医学界新聞

対談
政策課題としての介護問題
山場を迎える公的介護 保険制度

菅 直人
厚生大臣
今井 澄
参議院厚生委員長

 公的介護保険制度のあり方を検討している厚生大臣の諮問機関「老人保健福祉審議 会」(以下老健審,鳥居泰彦会長)が,さる4月22日に最終報告をまとめ,菅直人厚生大臣に提出。ま たこの報告を受けて厚生省は介護保険制度の試案を作成し,5月15日に老健審に提出した(最終報告試案の概要)。
 すでに公的介護保険については総論・各論それぞれに対して様々な立場から賛否の意見が出され ている。このような中,医学書院発行雑誌「病院」6月号では,対談シリーズ「介護問題をめぐって」の 最終回として今井澄氏(参議院厚生委員長)と菅直人氏の対談「政策課題としての介護問題」を掲載。老 健審の最終報告が出される直前の収録であり,公的介護保険に対する政策決定側の考えが率直に語られて いる。
 本号ではこの対談の一部を紹介する。


 

福祉のリエンジニアリングを

 今井 現在,国民が大変関心を持っている大きな課題として介護の充実,そして公的介護保 険があります。ちょうど今日(4月22日)は老健審が最後の詰めの段階ですが,厚生省としても最後の正 念場にある と思います。この新しい介護制度に対する国民の期待も大きいと思いますが,どのようにお考えでしょ うか。
 菅 今年の1月11日に予想もしていなかった厚生大臣に就任しましたが,当初は解散が 近いのではないかと言われており,100日間くらいは仕事ができるだろう,その間に少なくとも何をすべ きかということで,2つのことを手がけようと考えました。1つは薬害エイズの問題,もう1つが公的介護 保険制度の問題です。
 介護保険制度の中身の議論の問題もありますが,その前に国民的な合意を本当に得られて,そし て長期的展望に向けてうまくスタートできるかという,ある意味では物事の決め方自体が問われているよ うな気もします。ですから,その点を踏まえて進めているところです。

厳しい財政状況での介護保険

 今井 今,国の財政は非常に厳しい状況にあります。その中での介護保険制度で,保険制度 といっても公費が相当入りますから,特に財政再建を考えると非常に厳しい圧力がかかっているのではな いかと思います。この点についてどうお考えですか。
 菅 今,景気はやや立ち直りつつありますが,一時に比べて税収が減少し借金が増えて いる状況で,同時に高齢化がいよいよ本格化してくる。向かい風の中で船を進めなければならない時代に あるわけです。
 私も大臣就任直後から,福祉の構造改革を考えなければいけないということで,リエンジニアリ ング という方向を考えて遂行しています。現存の制度のうち必要なものは残し生かしていくけれども,ある 部 分は思い切って変えていく,そして新しい形で再構築するということです。
 新しい制度を作ることと並行して,従来のいろいろな制度の構造改革を行なうことによってはじ めて 次の時代に対応できる制度になるのではないでしょうか。特に財政再建については,これまでの制度を よ り効率化した上で,新たにこういう制度を入れたほうが高齢者にとってより安心できる社会になるのだ, という説得もしなければなりませんし,実体を作らなければなりません。それが財政状況が非常に厳し い 中での進め方の大きなポイントではないかと思います。

最終的なイメージを明確に

 今井 元厚生大臣の丹羽雄哉さんは「丹羽私案」で,まず在宅だけにしたらどうかと提案さ れています が,それだけでは介護は成り立たないと思います。その背景には在宅から施設へという2段階論がある と 思います。私は個人的には2段階論に賛成ですが,施設の一元化を図るには相当時間がかかります。ま た, その納得を得るのにも時間がかかります。在宅から施設へという2段階論は,厚生省内で話題になって い るのでしょうか。
 菅 私なりに言えることは,2段階論といっても,在宅と施設という2段階論もあれば, ある水準までの サービスの段階とその水準より高い段階というように,いくつかの段階論があり得ると思うのです。そ う いう点で,ある意味で段階的に水準が上がっていくことは当然なことで,あえて言えば制度を進めてい く 上で段階論は十分に検討の対象になり得ると考えています。
 ただ,1つだけ言っておきたいことは,医療施設の問題でも同様ですが,最終的なイメージは明 確に 持たねばならないということです。結局何のためのトータルの制度改革だったのかがはっきりしなくな る ことは,国民の皆さんをミスリードすることになります。したがって,最終的な形を明確に示しつつそ れ に向かうという段階論があってよいのではないかなということです。

「急ぐな」という意見に対して

 今井 公的介護保険制度の導入は時期尚早だ,急ぐなという意見があります。急いで制度を 導入しても「保険あってサービスなし」の状態ではないかということです。「新ゴールドプラン」でさえ 2000年での達成がままならないと言われている状況で,そうなる恐れは十分にあり,確かに否定しようも ない事実でしょう。しかし逆に,現在の国の予算による介護の整備状況では高齢化に対応できないので保 険制度を作ろうという意図もあるわけですね。
 菅 その点で一番心配なところは,保険制度ができたのに何も変わらないではないか, 保険は建前で税 金を取れないから保険料で徴収するだけではないか,と言われることです。すでにそういう批判も一部 に ありますし,そういう受け止められ方をしてしまうことが非常に心配です。
 しかし介護保険は損害保険とは性格を異にするものですし,いわば保険という仕組みを使った新 しい社会福祉制度の根幹を作るものですから,高齢社会に対応する福祉社会を前進させる上での財源とし て,実質的には税金を保険と組み合わせることで,より目的が明確になった財源負担を国民の皆さんにし ていただこうというわけです。この説明と理解とを同時に努力してお願いし,議論していかないとまずい のではないかと思います。


社会の活力を生む福祉増進を

 今井 介護保険制度はサービスの基盤整備と関連しますし,さらに日本全体の産業構造の改 革にも関係 すると思います。
 日本は経済構造を改革し,新しい産業,新しい雇用分野を作らなければならないという状況に追 い込 まれている。その面からも21世紀の新しい産業分野として介護の分野があるのではないかということで す。
 菅 厚生大臣に就任してもう1つ考えたことがあります。福祉を増進させると,一時期 のイギリスのよ うに社会的負担,経済的負担が重くなり国の経済が低迷するという見方がありますが,必ずしもそうで は ないだろう,経済的な活力を含めて社会の活力を産み出す福祉の考え方があるはずだということです。
 公的介護制度の導入によって,雇用や産業が発生すると同時に,場合によっては高齢者の持つ貯 蓄を よりよい形で社会に還元して,経済のバランスのよい発展につなげることもできる。そういう意味で, 福 祉社会は決して負担が重くなるという側面だけで捉えるのではなく,よい組み立てによれば社会の活力 を 生み出すことができるのではないかと思っています。
 今井 そうですね。福祉はむしろ人材を生み出し,労働力も生み出すという意味で大き いと思うのです。 厚生省は国の一般歳出の1/3を食っているので,とかく目の仇にされるけれど,その辺は大臣にぜひ頑 張っ ていただきたいと思います。

法案づくりまでにさらに議論を

 菅 公的介護保険制度の成立までには,3つの段階があります。
 第1が老健審での議論の段階です。この審議会にはご存じのように,いろいろな関係者に網羅的 に入っ ていただき,周辺の議論もある程度集約される形になっています。それが逆に,見方によると利害調整 的 で理念がないという面もなきにしもあらずですが,関係者が入っていることで議論がフィードバックさ れ るという面はあると思います。
 この最終報告をいただき,老健審とのやりとりもありますが,厚生省と与党の皆さんとの話し合 いを 中心に政府案が固まることになります。これが現在の法案づくりのシステムで,与党の了解を経て閣議 決 定することが例外のないルールです。これが第2段階。
 次に法案を国会に提出した段階で,野党を含めた広い範囲で議論されます。今回は法案を修正な しで 通そうというスタンスではなく,たたき台を提示した段階で大いに議論していただき,修正すべき点は 修 正していこうというスタンスで臨みます。ですから,地域で討議されたことを,政治の場での法案づく り に十分に反映できますし,逆にそうしていただいたほうがよいと思っています。

サービスの供給主体,財政責任主体はどうなる

 今井 今の一番の論点は保険者問題ですが,これは常識的には市町村でしょうね。保険料を きちんと徴 収できるかどうかの問題もありますが,財政調整の面では国民健康保険と同じではなく,市町村はそれ ほ ど苦しくならないでしょう。
 菅 保険者という概念にはサービス供給主体と財政責任主体という2つの側面がありま す。サービス供 給主体が自治体ということについては,当事者の自治体を含めてほぼコンセンサスが得られていると思 い ます。ただ財政責任主体の問題では,赤字が出た時に自治体の一般会計で穴埋めしなければならないの で, 国民健康保険の二の舞ではないかという心配があるわけです。
 基本的には,自治体が財政責任主体である場合も,あるルールの中でそれを超えた場合は,何ら かの 形で国か都道府県がきちんとフォローできるようなシステムを考えたいということです。これは現在, 厚 生省内でもいろいろと議論していることです。
 それから,実施段階での難問としては要介護度の認定の問題があります。ドイツの例でも地域差 があ ると言われていますし,日本の医療費でも西高東低と言われています。同じ状態の人に対して自治体で 認 定に差が出るのでは,不公平感は免れません。その基準を明確にし,最低限のフィードバック構造をう ま くビルトインして,自治体がそれ以上の負担にはならないように国ないし都道府県で保証するシステム を 作る。こういう形でうまくいくのではないかと思っていますが……。

サービスの内容を具体的に示すべき

 今井 厚生省が老健審に提出したサービスモデルの8タイプがありますね。これは在宅で介 護を必要と する典型的なケースに標準的サービスを組み合わせていますが,これをもっと国民に見ていただき,こ の サービスで満足できるのか,あるいはもっとほしいのか,それともこのサービスを全部保険でやらなく て もよいのかといった議論をしてもらう。そうしないと本質的には進まないと思います。どういうサービ ス が受けられるのかがほとんど議論されずに,制度論のみが先行しているのは問題ではないでしょうか。 厚 生省からももっと根本的なサービス内容について宣伝したほうがよいのではないかと思います。
 菅 そのためにはパンフレットを作成するとか,場合によってはビデオを作ってもう少 しPRすること が必要ですね。
 今井 言葉の難しさもありますね。「ベッド上に限られる。介護を要する。療養上の管 理を要する」と いった表現を,要するに「完全に寝たきりで医者の往診が必要な人」というようにすればよいわけでしょ う。
 菅 そのへんは実際に介護を実践されている方に編集し直してもらったほうがわかりや すくなるかもしれません。その時にはよろしくお願いします。


 この対談は4月22日に収録された内容を編集室で再構成したものです。全文は医学書院発行の雑 誌「病院」6月号に掲載されます。