医学界新聞

 連載 イギリスの医療はいま

 第4回 イギリスの看護職

 岡 喜美子 イギリス在住(千葉大学看護学部看護学研究科修了)


 英国の看護職に圧倒的人気を誇る看護系雑誌に「Nursing Times」がある。看護関係の雑誌で週刊というのに驚くが,中を見てさらに驚かされるのは半分以上のページがリクルート広告で埋められていることである。
 英国の失業率は8.8%と高い数字であるが,それにひきかえ看護職の失業率はわずか1.5%で,常に供給不足の状態(ただし売り手市場という意味ではない)である。その上,ほとんどの看護職は2~3年ごとの短期契約で仕事をしているため,契約更新時によりよい条件を求めて転職する者は多い。そこでこのリクルートページが看護職のあいだで大人気なのである。

様々な看護職種

 看護職募集の広告は日本のそれに比べると複雑でかなりややこしい。つまり看護職の種類や職階が大変多く,その名称もバラエティに富んでいるためで,慣れない人にはナースって何だろうという疑問を抱かせかねない。
 しかしこれをよい方に考えると,看護職の卒後教育が盛んで,キャリアアップのために様々な専門的資格をとる人が多く,結果的に看護職における専門分化が進んだのだともいえる。そこで今回はその様々な看護職の中から主要なものを紹介したい。
RGN(Registered General Nurse)
 主に病院や地域診療所で働く一般的なナースである。first level nurseとsecond level nurse(EN:enrolled nurse)の2種類があり,前者は日本でいうところの看護婦,後者は准看護婦にあたる。また地域にいて訪問看護を専門とする者をdistrict nurse,地域診療所で外来業務を主とする者をpractice nurseと呼んでいる。
RMN(Registered Mental Nurse)
 精神科専門看護職であるが,病院や施設で働くだけでなく,退院後の患者のフォローアップや老人性痴呆,アルツハイマー病などで自宅療養している患者の訪問看護をしたりする。英国では,今世紀末には老人性痴呆症の患者が100万人に達すると見込まれており,精神科のベッド数不足もあって,なるべく在宅での精神科医療が勧められている。現在では入院患者の半数が1か月以内に退院しているので,そのフォローアップを担う地域精神科専門看護職(community psychiatric nurse)の働きは特に重要である。
RM(Registered Midwife)
 助産婦のことで,日本の助産婦に比べると専門性,独立性が高いのが特徴である。現在では助産婦だけで扱っている分娩数は77%にも及ぶ。病院の産科病棟はほとんどのスタッフが助産婦であり,地域では診療所に籍を置いて,妊婦健診,分娩介助,産後の家庭訪問までこなし,個人的に開業助産婦として働く者もいる。
HV(Health Visitor)
 地域診療所などに勤務する保健婦的存在である。主な仕事内容は病院を退院した後のフォローアップで,家庭訪問が主体となる。特に出産後の母子の健康管理や在宅医療に力を入れている。簡単な薬なら処方箋を出す権限もあり,地域の中で医療機関と家庭を結びつける要となる職種である。
 これらの他にoccupational nurse(産業看護婦),school nurse,nurse practitioner,clinical nurse specialist,RNMH(registered nurse for the mentally handicapped)等まだまだいろいろとあるが,これらはまた別の機会にでも述べることにしたい。

看護職の待遇

 英国の看護職の待遇は劣悪の一言に尽きる。諸外国とは物価や勤務条件などが違うので一概に比較はできないが,給与もアメリカや日本,ヨーロッパの看護職と比べてさらに低い水準にある。例えば新卒で年収1万2000ポンド(約200万円),婦長クラスでも2万ポンド(約340万円)くらいである(注:物価は日本の3分の2強)。英国では,看護職の雇用主となる病院,診療所などは,ほとんどがNHS(National Health Service)によって運営されている公的機関であり,国家の医療予算不足のあおりをもろに被っているといえる。
 昨年度,政府が看護職の全国ベアを1%と指示したことに対し,長年の低賃金重労働に耐えてきた看護職たちの怒りが爆発した。30万人以上の組織員を擁する最大の看護職労組RCNは,1916年以来続いていた英国看護職の「美しき伝統」,つまりストライキをしないという方針の廃止案に,99%が賛成票を投じたのである。
 さらにこの劣悪な待遇への自衛策として,アメリカ,オーストラリアへの出稼ぎや私立病院への転職が,ここ数年急増している。