医学界新聞

第93回日本内科学会の話題より


内科セミナー「内科各分野における最近の動向」

血液,神経,感染症,呼吸器,循環器のトピックス

 第93回日本内科学会では,内科セミナーとし て,「内科各分野における最近の動向」と「インターベンション治療の是非を考える」が企画された。
 このうち「内科各分野における最近の動向」では,伊藤幸治氏(東大教授)と吉見輝也氏(浜松 医大教授)の司会のもと,血液,神経,感染症,呼吸器,循環器の5つの領域から動向が報告された。

ATL制圧の鍵を探る

 血液の分野では,三好勇夫氏(高知医大教授)が,成人T細胞白血病(ATL)に焦点を当て,臨床上 の特徴や,その病因であるHTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス)の感染予防法について解説した。
 HTLV-1の感染経路は,輸血,母乳 性行為によるもので,予防にあたっては感染経路の遮断が 行なわれている。三好氏らはより巧妙な感染予防策を探るため,ウサギの感染モデルを作成し検討。抗体 陽性者の免疫グロブリンが感染予防に役立つのではないかと考え,免疫グロブリン製剤を精製した。ウサ ギによる実験では,感染モデルからの輸血後に製剤を投与すると,輸血後経過時間・用量依存的に感染を 防ぐことができたという。また母乳感染モデルにおいても感染予防効果があった。
 さらに三好氏はニホンザルでの感染予防効果や免疫グロブリンの作用機序を解説した後,考え得 るATLの制圧方法として(1)HTLV-1感染の予防(感染経路の遮断,免疫グロブリンの投与,ワクチンの開 発),(2)ATLの発症予防,(3)ATLの治療の3つをあげ,現在ATLの発症予防と治療策はまだ確立していな いことから,HTLV-1の感染予防が最重要であると強調。免疫グロブリンの投与対象としては抗体陽性の 母親からの出生児,また臓器移植や医療従事者の針刺し事故などの場合があるとし,最後に「厚生省の許 可が下りれば臨床研究を始めたい」と述べて結びとした。

acute coronary syndromeへの対応

 循環器領域では,松尾裕英氏(香川医大教授)が報告した。松尾氏はまず最近の動向を(1)疾患:虚血 性心疾患,心筋症,突然死,(2)病態:acute coronary syndrome,心不全,(3)診断:画像,遺伝子解析,(4)治 療:ACE阻害薬,抗コレステロール薬に分けて列挙。その後,虚血性心疾患という大きな課題に対する1 つの切り口として,比較的最近登場した概念であるacute coronary syndrome(急性冠動脈症候群:冠動脈の 粥腫崩壊とそれに続く血栓形成などによって冠動脈の内腔が閉塞して発症する,心筋梗塞などの疾患群を 一括して総称)について解説した。またこの要因となる粥腫(プラーク)の予防・治療策について,高コ レステロール薬であるHMG-CoA還元酵素阻害薬の有効性を示した海外での研究に言及。虚血性心疾患例 へのシンバスタチンの投与(スカンジナビア),高コレステロール血症例へのプラバスタチンの投与(ス コットランド)の効果を紹介した。
 一方,心不全に関しては,アンジオテンシンIIの役割の重要性を指摘し,スウェーデンでのACE (アンジオテンシン変換酵素)阻害薬の有効性を示す研究を紹介。ACE阻害薬による心筋のコラーゲン低 下作用について解説するとともに,生体で超音波後方反射を測定してコラーゲンの減少を認めた研究結果 も提示した。

呼吸器領域で進む息切れ対策

 この他,高須俊明氏(日大教授)は,神経分野の研究のここ2年間の動向として,(1)分子遺伝学など による疾患分類の見直し,(2)全国規模の疫学,(3)自己抗体エピトープの局在化,(4)疾病の国際比較,(5) 感染病原の同定などを紹介。また感染症領域では大泉耕太郎氏(久留米大教授)から,4種の肺炎病原微 生物(マイコプラズマ,クラミジア,ニューモシスチス・カリニ,サイトメガロウイルス)の迅速診断に 有用なDNA診断について報告された。
 呼吸器については川上義和氏(北大教授)が,トピックスとして(1)肺癌抑制遺伝子,(2)NO(一 酸化窒素)吸入療法,(3)呼吸不全対策の進歩について解説。まとめとして積極的に進められている息切れ 対策に触れ,抗コリン薬吸入,在宅酸素療法,CPAP(持続的気道陽圧),呼吸器リハビリテーションの 他,最近は外科療法(胸腔鏡下レーザー手術による嚢胞焼灼術,減量手術)に注目が集まっていると述べ た。


第7回認定内科専門医会講演会

シンポジウム「よい卒後教育は医療コストを削減する」

 第93回日本内科学会の会期中に,第7回認定内 科専門医会講演会が開催され,症例報告などの他,シンポジウム「よい卒後教育は医療コストを削減する」 (司会=認定内科専門医会長 石村孝夫氏,同副会長小林祥泰氏)が行なわれた。
 このシンポジウムは,よい卒後教育は患者の苦痛や負担を軽減し,ひいては無駄をなくして医療 コストの削減につながるとの考えから企画されたもの。経験の差が最も表れやすいのが循環器領域である として,シンポジストには循環器内科医の細田瑳一氏(東女医大教授)と心臓外科医の須磨久善氏(三井 記念病院)が参加した。

現在の教育環境に苦言

 まず登壇した細田氏は,日本で高血圧の薬物療法を受けている患者の2/3は薬剤の必要がないことを 指摘。さらに,医療施設によって冠動脈疾患患者への施術が異なることを表した調査も紹介。極端な例で は全例にPTCA(経皮経管冠動脈形成術)をする施設や,半数にCABG(冠動脈大動脈バイパス手術)を する施設があるとの結果を提示。「このような大きい格差は他国にはない」と苦言を呈し,医療効率のた めに教育が意味を持つことを示唆した。
 また,行なっている医療を自己評価する方法として,循環器内科での全症例を登録し,生命保険 加入者の生命予後データを用いて,死亡率を標準化し比較する方法を紹介した。細田氏はまた,「きちん と1例1例について本気で考え判断をした場合には,決して悪い医療にはならない」とし,「1例1例判断し ながら,その結果を予測することによって,自分に評価基準を与えられる。その結果で評価することが正 しい教育ではないか」と述べた。
 続いて須磨氏は,心臓外科医の立場から医療コストと卒後教育について発言した。まず卒後教育 と医療費の関係を,「教育によって医療効率をどこまで高められるか」であると規定。また医療費につい て,基本的な医療費とは別に,手術料やアメニティの自由競争は必要なことだと提言した。
 さらに,よい外科医を育てるには,資質(責任感,決断力,運動能力)を選ぶ必要があるともに, 環境(よい指導者と十分な症例数)が重要であると指摘。客観的な評価として,「症例数・死亡率などの 手術成績だけでなく,ICU在室日数,入院日数も考慮すると医療効率がはっきりする」と述べた。
 一方で須磨氏は,心臓外科医が育つ環境を日・米・欧で比較した場合,日本は施設が多いことも あり,手術数がかなり少なく教育環境としては最悪であると批判。「なかなか手術が上達せず,内科医が 患者を送らなくなり,その結果さらに手術数が減るという悪循環が生まれる」と現状を憂えた。

医療制度にも一因が

 その後のディスカッションで須磨氏は,日本 の制度では何らかの行為に対する報酬しかなく,入院日数を減らすなど,行為をせずに済んだことに対す る評価がないと指摘。したがって技術の向上などが教育にも徹底して反映されないと述べた。
 また医師の行なう医療の客観的評価についての議論では,須磨氏は「まず能力によって報酬に何 らかの差をつけるところから一歩を踏み出すべき」と提言。それには少なくとも主要な施設の情報公開を きちんとさせることが必要であるとした。この問題に関して細田氏は,他者の評価では質より量が評価さ れがちなので,自己評価が大事だとの考えを提示。他者評価の意義を認めながらも「他者評価をあてにし て自己評価をおろそかにしてはいけない」と述べ,「自分が予測する医療をし,その予測が正しかったか どうか評価することがよい医療につながっていく。臨床では1例1例が違い,それを判断することをレジデ ントには教えている」と発言した。
 また細田氏は,医療制度について,現行の保険制度はプロダクト(よい医療)に対する報酬では なく「どれだけ消費したか」が対象であることを指摘。これでは,よい教育をして,無駄な薬剤を使わな いなどのよい医療をすると保険点数がどんどん減ることになり,結果的には病院の存続に関わってくると 述べ,医療経済を変革し,プロダクトを評価することを求めた。
 最後に司会の小林氏が,「医療経済の問題については,メインの各学会がもう少し真剣に考える べき。よい医療と経済は逆比例しないと考える」と発言してシンポジウムを結んだ。


特別講演「Genetic approach to neurobiology」

利根川進氏が脳科学研究の一端を披露

 特別講演「Genetic approach to neurobiology」では,免疫学分野でノーベル賞を受賞し,1990年代はじ めからは脳科学の研究に力を入れている利根川進氏(マサチューセッツ工科大教授)が登壇。研究開始に あたって「学習」と「記憶」に課題を絞り,手法として遺伝学の脳科学への応用,すなわち突然変異株を 作って解析する方法をとった研究成果の一端を紹介した。
 利根川氏はまた,今後の研究をどのように進めていくかについても展望。まず「遺伝子ノックア ウト法の応用は,高等動物の脳科学に新境地を開きつつある」としながらも,将来にわたって有力なもの とするため,最近になって成果が上がっているという手法の改良と拡大について解説した。体のすべての 細胞で目標遺伝子が欠損するこれまでの遺伝子ノックアウト法では,脳に広く発現する遺伝子の場合には 解釈が難しいばかりではなく成長した遺伝子欠損マウスを得ることができない。そこで氏らは脳の特殊な 領域の特殊なタイプの細胞でのみ遺伝子が欠損する方法を探り,最近海馬のCA1領域のターミナルセルで のみ遺伝子をノックアウトする方法を開発した。さらにこれを複雑にし,脳が完全に形成されたマウスに 化合物を注入して脳の特定の細胞にのみ欠損を起こす技術につなげ,形成過程ではなく完成した脳におけ る特定の遺伝子の機能を調べる方法とした。
 利根川氏は最後に,「21世紀には,記憶や学習といった機能のみならず,感情などの高度な精神 現象の機構の研究にもこれらの方法が役立っていくと強い期待を持っている。また,遺伝子操作によって つくり出された動物モデルを人間の精神病の解析にも役立てられるのではないか」と今後の展望を述べた。
 また同じく特別講演としては,養老孟司氏(前東大教授)の「身体観の変遷-脳と遺伝子」も行 なわれ,この中で養老氏は中世以降の日本人の身体観の変遷に触れ,「社会からの死体や先天奇形の排除 は,自然の排除に他ならない」と語った。