医学界新聞

NURSING LIBRARY 看護関連 書籍・雑誌紹介


ケアリングによるコミュニケーション」研究の集大成

ケアリングの理論と実践 コミュニケーションによる癒し
C.L.Montgomery 著/神郡博,濱畑章子 訳

《書 評》平田文子(三育学院短大)

 科学技術の著しい発展に伴う医療技術の進歩の陰で,保健医療の本質が真剣に問い直されている。ホ スピスで働く山崎章郎医師は彼の著書の中で,「主治医の彼に対する関心は,治療が無効であることがはっ きりしてからは急速に遠のいていったのだ」と,治療を優先しがちな病院医療の実態を危機感をこめて訴 えている。このことは命を敬い,命を大切に業に励む医療従事者にとっての試練であり,大きな課題とも いえるのではないだろうか。
 高度医療の中で取り残されてきたもの,それは全人的医療ではないだろうか。今日のように医療が高 度化すればするほど,全人的医療をめざす心のケアが求められてくる。
 昨年の阪神大震災において,われわれは救援物資と同じく心のケアがどんなに重要であるかを学ばさ れた。地下鉄サリン事件においても心の教育をおろそかにすることの恐ろしさを思い知らされた。まさに 1990年代は「心の時代」である。心の時代に生きる保健医療の担い手にとって,ソフト面に視点を置いた ケアリングは,必要不可欠な要素であるといえよう。

臨床実践にその基礎を置く

 本書を読み進めているうちに,私は過去20余年にわたる臨床における患者たちとの出合いを想起した。 そして身近に臨床体験を分かち合った看護学生たちのことが脳裡をよぎるのであった。学生たちは知識や 技術において未熟ではあったが,患者とのかかわりの中で勇気づけられ,看護の喜びを体験してきた。こ れらはケアリングによって患者とのコミュニケーションを深めることができたからであり,また患者が述 べているように,ケアリングが「患者自身の固有の治癒能力を促進する働きである」ことを身をもって知 ることができたからであったことに気づかされる。
 保健医療に携わる者の多くは,ケアリングのもたらす成果について体験していると思われる。それに もかかわらずケアリングの研究や論文はあまり見当たらない。本書は臨床の実践に基礎を置いた,コミュ ニケーションの概念枠組みにふさわしいケアリングの理論を提示している。著者は22年に及ぶ精神科看護 婦としての実践の中から,より深いかかわりの意味を探求してきた。そしてケアリングを看護の中心概念 として認め,この概念を理論のレベルにまで発展させた先行研究を土台とし,「ケアリングによるコミュ ニケーション」研究の集大成を図ったのである。

平易な言葉で看護・医療の本質を考えさせる

 第1部ではケアリングを支える諸理論に基づいて,その根拠をわかりやすく明確にし,保健医療にお けるケアリングの重要性を説き,第2部では著者の研究の結果に基づいたケアリングについての考えを紹 介している。その中で特に3章ではケアリングに必要なケア提供者の資質について,また4章ではケアリン グの行動的資質について,そして5・6章ではケアリングは必ずしも目に見える行動によるものだけではな いこと,すなわちケアリングの関係のあり方が重要であることなど,いずれも豊富な事例でわかりやすく 述べられている。
 第3部のケアリングの効果については,「ケアリングには錬金術的な……特性がある」との表現が面 白い。確かに,たとえどんなに疲労困憊し限界だと思われる状況においてもなお,ケアリングの結果,ケ ア提供者が満足感・達成感を体験するとき,不思議なほど疲れがとれ,新たな力が湧いてくるものである。
 援助を専門とする看護実践家だけではなく,保健医療に携わる多くの専門職者や看護学生が,本書を 通して,患者の言動の奥に潜むケアリングのニードを把握する鋭い感受性をもつことができるように願う。 それにより,役割(職業)意識を超越した無条件の愛に基づいたケアリングを体験するであろう。
 本書は平易な言葉でわかりやすく訳されており,文化の壁を越えて看護・医療の本質を改めて考えさ せてくれる。
(A5・頁192 税込定価2,369円 医学書院刊)


健康教育のポイントをおさえた密度の濃い一冊

ナースのための患者教育と健康教育 N.I.Whitman 他 著/安酸史子 監訳

《書 評》川田智恵子(東大教授・保健社会学)

 ナンシー・I・ホイットマンらの著による「Teaching in Nursing Practice―A Professional Model」が,こ の度,安酸史子氏らによって『ナースのための患者教育と健康教育』というタイトルで出版された。安酸 氏が「まえがき」で述べているごとく,本書は,健康教育について理論的に,また実践的にポイントをお さえてまとめており,看護学生の教育用のみならず,広く保健・医療・看護・福祉の専門家にも推薦した い。
 わが国に米国の健康教育の考え方と方法論が導入されたのは1950年前後であるが,それは特に公衆衛 生の領域であり,その後しばらくして医療機関にも導入されていった。
 疾病構造の変化,社会経済的状況の変化,人々の価値観の多様化などによって,考え方や方法につい ても,その取り組みに変化があったものの,当初より「対象者の主体性の尊重」は重要なキーワードとし て一貫していた。しかし「教育」という言葉が与えるイメージによるのか,健康教育を教える者と教わる 者との間の双方向の学習過程として認識することは現在もまだ一般に定着しないのである。
 本書では,対象者の依存と自立の程度から患者教育,クライエント教育,消費者教育が区別されてい るのも,主体性の課題がからんでいると考えられる。

看護職としての関わりを論じる

 本書は4部よりなっている。第1部は4章に分かれて基本部分を構成しており,人々にとっての健康教 育の重要性,米国における健康教育の歴史,さらに看護職としての健康教育への関わりについて論じてい る。看護実践における教育的側面と,健康教育を事業として位置づけた場合の看護職の関わりを区別して 論じているようにも見受けられるが,多少混沌としている。また,学習理論を行動主義,認知論,および ヒューマニズムの考え方に分けて論じているのは興味深い。
 第2部は1章からなり,教育と学習の過程を促進したり阻害したりする物理的環境(椅子の配置,部屋 の広さ,照明,室温,音響等)および心理社会的環境(人格の尊重,参画,相互責任等)について論じて いる。
 第3部は4章からなり,学習者本人自身の健康状態,健康の価値観,そして身体的・精神的発達段階が どのように学習に影響を及ぼすかを論じ,最後に学習者のアセスメントについてまとめている。

実際の展開過程の効果的方法も示す

 第4部は6章からなり,上述3部の各章を踏まえて健康教育の実際の展開過程での効果的方法について 論じている。教育の過程について,アセスメント,計画,実施,評価の順に述べ,記録の重要性を論じて いる。次に一般的健康教育のすすめ方についてはコミュニケーションの方法,媒体の使い方をも言及して いる。そのほか年齢要因,識字能力の低い人,精神的・身体的ハンディキャップのある人などへのアプロー チを留意している。
 その最後の章ではグループ教育の方略を扱っている。ここにきて,これまでの対象の扱いが個人に絞 られていたことに気づく。公衆衛生での健康教育は一般にグループ教育が中心であるのに対し,看護にお いては個人を中心とするところに特徴がある。
 本書は上述のごとくかなり密度の濃いテキストブックであり,さらに学習を深めたい読者には豊富な 文献がついている。
(A5・頁364 税込定価3,914円 医学書院刊)