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臨床疫学
Clinical Epidemiology


第10回臨床問題の解決

山本和利 京都大学附属病院総合診療部


はじめに

 患者の抱える問題を解決するためには,解剖学や生理学,生化学を基盤とする病態生理学的知識が不 可欠であることは当然である。臨床医には,そのような病態生理学的知識に加えて,その問題を解決する 能力が求められる。
 その能力の重要な部分は,まず最初に,(1)信頼できる情報を患者から引き出し,(2)身体診察を 正確に行ない,(3)可能性の高い診断仮説を立て,(4)確定または除外診断するために有効な検査を選び, (5)結果を正しく解釈し,(6)治療によって得られる利益と不利益の比率に病気の存在する確率を勘案して 治療を選択する,というステップに分けられよう。
 また,患者は社会の中で多くの事柄と関わりを持って生活し,個人の価値観なども異なるので, 医療行為を行なう際にはそれらの点を切り放しては考えられない。

事例

(1)信頼できる情報を患者から引き出す
 51歳の女性。5年ほど前から,荷物を持って歩いたり精神的に緊張したとき,月に5~6回の頻度 で左前胸部に不快感があった。休むことで軽快したが,正確な持続時間は覚えていない。
 1990年,Behcet病で当院皮膚科入院中に循環器内科を受診し,負荷心電図(シングルマスター) を実施され,狭心症を疑われた。そこでニトログリセリン舌下錠,ニトログリセリン徐放剤を処方された が,舌下にて症状の軽快はなかった。最近,特に1995年になってから,1日に3~4回,毎日胸部症状が出 現するようになったため,皮膚科から当科を紹介され受診し,精査目的で入院となった。
 左前胸部の症状については,心窩部からこぶし大の塊が上がってくる感覚が3~4分続き,左乳房 内側縁に一致した部位に何かに押えつけられるような苦しい感覚が5~10分持続する。平地を急いで歩い ているとき,重い荷物を持って歩くとき,転ばないように緊張して歩くとき,腹が立ったときなどに起こ り,胸を張った姿勢で立ち止まり深呼吸をしていると4~5分で軽快する。肩や歯への放散痛はなく,背部 痛,動悸,冷汗,悪心はない。就眠中に起こることはないが,食後1時間たつと同様の症状が起こること がある。胸やけはなく,食事内容との関係は不明である。4~5年前に比べ,絞扼感の強さ,持続時間,回 数ともに増加した。閉経は44歳時であった。
既往歴:26歳頃から虹彩毛様体炎が出現。その後口腔内アフタ,陰部潰瘍,結節性紅斑も 現われ,44歳時に当院皮膚科でBehcet病(完全型)と診断され,消炎鎮痛剤,ステロイド剤の服用で皮膚 科的には安定している。46歳頃より高血圧でカルシウム拮抗剤を服用中。
家族歴:両親とも心筋梗塞,高血圧。

(2)身体診察を正確にする
 BMR27(65.7kg/156.1cm),体温36.7℃,脈拍80/分整,呼吸20/分,血圧160/80mmHg。甲 状腺腫大なし。表在リンパ節は触れない。胸部聴診で収縮期雑音(2~3LSB,Levine III)を聴取し,呼吸 音は正常。頸動脈拍動は正常で,頸腹部の血管雑音はない。両側大腿動脈,両側足背動脈ともに拍動は良 好。前脛骨部に浮腫はない。両下腿に径3~4cmの紫斑が2~3個ずつある。
 WBC5000/mm3,RBC439×104/mm3,Hb 10.2,Ht 33.2, Reti. 23.8,PLT 25.8×104/mm3,TP 6.5,ALB 4.1,GOT 63,GPT 73,LDH 192,ALP 541,γ―GTP 143,T―cho 267,HDL―cho 41,TG 122,ChE 276,T.Bil 0.6,UA 4.7,BUN 20, CRE 0.4,FPG112,HbA1c 5.3%,Na 141,K 3.7,Cl 103,Ca 9.0,CRP 2.8,ESR 44mm/h, Fe 23μg/dl,UIBC 375μg/dl,Ferritin 20.0μg/ml,TSH 1.2ul/ml,fT4 1.54ng/dl。尿検査は異常なし。 便潜血(-)。胸部X線上CTRは57%で右第2弓と左第4弓の突出がみられる。腹部X線は異常なし。安静 時心電図では,II,III,aVF,V5,V6誘導でST部低下(horizontal~down slope pattern)が認められた。

(3)可能性の高い診断仮説を立てる
 典型的狭心痛とは言い難く,病歴から虚血性心疾患のほか胃潰瘍などを考えた。高血圧,高脂血 症,肥満,高血糖,閉経後7年,虚血性心疾患の家族歴,喫煙などの冠動脈疾患危険因子がそろっており, 安静時心電図所見でも心内膜下虚血(側下壁)が強く示唆されたため狭心症を最も疑った。

(4)確定または除外診断するために有効な検査を選ぶ
 入院後にホルター心電図を行なった結果,胸部症状出現時にST低下(水平に2mm以上),心室 性期外収縮後のST低下(2mm),脈拍が100以上でST低下が認められ,労作時の心内膜下虚血が示唆され た。一度,安静時にも胸部症状が出現したため心電図をとったが,明らかな虚血性変化はみられなかった。 臨床経過から不安定狭心症と考え,経皮吸収ニトログリセリンテープを開始した(紙面の関係で,高血圧 や高コレステロ-ル血症,貧血,耐糖能異常,Behcet病などについての対応は省略する)。

(5)結果を正しく解釈する
 非典型的狭心痛の50~59歳女性が虚血性心疾患を持つ検査前確率は,DiamondとForresterら 1)によれば0.32と設定できる(表1)。
 本例では負荷心電図は行なわなかったが,仮にホルター心電図を負荷心電図に見立てた場合, ST―segmentの低下が2mm~2.49mmの時の陽性尤度比が11.0である1)ので,虚血性心疾患で ある検査後確率は0.84[0.32/(1-0.32)×11=5.18,5.18/(1+5.18)=0.84]と計算できる。すなわ ちこの場合,0.84の確率で冠動脈疾患が存在することが示唆される。
 ただし本例では冠動脈疾患危険因子がそろっており,それ以上の確率で狭心症が疑われると考え られ,今後冠動脈造影検査を行なう意義は十分にあると判断される。

〔表1〕性別,年齢,症状から推定する虚血性心疾患の検査前確率1)
年齢無症状非狭心痛非典型的狭心痛 典型的狭心痛
 
30-39歳
40-49歳
50-59歳
60-69歳
男性
1.9%
5.5
9.7
12.3
女性
0.3%
1.0
3.2
7.5
男性
5.2%
14.1
21.5
28.1
女性
0.8%
2.8
8.4
18.6
男性
21.8%
46.1
58.
67.1
女性
4.2%
13.3
32.4
54.4
男性
69.7%
87.3
92.0
94.3
女性
25.8%
55.2
79.4
90.6

(6)治療によって得られる利益と不利益の比率に,病気の存在する確率を勘案して治療を選択する
 非侵襲的検査は,臨床導入初期には感度と特異度がよいと言われたが,ストレス・タリウム・シ ンチグラフィーでも感度0.85,特異度0.85であり,陽性尤度比は運動負荷心電図と大差がない。
 以上の理由から冠動脈造影を依頼した。右冠動脈の完全閉塞を認め,経皮的冠動脈形成術が施行 された。現在はニトログリセリン徐放剤とカルシウム拮抗剤で症状は安定している。

臨床上の問題を解決する時に直面する事項

 実際の診療現場では,身体診察,検査,治療の各段階でさまざまな誤診につながりかねない落し穴が 待ち受けている。Kassirerら2)がまとめたものを表2に示す。

〔表2〕臨床上の問題を解決する時に直面する事項2)
診断
・診断仮説の形成
・新たな診断仮説を呼び起こす一連の手がかり
・臨床像の多様性
・データを解釈する上での事前確率の影響
・臨床データなしでの検査結果の評価
・仮説評価に関する病態生理の理由づけ
・病歴上の誤った手がかり
・確定診断がつかないまま観察する症例
・仮説の識別
・矛盾するデータの解釈
検査
・まれな疾患のスクリーニング
・治療閾値,検査・治療閾値の概念
・検査をすべきかどうかに及ぼす治療効果の影響
治療
・目先の治療効果か,よりよい長期予後か
・QOL改善の治療か,危険をともなう検査か
・内科的治療か,外科的治療か
認知
・欠点の多い仮説形成
・ずさんな患者背景情報
・事前確率のずさんな評価
・重要で適切な臨床的手がかりが得られない
・類似・典型例から発想する近道思考
・印象深い例から発想する近道思考
・ずさんな理由づけによる誤り
・ずさんな臨床概念の適応
・ずさんな仮説の証明

 

系統的アプローチ

 身体的なアプローチに加えて,患者の抱える健康問題を解決するには系統的に社会全体まで包括した 治療アプローチが必要である。
 Engel3)は患者の抱える問題を見分けるために,新しい枠組みを提唱した。これは 身体・心理・社会モデルと呼ばれ,病気は原子から細胞へ,臓器へ,体へ,文化へ,世界へ,そしてすべ ては各々フィードバックする層構造システムの一部である人間に属するものとみなされる。上の事例が抱 える虚血性心疾患という健康問題についてまとめた身体・心理・社会モデルを示す(図 1)。


 このような視点で話を引き出すと,本例の場合も56歳の女性なりの問題を抱えている。彼女は56 歳の夫と2人の息子の4人暮らしであるが,夫とは家計も別にしており,「家庭内別居」の状態にあった。 家では主婦業をしながら,週に2回アルバイトしている。アルコールは嗜まないが,タバコは1日15本(30 年間)で,食事の味つけは濃いほうだ。
 臨床上の結果には病気そのもの,診断検査,治療行為,臨床実践,患者のコンプライアンス の5つが影響する。よい結果をもたらそうと思えば,患者のコンプライアンスを高めなければならな い。そのためには,これからの医師は特異な病感行動を捉え,患者に行動変容を引き起こす必要がある。
 本例に対して,より望ましいライフスタイル(禁煙,減塩)を勧めることは重要であるが,背景 を十分理解した上で行なうべきである。患者によっては失業の危機を迎えることもある。このように,症 状が起こる状況は,症状それ自体と同じくらい重要である。

まとめ

 患者の抱える問題を解決するために重要なことは,得られた情報を日々正しく推論し,決断する能力 である。
 身体的なアプローチに加えて,系統的に社会全体まで包括した治療アプローチが必要であり,こ れからの医師には医療人類学,行動科学の素養が求められる。

参考文献

 1)Bennett NM, Greenland P:Coronary Artery Disease. In Panzer RJ, Black E R, Griner PF, ed.: Diagnostic Strategies For Common Medical Problems,ACP, Philadelphia, 44-54,1991.
 2)Kassirer JP, et al.:Learning Clinical Problem Solving, Williams & Wilkins,Baltimore, 292-318, Learning Clinical Reasoning, 1991.
 3)Engel GL: The clinical application of the biosychosocial model, Am. J. Psychiatry, 137: 535-543,1980.