医学界新聞

看護職はもっと地域に出よう

村嶋幸代(東京大学助教授・地域看護学教室)



 日本4.6%,米国9.7%,デンマーク31.9%。これはその国の全看護職のうち,地域で働く看護職 の割合である。この場合の「地域」とは,保健所,市町村,訪問看護を含んだもので,日本がいかに少な いかがわかる。

地域で働く看護職が少ないことによる弊害

 地域で働く看護職が少ないことが様々な弊害を生んでいる。その1つが訪問看護婦の不足であろう。 そのために(もしくは訪問看護の日数が制限されているために)「家族指導」を行ない,本来なら看護職 が行なうべき処置やケアまで,家族に担わせている。また,近年は家族も弱体化しており,高齢者ケアに 負担を感じると,結局身近に出入りしているヘルパーにその処置を頼みこむことになる。その結果,ヘル パーが「処置」までせざるをえない状況が生じてくる。実は,在宅介護に携わるヘルパーの要望の1つが, 「ヘルパーが処置をするのを認めてほしい」ということなのであるが,訪問看護婦の不足はここにつながっ ている。
 これは,利用者とヘルパーの双方にとって不利益を生む。利用者にとっての不利益は,病態生理 を知って処置をする看護職から,質の高いケアを受けられないということである。ヘルパーにとっては, 本来の仕事として教育されていない事柄までも実施せざるをえず,しかも事故が生じたら,それに対して 責任を取らされることである。
 これが,地域に訪問看護婦が不足している結果生じてきている弊害である。
 訪問看護婦の不足は,社会にとってもマイナスである。例えば公的介護保険の導入に関して,今, モデル的に実施されている24時間ケアにしても,看護職が中軸となって支えるのでなければ,症状の急変 やターミナルケースに対応できない。結局,医療部分の24時間ケア体制を別個に持たざるをえず,複数の 組織が地域に存在することが必要となる。


地域に働く看護職を増やす方法

地域格差の解消に向けて

 新ゴールドプランで,訪問看護ステーションを平成11年までに5000か所に増やすという目標が打ち出 され,開設に対する公的な補助も付くようになった。この目標の達成は可能だろうか?
 訪問看護は家に出向く仕事である。往復の交通時間が訪問回数を規定する側面は見逃せない。そ して,各ステーションでは独立採算を求められている。このため,人口密集地では可能だが,人口密度が 少ない地域ではステーションは成り立ちにくい。しかし人の住むところ,必ず看護の手が必要とされる。 このために,人口密度が少ない地域ではより強力な公的補助,もしくは公設の訪問看護ステーションが必 要となろう。
 市町村立の訪問看護ステーションは,すでに30か所を超えている。この中には,市町村保健セン ターが中心となり開設していったところも多い。その結果,保健センターと訪問看護ステーションとが密 接に連携できる。例えば,「住民が訪問看護を必要とするようになった時」「終了後のフォローアップが スムーズにできる」等々である。今後,市町村を基盤にした訪問看護ステーションをもっと推進する必要 がある。

もっと福祉の中に入る

福祉の機関で働く
 福祉の機関でも,看護職を必要としているところは多い。例えば在宅介護支援センター,特別養 護老人ホーム等では,看護職をおくことが定められ,大変よい仕事をしている人もいる。しかしその数は 限られ,この分野で働く看護職が少ないのも事実である。在宅介護支援センターは,地域で暮らす高齢者 のケアの相談窓口として大きな役割を果たしていくことになるだろう。
 また,シルバーマークの認定を受ける際にも看護職を採用することになっている。
 これらの機関は,長期ケアの必要性の高まり,在宅ケアの普及とともに,今後拡大していく。そ の中に入り,質を保証していくことが看護職の役割である。
福祉行政の中で働く
 近年,「保健と福祉の統合」として,保健婦が保健分野から福祉分野に移動するケースも増えて いる。反対論も多いが,筆者はこれをよいことだと考えている。福祉の課題は,最終的には住みやすい町 づくりの仕事である。この中に看護職が入ることによって,健康課題を町づくりの根幹に据えることがで きるからである。
 現在,高齢者ケアが社会的課題になっている。この課題を解決するために,今,地域ケアのシス テムを作っておくと,それは次に大きな課題となる,精神障害児・者や身体障害児・者の問題にまで,先 手を打つことになる。これは,ある意味での予防活動になる。これを推進するためには幅広くものをみる ことができる優秀な看護職,特に保健婦が福祉の中に採用され,地域ケアのシステムを作っていく必要が あろう。

行政職・管理職としてのキャリアを磨く

 保健婦として,保健所・市町村に就職し,係長,課長,さらに部長になっていった人々がいる。彼女 らは,保健婦として働く中で行政職としての能力を身につけ,それが評価されていったのである。行政機 構では,ポストによって影響を及ぼせる範囲が異なってくる。看護を基盤にした人間が入ることによって, より強力に健康問題を見据えた町づくりができるようになるだろう。
 デンマークでは,行政のポストが公募制で,どんどん看護職が応募して課長・部長職になってい る。そして,24時間ケアを推進する要として活動している。
 どのような看護を実践できるかは,看護が置かれている体制によって大きな影響を受ける。その 意味では,住民や患者にとってよりよい体制を推進できるポストに看護を基盤にした人間がいて,よりよ いシステムを作ることに意味がある。近年病院では,看護部長が副院長になるケースが出てきている。看 護管理の重要性を強調したい。

看護の様々な場を開拓する

 精神障害者や身体障害者の共同住居,慢性疾患を持つ人が短期間療養できる施設,また,癌や慢性疾 患を持つ人の24時間相談機関,在宅ホスピス,患者教育の機関を必要とする人は多い。この中には,公的 な援助がなされているところもあれば,まだ何の保証もないところもある。その中で,必要性を感じた看 護職が悪戦苦闘しながら少しずつその場を切り拓いているというのが現実であろう。これを育てていくこ とが重要である。


教育をどうするか

看護の基礎教育

 大学における看護の教育課程はめざましい勢いで伸びている。看護の専修学校も,3年制から4年制へ の道が開かれ,先に公表された新カリキュラムでは,在宅看護論が基礎教育の中に組み込まれた。
 4年間の教育の中で,ほとんどの看護教育課程では,看護婦・士と,保健婦・士の免許を取得で きるようになっている。特に日本では,「保健婦」が国家資格として歴史を持ち,家庭訪問・地域ケアの 手法が積み重ねられてきた。また,その教育が保健婦教育の中で,地域看護学のみならず,衛生行政,疫 学,健康管理論,健康教育論等,幅広く進められてきた。看護の基礎教育が4年制へと充実する中で,こ の内容が統合した形で看護基礎教育の中に組み入れられてきた。これにより,学生はかなり広い視野を身 につけることができる。
 看護は決して個別ケアだけをしてすむものではない。在宅ケアの展開にも,家庭のあり方,医療 制度とその報酬の支払われ方,それに影響を及ぼす社会の仕組み等々の知識が必要である。看護の基礎教 育を,幅広くしておくことが必要だろう。さらに重要なことは,時代が変化していくこと,その変化を先 取りして看護を提供することの重要性と可能性を伝えることである。
 訪問看護が診療報酬化されたのはわずか13年前である。その前から,必要性を感じた看護婦たち は,様々な犠牲の下に訪問看護を少しずつ開拓してきた。それが今の流れにつながっている。日常のケア の中から必要性を感じた時に,その分野を開拓していく重要性と勇気を持つことを伝えたい。同時に,看 護の教育機関が,様々なサポートを提供することが必要である。

大学院教育

 修士課程の拡大もめざましい。近年の特徴は,修士の卒業生が大学院で学んだ事柄を,実践の中で生 かそうと現場に出始めていることだろう。彼らが,その持ち分を発揮して,のびのびと実践できる場を提 供する必要があろう。今後,実践の中で研究が進み,それが看護の基礎教育,大学院の教育にも生かされ ていくことが期待される。

 1人の人のケアを始める時,その人が過去にどのような病歴を持ち,どのような状態であったかを知 ることが必要である。そのような時に看護サマリーを交換できれば,情報の伝達がスムーズに進む。
 地域ケアの様々な機関に看護職が入ることによって,看護職同士のネットワークを作っていくこ とができる。これによってケアを継続して実施できる。切れ目なくケアを提供すること,その仕組みを作っ ていくことも看護職の責任だと思う。
 今後ますます看護職のネットワーク作りが重要となることを訴えたい。