医学界新聞

座談会
Biochemical Modulationの現状と将来

金丸龍之介〈司会〉 赤沢修吾 小西敏郎 北村正次
東北大学
加齢医学研究所教授
埼玉がんセンター病院
消化器科医長
東京大学
第2外科助教授
都立駒込病院
外科部長

Biochemical Modulationの歴史

Biochemical Modulationとは

 金丸(司会) 本日はお忙しいところをお集まり頂きましてありがとうございます。 癌の 化学療法の研究の戦略を概観しますと,まず第1に新規抗癌剤の開発があります。そして次に,すでにあ る抗癌剤をいかにして効果的に投与するかという,いわゆるdose intensityを高める方法の研究があります。 そして3番目の流れは,本日のテーマでもあり,近年広く臨床に用いられるようになったBiochemical Modulation(生化学的修飾:以下BCM)です。BCMというのは,抗癌剤の薬理動態を他の薬剤(モジュレー ター)によって修飾し,その効果を高めたり,副作用を軽減したりする方法です。 
 簡単にBCMの歴史を振り返ってみますと,ご存じのようにこの概念は1977年にBertinoがMTX (Methotrexate)と5-FU(5-fluorouracil)のコンビネーションが大変に有用であると報告して初めて登場し た概念です。Bertinoは,Sarcoma 180担癌マウスの生存率が,MTXを先行投与し2時間後に5-FUを投与する と相乗効果が得られ,この効果は,5-FU先行投与や同時投与では得られないと報告し,次いでCadmanが, マウスL-1210細胞を用いたin vivoの系において,MTXと5-FUの時間差投与(sequential MTX/5-FU chemotherapy)による相乗効果を,細胞の各種RNAが効率よく5-FUを取り込み,その機能が障害されるこ とが主たる細胞障害の原因であると報告しました。

BCMの有用性

 赤沢 そうですね。BCMという治療方法は歴史的に重要な意味を持ち,これから癌治療を研 究していこうとする研究者に大きな光を与えたような気がします。と言いますのも,これまでの治療法は 論理的でない抗癌剤の組み合わせでしたが,BCMという概念は合理的かつ論理的な治療法として考えら れ,その後の癌化学療法の進歩の発端になったことは確かだと思います。
 小西 私もBCMに注目した契機について述べさせて頂きます。最近の癌治療は,臨床的 には単独の薬剤を投与するよりも,多剤併用療法が一般的です。しかし,消化器の固形癌に対する化学療 法は,多剤併用療法でもこれまでなかなか有効な治療法がなかったと思います。それが,BCMの考えに 基づいた理論的に裏付けされた薬剤の組み合わせを実際に臨床で使ってみると,これまでの化学療法では 考えられないほど非常によく効き,しかもある程度治療効果の予測も可能です。
 例えば,未分化型胃癌が多いBorrmann4型胃癌で,腹水が貯留しているとか,切除不能,またDIC (播種性血管内凝固症候群)などの患者さんにも,ある程度治療前にも効果の予測がつきます。そして, 理論的な裏付けだけでなくて,実際の臨床の場で効果をあげることができたことが,このBCMの考えに 基づいた化学療法が急速に普及してきた理由だと思います。
 外科では,従来は手術による拡大切除という方向にありましたが,BCMによる化学療法が広ま るにつれて,術前の化学療法や術後の補助療法として,また再発や切除不能癌の治療としても,BCMに 基づいた化学療法は,外科サイドからも大きな支持が得られています。


MTX/5-FU時間差投与の理論と実際

5-FUの作用機序

 金丸 そこでまず,5-FUの作用機序について伺いたいと思います。
 5-FUはC.Heidelbergerらによって抗腫瘍剤として発見されてからもう40年近くなりますが,その作 用機序について,DNA阻害が主なものであるか,あるいはRNAの機能障害が主なものであるかが問題と なっていました。まず赤沢先生に,5-FUの代謝と作用機序についてお話を伺いたいと思います。
 赤沢 現在のところ,5-FUの作用機序については2つの仮説があります。第1は,5-FUの 代謝産物であるFdUMP(fluorodeoxyuridine monophosphate)によるTS(thymidylate synthase)阻害によって 起こるDNA合成低下です。
 そして第2は,5-FUTP(fluorouridine triphosphate)が,UTP(uridine triphosphate)の代わりにRNA に取り込まれ,RNAのプロセシングなどが阻害され制癌効果を発現するというものです。
 問題は5-FUの作用機序はどちらが主であるかということですが,5-FUの代謝をみると,FdUMP に代謝されるよりも,FUTPに代表される割合が高いことは確かです。この事実からみますと5-FUの主た る作用機序はRNAの機能障害にあるのではないかと思いますが,TS阻害により細胞死が起きてくること も事実です。したがって,ターゲットをTS阻害にするか,RNAにするかによって,MTX/5-FU時間差投 与法やLV(leucovorin)/5-FU併用療法の理論が出てくるのだと思います。
 金丸 5-FUがRNAに効くのか,DNAに効くのかという問題は,未来永劫に続く議論だと 思いますが,先生が実験されたTS欠損のFM3A細胞を用いた方法では,確かにTS(thymidylate synthase) 欠損があるにもかかわらず5-FUが効くということは,チミジンの存在下でもRNAに5-FUが効くのであっ て,TSは関係ないということでしたね。
 赤沢 そうですね。TSが欠損している場合でも細胞死が起こり得るのですから,RNA機 能障害の結果として細胞死が起きるということは事実です。TSを有している細胞株の場合,はたしてTS が重要な要因かどうかということに関しては分からないのですが,ただ,5-FUを高濃度にするとかなりの FdUMPも出てきますし,それによってTSが阻害されて細胞死が起きるということも,あとの実験ですが 確かめてあります。ですから,いずれにしても5-FUの作用機序はRNAの機能障害,あるいはTS阻害によ るDNA合成阻害の2つがあると思います。

MTXによる5-FUの効果増強の理論

 金丸 小西先生に伺いますが,5-FUは時間依存性という問題がありますが,大量を間歇的に 投与しても,また少量を継続的に投与した時にも効果があります。そこで,少量を継続的に投与した時の TS阻害,それから大量投与した時のRNAの阻害という点についてはいかがでしょうか。
 小西 5-FUのDNA合成阻害は,低濃度を持続的に投与することにより,またRNA機能障 害は高濃度の5-FUを必要とするとされています。
 MTX/5-FU療法については,MTXを先行投与しプリンの合成経路を介してPRPP (phosphoribosyl pyrophosphoric acid)を上昇させてRNAに取り込まれ,5-FUのRNA機能障害を増強すると いうCadmanの説と,MTX polyglutamatesがFdUMPとTSとに結合して三元複合系(ternary complex)を形成 して,DNAの合成阻害を増強するというFernandesの説の2つの考え方があります。
 低分化型の胃癌に対してMTX/5-FU療法は大変効果がありますが,組織型によって効果の差異 があるように感じました。赤沢先生がモノクローナル抗体を使ってスキルス型胃癌(未分化型腺癌)で TSがよく染まると報告されているので,私どもはTSの活性を直接測ってみました。すると,TSは Borrmann4型のような低分化型胃癌では非常に高く,MTX/5-FUが効きにくい高分化型胃癌では低いとい う結果が得られました。逆に,TK(thymidine kinase)の方は低分化型胃癌では低く,高分化型胃癌では高 いという結果が出ました。組織型によるTSとTKというDNA合成に関する酵素の違いが効果の差にあるか もしれないと考えると,DNAの合成阻害にこのMTX/5-FU療法が強く関与している可能性が高いと考え ています。
 ただ実際問題として,MTX/5-FU療法がDNA合成阻害だけに働くとしますと,臨床的には主に DNA合成阻害を狙うLV/5-FU療法やCDDP(cisplatin)/5-FUなどの治療法が,MTX/5-FUに耐性のある 患者に非常によく効くことがあります。そうならばMTX/5-FU療法はDNA合成阻害だけではなく,RNA 機能障害も強く現れるかもしれないと考えられます。

5-FUは時間依存性か?

 赤沢 問題は,先ほど金丸先生が提示されたように,5-FUという薬剤がはたして時間依存性 なのかどうかということだと思うのです。例えばFUdRなどを使いますと,これはすぐFdUMPに変化する 薬剤ですが,こういう薬剤は確かに時間依存性で効果が出ます。それからTS阻害の証として,DNAの切 断が起きるという現象がありますし,確かにFUdRは見事にDNAを切断しますが,5-FUの場合はかなり高 濃度を投与しなければDNA切断は起きません。細胞によって違いますが,FUdRの場合は24時間位露出し ておきますと,きれいにDNA切断が起きてきます。一方5-FUは,5-FUを高濃度に投与し,FdUMPに代謝 させ,DNAの切片をみようとしても,その前にほとんどの細胞は死に陥っています。
 そういう意味でも,5-FUのメインの作用機序はRNA障害で,サブの作用機序がTS阻害と考えて います。しかし,5-FUの場合にはそれほど時間依存性にこだわることなく,もし5-FUでRNA阻害の他に, TS阻害をも目的とするのなら,高濃度で1日から3日間位投与する方法がいいと思います。
 金丸 先生がおっしゃっていた5-FUのDNAの切断ですね。これは,アポトーシスですか。
 赤沢 アポトーシスと関連があるかどうかは分かりません。先ほども出ましたが, FM3A細胞のTS欠損株というのは,チミジンを投与していないとチミン飢餓が起きて,それで細胞死が起 こるわけですが,その時に50キロベースを頂点とするDNA切断が起きることが分かっています。アポトー シスの場合にはご存じのように200ベース位のDNA切片ですので,そのDNA切片がアポトーシスの途中の 段階であることも考えられます。5-FUやFUdRでもアポトーシスを起こすという文献はたくさんあるので, 関与しているかもしれないですね。

MTX/5-FUの投与量

 金丸 北村先生の施設ではいかがでしょうか。
 北村 私どもの施設も,少量投与法でしたが内科でMTX/5-FUをおそらく日本で最も早 く行なっていたでのはないかと思います。中等量法は効果の点からはより奏効率は高いですが,副作用が 高く出ることがあります。私どもはMTX30mgを大動脈内に先行one shot動注し,それから3時間後に5-FU を500mg~750mg one shot動注し,可能な限り繰り返して投与して27%以上の奏効率がありました。しか も副作用が少ないことが大きなメリットだと考えています。
 内科医はまず第1選択として入院治療を考えますから,中等量でもいいと思うのですが,私ども 外科医は外来で,しかも副作用が少なく,かつ奏効率がある程度よいという方法ということになります。 10年ほど前からやはりMTX/5-FUが特に低分化型の未分化型の胃癌の再発などに効くという感触を得ま した。
 少し前の厚生省研究班の報告では,固形癌の集学的治療で,いわゆるセカンドライン治療として のMTX/5-FUは,フッ化ピリミジンがファーストラインとして入っていると9%位の有効率しかないよう です。ですから,一度FU系に癌細胞が曝されてしまうと,MTX/5-FUは有効性においてはかなり落ちて しまうので,別の治療法に切り替えなくてはいけないということが言えると思います。
 もう1つは,国立がんセンターが過去に行なったMTX/5-FUの中から,消化管狭窄や腹水のある 症例を30例ほど引き出してその効果を調べたのですが,腹水に対しては,50%ほどのPR(Partial response) 率がありますし,消化管狭窄にもよく効くというようなデータになり,私どもが集積してきたデータの成 績とほぼ一致するのではないかと思います。赤沢先生もスキルス型胃癌には有効と言っておられるように, 使用する場合には組織型を考えた方がよいのではないかという気がします。
 赤沢 そうですね。ただ,いまのお話の中に2つの問題があると思います。1つはMTXの 投与量の問題。そしてもう1つは,MTX/5-FUがはたして臨床的に大きな特徴を有しているかという問題 です。
 前者に関しては私どもも時間差の問題を工夫して少量法,中等量法,大量法のMTX投与を検討 してみましたが,中等量法が副作用および効果の面から最もよいという結論が出ました。それと臨床的特 徴としては,先生がご指摘のように,スキルス型胃癌に効果があるようです。私どものデータでも,スキ ルス型胃癌に関しては従来のMMC+フッ化ピリミジン系の薬剤の使用に比べますと,MTX/5-FUの方が 生存期間は長いようです。
 欧米では大腸癌に対しては,LV/5-FUやIFN(interferon)/5-FUの方が主流ですが,大量のMTX と大量法の5-FUとADM(adriamycin)を組み合わせる方法がだいぶ前に発表され,かなりの治療成績を得 ています。私もその方法を一度試してみたのですが,副作用が強すぎました。
 小西 ドイツのKleinらが発表したFAMTXですね。
 赤沢 そうですね。
 小西 国立がんセンターの内科の吉田茂昭先生達がFAMTXをスキルス型胃癌の術前化 学療法として行なっていますが,やはり副作用がかなり強いようです。
 MTX/5-FUがよいのは副作用が少ないことです。私どもは中等量法から始めたわけですが,リ スクの悪い患者さんに少量法で行なってもかなりよい成績が出るものですから,少量法でも治療効果はあ ると考えています。

MTX/5-FUの投与法

 赤沢 ところで,先ほどの厚生省研究班のファーストラインは何を使いましたか。
 北村 フッ化ピリミジン系ですが,それほど大量ではありません。
 赤沢 私は5-FU系の薬剤を最初に使った場合,最低1か月は中止します。というのも, 最初に5-FUを投与しますと,MTXの作用機序を考えると分かりますが,MTXの効果がなくなります。
 したがって,MTX/5-FU時間差投与を行なう前に5-FU系の薬剤をwash outしておかなければまっ たく意味がありません。そういうことを理解せずに,フッ化ピリミジンを飲ませ,引き続きMTX/5-FU を投与し,さらにまたフッ化ピリミジン系の薬剤を飲ませるという方法は,まったく意味のないプロトコー ルです。
 金丸 MTXはどの位使っていますか。
 赤沢 通常,少量法では30mg/平方メートル,中等量法では100mg/平方メートル,大 量法では200mg/平方メートル~300mg/平方メートル以上ですね。
 金丸 100mg/平方メートルや200mg/平方メートルを使った時に,LVレスキューはか けますか。
 赤沢 ええ。
 小西 MTXの濃度が48時間の後に9/1000,000M以下であれば,副作用は起きないと言わ れています。私どもは少量法の場合もLVレスキューをかけています。少量法も普通は48時間後ではそれ ほど高濃度になりませんから,必要ないのかもしれませんが,私どもがMTX/5-FUを始めた頃,副作用 の強い患者さんがいましたので,それ以後できるだけレスキューをかけるようにしています。
 赤沢 臨床的には80mg/平方メートルを越えた場合にLVを使うということになってい ます。
 金丸 in vitroの実験ですと,1/1000,000Mで,PRPPはピークに達しますので, それ以上あげても意味がありません。1/1000,000Mがクリティカルなポイントだと思います。
 赤沢 MTX100mg/平方メートルを急速静注で投与した場合,最高濃度で大体1/ 10,000Mまでいきます。したがって,100mg/平方メートルが合理的な投与量と考えています。
 金丸 副作用はどうですか。
 北村 副作用については,入院の場合は綿密に診ているので,すぐに対処できますが, 多くの患者さんを外来で,しかも少量法で2週間に1回投与していますから,全身状態によっては,骨髄抑 制が高度に出る例もあります。
 2週間に1回少量法で行ないますと,やはりむかつきも出,水分摂取が少なくなって脱水が生じて しまいます。MTXは普通90%位は24時間以内に尿中に出てしまうと言われていますが,脱水状態では簡 単には排泄されずに体内に残ってしまい,1/1000,000か1/10,000,000Mの安全域を越えてしまう可能性 があります。ですからFUの副作用ももちろん,MTXそのものの副作用は絡んでいるのではないかと思い ます。
 赤沢 先生は私よりも少ない投与量で使っています。この治療方法のDLF(dose limiting factor)は,下痢と口内炎と骨髄抑制です。1週間に1度規則正しく投与していくと,必ず副作用が出現し てきます。その出現は,患者によってその投与回数が異なりますので,投与前に必ず副作用の状態をチェッ クするのが重要です。それをしている限りでは外来でも大きな失敗はないですね。
 骨髄抑制は白血病と違って,感染もあまり心配ないし,現在の医学では十分コントロールできま す。しかし,一度出現した下痢はどうしても止まりません。それに脱水が伴えば当然腎不全も起きてきま す。その辺を十分気をつけるようにしています。下痢が起きたらすぐ投与を休止することが,最大の副作 用防止のポイントであり,投与法のコツでもあるわけです。


LV/5-FU:その理論と実際

LV(leucovorin)とは

 金丸 それでは,次に「LV/5-FU」に話題を移したいと思います。小西先生,簡単にご説明 願えますか。
 小西 LV/5-FUは,欧米ではMTX/5-FUが大腸癌,卵巣癌,頭頸部癌,乳癌などにお いて顕著な臨床効果が現れなかったという背景から登場したBCMと言えます。還元型葉酸の前駆体であ るLVを投与することによって,5-FUのDNA合成阻害を増強するものです。
 MTXとは異なってLVそのものは抗癌剤ではないのですが,5-FUのモジュレーターとして使って その抗腫瘍効果を増強するという方法で,奏効率が高いので欧米では大腸癌を中心に検討されてきました。
 LVにはd型とl型がありますが,わが国では活性体であるl型に絞って5-FU と組み合わせる臨床研究が進んでいます。
 投与法としては,O'Conellが提唱するLV20mg/平方メートルと5-FUを5日間連続投与する少量法, また,MachoverらのLV 200mg/平方メートルと5-FUを5日間投与し,3週間に1度繰り返す中等量法,さら に,PetrelliらのLV 500mg/平方メートルと5-FU 600mg/平方メートルという大量投与を週1回,毎週繰り 返す大量法があります。
 欧米では,O'Conellの少量LVを5日間連続で投与する方法が大腸癌の標準的な治療法として認め られていますが,わが国では,この方法が特に胃癌では奏効例が得られなかったこともあって,大量週1 回投与法が評価を受けています。

LV/5-FUの作用機序

 赤沢 作用機序について申し上げますと,一般的に癌細胞は還元型葉酸が少ないと考えられ ます。そうすると5-FUから代謝されたFdUMPがTSと結びつく時に還元型葉酸が必要ですので,葉酸を補 う必要があります。その役割を担うのがLVです。FdUMP,TS,LVの三者によって強固な結合ができて DNA阻害,つまりTS阻害が起きるわけです。
 しかし,誤解して頂きたくないのですが,5-FUの作用機序がRNA機能障害にあるとすれば, RNA機能障害により細胞死するのに加えて,LVを投与することによってTS阻害もさらに増強させるとい う考え方が妥当ではないかと思います。
 金丸 RNAの方にも効き,そしてなおかつDNA阻害を増強させるという考え方は新しい 意見だと思いますね。
 赤沢 先ほどのMTX/5-FU投与に関しても同様ですが,あまりにも一方的にTS阻害と いうことを考え過ぎることに誤解の原因があるように思います。MTXによる5-FUのRNA障害の増強,プ ラスMTX-polyglutamatesによる低阻害。その2つがあっても何も不合理ではないと思います。
 小西 そういう考え方でいけば,LV/5-FUで,5-FUを急速静注で投与した方が,むし ろ臨床効果があったというわが国の研究結果が説明できることになりますね。
 赤沢 実際にそうだと思います。それからLVの投与量の問題ですが,少量,中等量,大 量の3方法でフェイズIIにおける抗腫瘍効果を検討しましたところ,最も成績がよかった方法は l-LV 250mg/平方メートル,5-FUは600 mg/平方メートルでした。具体的に言いますと l-LV 250mg/平方メートルを2時間で投与し,その中間に5-FU 600 mg/平方メートルの急速静注。 これを週に1度ずつ繰り返す方法が,抗腫瘍効果においては最も優れていた方法です。この方法で大腸癌, 胃癌ともほぼ30%の奏効率が得られました。

5-FUを急速静注で投与

 金丸 5-FUを急速静注で投与する根拠はどこにありますか。
 赤沢 5-FUの濃度を上げませんと,FdUMPに代謝される割合は非常に少ないわけです。 急速静注の場合は短時間に投与しますからかなり高い濃度で投与されることになり,したがってFdUMP も比較にならないほど高い濃度で出現してきます。それが,LVと結合し,TS阻害をも起こすと考えられ ます。
 実は急速静注ではなく,30分点滴法という方法でも試行しましたが,まったく効果がありません でした。そういうこともあって,急速静注という投与法に変更して成功したのです。
 金丸 これもRNAに効くかDNAに効くかよく分からないけれども,臨床面ではすばらし い成績が出ています。これは薬剤の相互作用,あるいは薬と細胞内構成要素の相互作用の効果であること は確かなのですが,これからも追求していかなければならない問題だと思います。
 赤沢 欧米ではすでに大腸癌の標準的な治療の1つとなっています。
 小西 アメリカでは大腸癌の術後補助療法の標準治療法としてLMS(levamisol)/5-FU という方法が採用されているのですが,昨年私が出席したアメリカの研究会では,「LMS/5-FUではな く,まだ標準方法に公認されていないけれども,LV/5-FUを対照として新しい薬剤を評価したほうがい い」と言われていました。欧米で化学療法を行なっている人たちも,LMS/5-FUよりもLV/5-FU,それ もO'Conellの少量法を標準にしているようです。

胃癌に対するLV/5-FU

 小西 ところで北村先生は,胃癌に対してかなりLV/5-FUを使っているようですが臨床成績 はいかがでしょうか。
 北村 だいたい先ほど赤沢先生が言われた量,いわゆる少量ないし中等量で,フェイズ IIに対して行ないました。O'Conellは少量法でも大量法と同じ成績が出たと言っていますが,わが国では 胃癌に関しては17分の0の成績でまったく効きませんでした。
 しかし虎の門病院の報告では,20mg/平方メートルのLVと700mg/平方メートルの5-FUで40% 位のPR率を出していますから,FUの量を調整することによって同じように効果が出せるのなら,コスト ベネフィットの点からは,LVは高価ですので,FUを大量にを使うことも一考に値すると思います。
 赤沢 O'Conellはdl型LVで行ないましたから,20mg/平方メートルは l-LVだと10mg/平方メートルですね。根本的には,その量が充分であるかどうかの問題にすぎないわけです。
 私が行なった実験では,FUdRを一定の量にして,LVの量を高くしていくと,量が多くなるにつ れて細胞死は大きくなってきます。しかしある程度になると,LVの投与量を増やしても細胞死はそれ以 上は起きてきません。ですから,問題は最低限のLV量を臨床的にどこまで下げられるかということにな るわけです。
 北村 in vitroの実験では,短時間の5-FUとの接触の時はLVは10μM位は必要で あるが,長時間の場合は1μMでもいい,と言われていますね。そういう実験データからすると,少量で もいけなくはないのかなという気もするのですが。
 小西 私たちは胃癌・大腸癌の肝転移に対して,LV/5-FUを肝動注で使っていますが, 少量法でかなりいい成績が得られています。
 金丸 そうですか。やはり三元複合体を作るのに,CH2-FH4(メチレンテトラハイドロ葉酸)のレベルが低いから,LVを投与するという考え方ですね。 しかし,どの程度低いのか,少しだけなのか,それともかなり低いのか,それから,LVをどの位投与す れば補えるのかという細かい実験はまだないと思います。
 赤沢 そうですね。人間の場合,個体差が出てきて当たり前ですから,臨床の場合,効 果という観点から個体差をできるだけ少なくするためには,多くの量を投与したほうがいいように思いま す。
 金丸 余分なLVは何もしないので,そういう考えもあるでしょうね。
 赤沢 何もしないです。最初の頃はd型が活性型であるl型を阻害するので はないかと言われていたのですが,l型だけを生成して実験してみると,そういう作用もないみた いですから。


CDDP/5-FU

CDDP(cisplatin)とは

 金丸 それでは次に,「CDDP/5-FU」に関してですが,これについてはいかがでしょうか。
 赤沢 CDDP/5-FUの作用機序に関しては,CDDPを先に投与したほうがいいのか, 5-FUを先に投与したほうがいいのかがかなり議論されているところです。
 CDDPを先に投与する考え方は,CDDPが細胞内へのメチオニンの輸送を阻害し,メチオニン欠 如が起こるとMS(メチオニン合成酵素)が活発に代謝されて,メチオニンが合成されるわけです。それ に伴って細胞内還元型葉酸プールが増大して,三元複合体形成も増加し,その際,LV/5-FUと同じよう なメカニズムで,5-FUを増強するという作用機序があるという考え方です。
 5-FUを先に投与する考え方では,5-FUをモジュレーター,CDDPをエフェクターと考えるわけで す。この作用機序は,CDDPはDNA鎖と架橋を形成し,DNA合成を阻害しますが,CDDPの効果が減少す る原因はDNA修復酵素にあります。したがって,5-FUを先に投与することによって,修復酵素の生成を 阻止することでCDDPが効くようになるという考え方です。
 この考え方のもう1つは,5-FUを先に投与することによって,GSH(glutathione)合成を低下させ るというものです。GSHはCDDPの解毒作用を有していますから,GSHが低下するとCDDPがより一層効 くようになるわけです。
 現状ではCDDPの先行投与,あるいは同時投与,それから5-FUの先行投与のいずれがよいかに関 しての臨床データはなく,いまのところはまったく分かっていません。

CDDPの少量投与

 金丸 CDDPの少量投与と5-FUの組み合わせが注目されていますが,北村先生は経験がおあ りですか。
 北村 最初は肝動注にCDDP/5-FUを使っていたのですが,最近は10mgから20mg位の CDDPを連続投与し,5-FUも持続的に投与する方法をパイロットスタディとして行なっています。しかし はっきりした効果はまだ出ていないのが現状です。
 小西 私は食道癌の術後の補助療法として,10mgほどのCDDPでは特に副作用がありま せんので外来的に使っています。わが国では現在はCDDPと5-FUの組み合わせで,特にCDDPの少量投与 がよく行なわれるようになってきていると思います。
 金丸 私どもの施設でも,CDDPを5mg/平方メートル,5-FUを300mg/平方メートルで 5日間投与して,2日あいだを置いて再び5日間投与。そういう方法で6コースほど投与します。CDDPを 3mg/平方メートルに減らしてもよいのではないか,という意見もありますが,かなり効果があります。 胃癌や大腸癌の術後などに,15例位に使っただけですが,手応えは十分で,びっくりしているところです。
 赤沢 CDDPは当初は副作用が強いということで分割投与,1日30mgで,5日間で150mg を投与する方法でした。ところが時代は変わってきて,いま金丸先生がおっしゃったプロトコールは,お そらくメチオニンの輸送阻害を考慮した考え方だと思います。CDDPの少量投与でも,細胞膜に作用すれ ばいいだけですから,論理的方法と考えられます。
 金丸 おっしゃる通りで,細胞内の5-FUのレベルを上げることによって,それにカップ ルして動くFH4(tetrahydrofolate)のレベルを上げて,三元複合体を強固にするという理論です。


Biochemical Modulationの今後の展望

副作用を軽減し,効果増強をいかにして図るか

 金丸 お話も尽きませんが,最後に今後BCMはどうあるべきか,どのように発展させるべき か,ひと言ずつお願いします。
 小西 今日は,エフェクターとしては5-FUが中心になりましたが,これは5-FUが薬理学 的,生化学的に大変よく研究されてきたからです。今後いろいろな形での研究が進んでくると,5-FU以外 も取り上げられてくるでしょう。
 それから,これまではBCMの制癌効果のは,どちらかというと奏効率を上げることや,画像診 断での効果で検討するということが多かったと思います。これからはできるだけ副作用を減らし,長期間 投与できるようにして効果の持続を図るという観点からBCMの組み合わせが考えられてくると思います。 また,今日は話題に出ませんでしたが,わが国で開発された経口のBCMであるUFT(tegafur・uracil)や, LVとUFTの経口剤同士のBCMは,通院しながら治療できますから,患者さんのクオリティ・オブ・ライ フという面でこれからもっと発展していくと思います。
 北村 BCMは副作用を軽減し,効果増強をいかにして図るかという目的があるわけで, いままではFUの効果をいかに増強させるかということできたわけですが,やはり有効率にも限界がある でしょうし,効果がある癌種も限られてくるでしょう。そういう面からも,FUだけではなく,いろいろ な薬剤を組み合わせたDual BCMやTriple BCMという方向に進んで,さらに生存率の向上に寄与し,しか もQOLもよくなるものを開発していかなくてはいけないと思います。

BCMの考え方の根底にあるもの

 赤沢 北村先生がご指摘のように,BCMは本来抗腫瘍効果を増強する面と,副作用の軽減と いう面があります。後者に関してはまだ進歩していませんが,前者に関しては再発癌や進行癌に対して有 用な方法と考えられます。
 私が最も重要だと思うのは,BCMそのものに対する考え方ですね。「Biological Modulation」と いう方法,さらには遺伝子学的に癌細胞を修飾する「Biogenetical Modulation」という方法も,今後は発展 してくるだろうと思います。いずれにしても,それらを総括した言葉として「Biomodulation」という考え 方が発展していくだろうと思います。そういう考え方の根底には,北村先生がおっしゃったように,5-FU だけでなく,他の抗癌剤剤,あるいは他の物質のモジュレーションも考えられます。
 そのような発想の転換といいますか,発想方法がまさにBCMの考え方の根底をなすところです から,新しい癌治療の方法論がBCMを基礎にして発展していくことが考えられます。現在,やっと論理 的かつ合理的治療法が端緒についたばかりとも考えられます。
金丸 今日は,BCMについて,いろいろな抗癌剤を作用機序の上から修飾する方策をお話しし て頂きましたが,薬剤の組み合わせ,投与法,投与量などにおいて改善すべき問題がたくさん残っている と思います。
 例えば,chemoprotectionという言葉がありますが,これもBCMの1つだと思いますし,それから HSV(herpesvirus)のTK遺伝子を導入した細胞にガンシクロビルを投与して,細胞を殺す遺伝子治療,こ れも広い意味でのBCMに入れてもいいのではないかと思います。BCMは当初の予想をはるかに越える勢 いで進歩してきています。
 本日は,貴重なお話を伺わせて頂きましてありがとうございました。