医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内

心臓核医学のパイオニアの手による書

新しい心筋製剤による虚血性心疾患の心筋SPECT 村田 啓 編著

《書 評》鈴木 豊(東海大教授・放射線科学)

新しい製剤の使用指針

 1992年から1994年の2年間に,それぞれ集積機序を異にする4種類の心筋SPECT製剤が薬価収載され, 臨床の場で使用可能になった。このことは,臨床家にとって喜ばしいことである反面,これらの薬剤をど のように選択ないし組み合わせて使用すべきかという新たな問題を投げかけている。このような状況下に おいて,新しい製剤の使用指針をめざす本が,心臓核医学の分野で本邦を代表する施設のメンバーによっ て上梓されたことは,誠に時宜にかなったものであると言えよう。
 本書は,巻頭に新製剤の心筋集積機序,SPECTの方法,および診断に際して必要な最小限の基礎的事 項がコンパクトにまとめられており,それに引き続いて,種々の病態からなる30症例が呈示され,巻末に 日本アイソトープ協会のイメージ企画委員会でまとめられた使用指針が掲載されている。本書を通読して いくと,編者が中心になって作成された巻末の使用指針の内容を自ずから理解できるような構成になって いる。

日常遭遇するあらゆる病態を網羅

 本書の核心をなす各々の症例には,簡潔な臨床所見と種々の心筋SPECTイメージが提示され,それぞ れの症例における異なる心筋SPECTの所見およびその臨床的意義が記載されている。さらに,それを裏づ ける資料として,最新の代表的文献が症例ごとに引用されている。取り上げられている30症例は,それぞ れ病態を異にし,示唆に富むものばかりであり,編者らの属する施設のこの分野における水準の高さ,扱 う症例の豊富さを反映するものである。ここに選ばれた30症例で,日常遭遇するあらゆる病態を網羅して いると言っても過言ではなく,1つひとつの症例の画像をじっくり観察し,解説文を熟読,玩味すれば, 次にどんな症例に遭遇してもあわてることはないであろう。
 症例提示を介して著者の意図するところを伝えようとするスタイルの本においては,掲載されている 画像の質の良し悪しが極めて重要であるが,その点,本書の画像の質は,今日のこの分野を代表するにふ さわしい高い水準にあるといえる。

心臓核医学の頼りになる情報源

 全体の構成,症例の選択,薬剤の適用についての記述のいずれの点においても,本邦における心臓核 医学のパイオニアとしての編者の実力が遺憾なく示されており,特に,薬剤の適用に関する記述は,編者 の人柄を反映して誠にバランスがとれており,その適用について誰しも異存のないところであろう。
 本書は,心筋SPECTを依頼する臨床家にとっては,心臓核医学の現状を理解するうえで,この分野に 従事する者にとっては,未知の症例に遭遇した場合ないし他の医師から質問された場合の頼りになる情報 源として,大いに役立つものと確信する。
(B5・頁112 定価4,738円(税込) 医学書院刊)


細胞診断に必要な知識と技術を一冊に

細胞診のベーシックサイエンスと臨床病理 坂本穆彦 編集

《書 評》元井 信(鳥取大助教授・病理学)

細胞診断に必携の一書

 本書は,細胞診は組織診とともに病理診断の両翼を担っているとする坂本流細胞診断学の4冊目の編 著書として出版され,とくに同社の『細胞診を学ぶ人のために』とは姉妹編である。後者は細胞診の標本 作製と顕微鏡所見の指導書として刊行された。それに対し本書は,細胞を診断するための背景的あるいは 裏付けに必須である臨床病理学的知識,および細胞を扱う最新の技術に関する知識が網羅されており,お よそ細胞診に携わる場合には必携の一書である。
 近年,病理診断の領域における細胞診の知識と応用の拡大には目を見張るものがある。なかでも,穿 刺細胞診の導入は細胞診を旧来の剥離細胞診から組織診断と並ぶあるいは相互に補いあう診断方法として 確立し,治療医学のみならず予防医学にも寄与している。一方,その研究方法における進歩も驚異的で, その技法は極めて多岐にわたっている。したがって,細胞診の診断に携わる細胞検査士,医師にはこれら の膨大な病理学的知識と研究技術に精通することが要求されることになる。誰しも細胞診断にあたって組 織学,病理学,臨床医学の教科書やさらには各種の細胞検索技術書の必要性を感ずることが少なくないで あろう。このような現状において細胞診断に必要な病理学的知識と細胞検索技術を1冊の本にまとめたの が本書であり,この種の出版としてはわが国で最初と思われ,誠に時期を得たものである。

執筆陣は細胞診の第一線から

 もちろんこの膨大な知識を1人の著者でカバーすることは不可能であり,本書も34人の執筆者の共著 である。しかし,本書には共著の場合しばしばみられる全体としての不統一性はなく,編者の細胞診の思 想で見事に統一され,全体として必要にして十分な内容がコンパクトに368頁に収められている。これは ひとえに執筆陣が現在細胞診の第一線で活躍中の先生方であり,それだけに細胞診断に何が必要かを熟知 しておられるために成し得たものと思われる。
 内容は,第1章の細胞学,組織学,発生学では細胞の構造と機能が,第2章の病理学,疫学では,基礎 腫瘍学が手際よくまとめられている。第3章では,細胞診の対象となる疾患に限ってその臨床病理的解説 が記述され,章末には都竹正文氏の「イラストで見る細胞所見とその解説」があり,各種臓器の代表的な 細胞所見が美麗なイラストで見事に解説されている。第4章では,遺伝子工学は言うに及ばず形態的観察 法・解析法,組織化学,免疫組織化学,フローサイトメトリー,細胞培養まで,およそ細胞研究に必要な 技法が網羅されている。
 したがって本書は,日常の細胞診断時の伴侶としての利用に加えて,さらに細胞診資格試験を目指す 医師,検査技師には必携の入門書となり,すでに実務を担当している医師や細胞検査士には生涯教育用テ キストとしても最適である。
(B5・頁368 定価13,390円 医学書院刊)


医学生に必要最小限の知識を完全提示

ハインズ神経解剖学アトラス(第4版) Duane E.Haines著/山内昭雄 訳

《書 評》千葉胤道(千葉大教授・解剖学)

神経の構造と機能の関連を重視

 1983年の初版以来,4回改訂されいずれも好評で迎えられてきた神経解剖学アトラスである。原著者 も述べているように,構造と機能の関連を重視し,血流供給路の理解と臨床的事項との関連に配慮した構 成がこのアトラスの特徴となっている。
 このアトラスを見ての第一印象は,アトラスの生命である図の明快さと写真の鮮明なことで,指示さ れた構造が明確に見え,コントラストの良い写真には目的の構造が必要十分な解像度で示されている。図 には,引出線の先に英語の略号と日本語がフルネームで併記され,一目で名称を読み取ることができる。 神経伝導路が極めて明快に赤,青,緑の三色刷りで示され,臨床的事項と主要な神経伝達物質が解説され ている。おそらく,医学生に必要最小限の中枢神経に関する知識,すなわち,minimum requirementが このアトラスにほぼ完全に提示されていると思われる。

実習での観察に便利

 やや詳しく内容を見ると,2章と3章の中枢神経系の肉眼解剖学では,多数の鮮明な写真と血管の分布 を示す模式図に日本語と英語でフルネームの名称が付されていて見やすい構図となっている。4章では, 脳のスライスにやはり英語の略号と日本語のフルネームが付され,実習で実物と対比しながら観察を進め るのに便利である。
 5章と6章は,脊髄から間脳までの断面の染色組織像とそのスケッチが見開きの頁に同じ向きで示され ている。向きの異なる図を対照して見るとき,目の錯覚によりしばしば経験する構造同定の困難さを解消 したこのアトラスの方式は読者に親切である。人脳の連続切片の標本は得難いが,それに代わりうるほど の鮮明な切片像で,随所に対応するMRI写真も挿入されている。6章の一連の矢状断像は立体構造の理解 しにくい線条体,視床および中脳の関係を理解するのを助ける。
 7章では,アトラスとしてはかなり詳しい伝導路の三色刷り模式図と,神経伝達物質,関連する臨床 的事項が簡潔に解説され,随所にこれらの部位を養う血管系についても説明がある。この中に,後シナプ ス性の後索路と頸髄視床路が臨床的に注目されるバイパス痛覚路として記載されているのはユニークで興 味深い。また,海馬と扁桃体を中心とした回路も示され,辺縁系のみならず,近年注目される記憶と学習 に関する配慮とも思われるが,記述ではアルツハイマー病以外は触れていない。分界条底(床)核,視束 (索)前核など2,3の用語に訳者の主張が見られるが今後の歴史が解決する問題であろう。
 最後に8章では,脳スライスをCT,MRI像と対比して配列してある。血管造影では動脈相,静脈相のみ ならず,デジタル差分方式画像と磁気共鳴血管撮影像も示されていて理解を助ける。

自己学習,小グループ学習を進めるカリキュラムに適合

 このアトラスには以上述べた幾つかの特色があり,近年推奨される目的意識を持って能動的に自己学 習や小グループ学習を進めるカリキュラムにも適合した,医学生およびコメディカルの学生はもとより臨 床の現場でも十分に役立つ好著として推薦したい。
(A4変・頁280 定価5,665円(税込) 医学書院MYW刊)  


力動的精神療法の基礎理論と常識を学ぶ書

力動精神医学の理論と実際
Edwin R. Wallace JV. M.D 著/馬場謙一 監訳

《書 評》中久喜雅文
     (東京サイコセラピーセンター所長,聖マリアンナ医大客員教授・精神科学)

 本書のタイトルは,「力動精神医学」となっているが,著者の目標としているところは,「力動的精 神療法」の教科書である。本書はその目標を十分に果たしていると思う。精神療法の訓練を受ける人たち が,「“症状”,“葛藤”,“神経症”あるいは“性格”といった用語について,簡単で操作的な,かつ 理論的に正確な定義もできないのに,自我だの対象関係だの自己心理学だのというわけのわからない言葉 をまき散らすのに驚かされ続けている」と著者は言っているが,私もこれに全く同感である。

多くの症例を通して本療法の深味を教示

 私はアメリカと日本の両国で,力動的精神療法の教育と訓練を行なってきたが,私の印象では,日本 の被研修者は,精神療法に関する理論をよく勉強し,いろいろな知識を持っているが,それらが統合され ておらず,臨床に結びつけるのに困難を感じているようである。本書は力動的精神療法の基礎理論,また は常識を学ぶためのよい入門書である。また力動的精神療法を実践してきた経験者にも役立つと思う。本 書は多くの症例を通して,力動的精神療法の深味を教えてくれるからである。
 これまでも力動的精神療法の教科書は出版されてきたが,本書の特徴は,力動精神医学の理論,評価 面接,力動的精神療法の3つの全部について,総合的に書かれているということであろう。この書物を読 めば,力動理論とその実践について,基礎的な知識を系統的に学ぶことができる。原書は1983年に出版さ れたので,診断にはDSM-IIIを使っている。しかし力動的精神療法の理論と基礎的知識に関する限りそれ は大きな問題ではない。

「分析的」とあえて使わず「力動的」精神療法を

 著者が「分析的精神療法」という言葉を使わず,「力動的精神療法」という言葉を選んだ理由は,精 神分析的という言葉のもつ過剰な生物学的,本能主義的な含蓄を避けたいからだという。彼によると力動 的なモデルは,フロイドの理論を核として,「サリヴァンのような人間関係精神医学の理論家によって彩 られ,より最近では自我と対象関係の心理学によって飾られている」という。私も「分析的」というより は,「力動的」という言葉を好む。「分析」というと治療者が患者のこころを切りきざんで分析するとい う印象を与える(実際にそうする“分析家”がいて,患者のこころを傷つけている)。実際の臨床では, 患者のこころと治療者のこころとの相互交流を,「力動的」に理解することが最も大切であるからである。
 力動的精神療法の研修は,現在の日本の精神医療ではますます重要になりつつある。現在の精神医療 のモデルとされる,Bio-Psycho-Socialなアプローチには,力動的思考が極めて大切である。薬物療法を 行なうにあたっても,医師-患者関係の力動を理解する必要がある。薬物の薬理的効果は,治療的な医師 -患者関係という枠組みの中でこそ,その本領を発揮する。また患者にとって薬物がどのような心理的意 義を持っているかを理解することも大切である。また入院治療における,患者とチーム機能の力動的理解 も大切で,これも本書の最後の章にまとめられている。
 本書の翻訳は13人によって分担された。この翻訳は読みやすく,訳語と翻訳のトーンもこの訳書を通 じて一貫している。各翻訳者とともに,リーダーとしてその監修にあたった馬場氏の御労力は高く評価さ れる。
 私は,本書が力動的精神療法を学ぶ人たちによって,ひろく読まれることを望んでいる。
(B5・頁330 定価12,360円(税込) 医学書院刊)  


骨関節病理に精通した臨床医の手による書

Differential Diagnosis in Pathology Bone and Joint Disorders
Edward F. McCarthy 著

《書 評》廣畑和志(神戸大名誉教授・整形外科)

 日本はもちろん,欧米でもE. F. McCarthyのような骨関節病理に精通した整形外科医による専門書は 皆無に近い。メスを取る整形外科医が最も興味を抱き,彼等の至近距離にあるのは肉眼的病変で次いでそ の裏側の顕微鏡所見といえる。まだ今でも“病理”は病理学者の掌中にあるとの考え方が若い整形外科医 にも浸透してこの方面の研究意欲が失われていく。
 したがって,『Differeantial Diagnosis in Pathology - Bone and Joint Disorders』のように“Clinical, Radiology, Histology, Prognosis & Treatment”のごとく一貫性のある充実した内容のある書が病理学にも造詣 の深い一整形外科医の手によって出版されたことは正に異色といえよう。

病理,病態,診断の要点を浮き彫りに

 本書は3つのセクションからなり,それぞれ合わせて40章に分類されている。各章の冒頭には,ハイ ライトとなる鑑別診断の対象として類似疾患を選び対比させている。たとえば,primary vs. secondary osteoarthritis, chondroblastoma vs. clear cell chondrosarcomaのように,標題としてそれらの背景にある病理, 病態,診断の要点を浮き彫りにし,簡明に紹介している。換言すれば鑑別診断の進め方の手ほどきになっ ている。
 本文では臨床病態,X線所見,組織像,治療および予後を記述し,各章の末尾に特定の写真と画像を 呈示して鑑別診断を補足している。紙面の都合上,ユニークなものについて述べる。
 滑膜炎の病理所見は感染,慢性炎症,外傷性,関節症の4群に分類し,いずれも非特異的なもので, 単に疾患のプロセスを示唆するに過ぎないとしている。色素絨毛結節性滑膜炎とヘモジデリン滑膜では組 織像は異なり,後者では泡沫細胞,巨細胞を欠き,治療法が異なると述べている。primary synovial chondrometaplasiaとsecondary synovial chondrometaplasiaでは骨軟骨遊離体の成因,組織像の鑑別と治療法と 予後についての卓抜な論述を読むと筆者が整形外科医ならではとの印象を受ける。tumor carcinosisと calcium pyrophosphate deposition diseaseでも明解に鑑別点を指摘している。

実地医家が日頃経験し診断に難渋する項目も取り上げる

 日頃実地医家が経験し,診断に難渋する項目も幾つか取り上げられている。その中で,dense periosteal reaction: parosteal osteoma vs. osteoid osteoma vs. stress fractureの鑑別点や,surface osteosarcomaと呼 ばれていてosteosarcomaの亜型で予後の悪いparosteal osteosarcoma vs. periosteal osteosarcomaの記述も大いに 参考になろう。誤診しやすいdistal femoral cortical irregularity syndrome vs. osteosarcomaでは,前者は,大腿 骨下端内側のaddcutor magnusの腱付着部の一部剥離後の骨膜性骨新生の結果であって,osteosarcomaのよう に悪性ではなく外傷によるものである。giant cell tumorと他の腫瘍との鑑別の章では,non-ossifying fibrome vs. giant cell tumor vs. chondroblastomaが目にとまるところである。
 従来,骨腫瘍で最も鑑別がむずかしいとされたprimary lymphoma of bone vs. Ewing's sarcomaの鑑別に 新たに免疫化学的手法が導入されている。lymphomaの細胞は“B‐Cell”であってCD10が証明され,これ まで重視されたEwing肉腫でのグリコーゲン顆粒もすべての細胞に蓄積するとは限らず,CD10, CD45のマー カーが陰性であることから鑑別しやすくなったと報告している。

臨床医主導の記述

 前述したように,本書は臨床医主導性の単行本である。各章に掲載された疾患の鑑別診断では今まで ほとんどの病理学者が診断の裏付けとして活用しなかったX線所見やCT所見と詳細な臨床病態とを密接に 関連づけて,組織像とも連繋させている。並の整形外科医が追随できないほど,綿密な企画のもとに刊行 された名著と太鼓判を押したい。整形外科医ならびに病理学者にとり必読に値する書であり,両者間での CPC教材としても役立つものと確信する。
(頁176 \14,000 1996年 Igaku‐Shoin New York刊)