医学界新聞

連載 「人生百年」-[5]

1世紀の人生を豊かに生きるライフスタイル

安達正純(Director of Laboratories, Isaac Albert Research Institute, Professor of Pathology, State Univ. of New York, Health Science Center, Brooklyn, New York)

レオーナ・ディピーロー(Editorial Associate)


(第2149号よりつづく)


第7章 睡眠

 アメリカでは500万人以上の人たちが不眠症に悩まされており,一般の人が医師の診療を受ける 原因としては,風邪と頭痛に次いで第3番目の大きな問題となっている。女性のほうが男性に比べて不眠 症が多く,また一般的には,老人,精神病患者(特にうつ病の人),感情的な人たちが不眠症になる傾向 がある。
 不眠症は,日常生活に大きな影響を及ぼすが,また日常生活も潜在意識となって睡眠に影響している。
 90歳以上の人たちは中年の人に比べて特典がある。つまり昼寝によって適当に睡眠不足を補っている。 特に家族等との夜の予定がある時には,昼寝によりエネルギーが補給される。
 不眠症にはいろいろなタイプがあるが,寝つきが悪い人,夜中に目がさめてその後寝られない人,ま たは5~6時間寝られるが目がさめると睡眠が十分でないと感じる人などで,そのタイプによりそれぞれの 解決が必要である。
 以下の例による経験は大変重要なものである。またこれにより,次章に述べる精神衛生の重要性を感 じる。

パトリック・M 100歳
 彼は独身の作家で,大変健康であり,忙しい日々を過ごしている。彼によると,その秘訣はよ い睡眠であるということである。
 彼の人生は作家として波瀾に満ちていたが,日常生活はできるだけ規則的なスケジュールに従ってい る。朝6時に起き,散歩の後朝食をとり,その後8時から夕方6時まで,正午の昼食と昼寝の時間を除き約8 時間著述に熱中している。夕食は自分で作るが,これを彼のカクテルアワーとして楽しんでいる。夕食後 には友人に会ったり音楽を楽しんだりし,寝る前には小さいコップにアイリッシュウイスキーを1杯飲ん で熟睡に入る。
 寝る前には必ず過去の楽しかったできごとを思い出すとともに,いかに幸福であるかという,人生へ の満足を自覚することがとても大切であると言っている。

リンダ・G 94歳
 彼女は若い頃より経済関係,特に投資に興味を持ち,80歳くらいまでかなり忙しい日々を送っ ていた。一時不眠症に悩まされ,睡眠剤を飲んでいたが,その量の増加とともに副作用が強くなり,友人 の心理学者に相談して薬をやめることができた。彼女の潜在意識には投資への不安があり,これが不眠の 原因であった。相談の結果,彼女は投資のコンサルタントに仕事を任せ,他の経済的な活動は自分の趣味 として楽しんでいる。
 彼女の場合,不眠症の原因をつきとめて睡眠と健康を回復するとともに,新しい人生を楽しんでいる と言えよう。

セラ・T 93歳
 彼女は甲状腺の手術を30年前にしたために,甲状腺の薬とコルチゾンを処方されており,これ が不眠症の原因となっていた。一般にもいろいろな薬が不眠症の原因になっている。例えば,抗うつ剤, 体重減少剤,簡単に薬局で買える利尿剤,時には多量のビタミン剤なども不眠の原因になる。彼女の場合 は,薬をやめることができないために,薬の量を調節し,またコルチゾン(1日2回服用しなければならな い)を早朝と夕方の5時前に飲むようにして,不眠を予防している。
 彼女は現在も慈善事業に忙しいので,夕方は8時ごろから11時ごろまで文通に追われている。そのた めとても疲れてしまうので,床に入ると同時に熟睡する。

ジョン・E 91歳
 彼の若いころの性格は,アメリカで言われる「タイプA」であった。この性格の人は,話し方や 行動が早く,常に急いでいる。何でも思うようにいかないといらいらする。ゆっくりする時間があっても, それを楽しむことができない。このタイプの人たちはストレスに対しても特に反応が強い。
 彼は日中忙しいのですぐ寝られるが,6時間くらい経つと眼がさめて,その後睡眠不足の感じが強く, 日中も常に疲労感が強かった。
 アメリカでは精神病患者でなくともいろいろな悩みがあると精神病の医師に相談して,その問題を解 決している。彼のストレスの緩和方法はTR(total relaxation)といい,これは禅の呼吸の方法と似ている。 まず目を閉じて全身の力を抜く。次にゆっくり鼻から呼吸して,2~3秒呼吸を抑え,その後ゆっくり息を 口から吐く。その際に全身の力を両方の手足から抜くように弛緩する。このTRを全身の緊張がとれるま で繰り返す。また急にストレスを感じた時には,口でゆっくり呼吸して体の力を抜くだけでも,かなりス トレスがとれる。
 彼は,6か月間TRを毎日練習すると,6分くらいでストレスがとれると言っている。また寝る前に入 浴して,湯の中でこの方法を繰り返してゆっくりした後に床に入ると,熟睡できる。
 この経験から,睡眠の改善とともに彼の性格も変わった。彼は50歳前に3回も離婚したが,67歳の時 に32歳の女性と結婚して幸福な生活を送っている。彼に言わせると“sex"が一番よい睡眠剤だということ である。

ジーン・A 96歳
 彼女は幼いころから感情的で,眠れないことが多かった。また眠れても朝の2時3時には目がさ めて,その後眠れずにかなり苦労した。彼女は精神的な問題に興味を持ち,大学に入ってから心理学を専 攻した。心理学を学んだことにより,彼女の不眠症はいろいろな感情的な問題,特に恐怖によるものであ ることがわかり,その解決とともに不眠症も次第に改善した。
 彼女はこの経験により,潜在意識の重要性を強調している。彼女はまた,感情と不眠症の関連から, さらに感情と性格の改善について話している。
 感情は脳の機能の中でも重要なものの1つであるが,これに対する反応を処理できるような性格を作 ることが大切である。彼女はこれを3C(challenge,commitment,control)と呼び,これにより感情の処理が できる性格が必要であると言っている。

 これらの経験は,各自の意識的な精神活動により,不眠症の改善だけでなく健康な生活を得た例であ り,またこれにより精神衛生が大切であることがわかる。

第8章 精神衛生

 脳の健康とは,頭を適当に使うことによって,その機能を維持することである。
 アメリカでは65歳以上の人たちでも,1/3の人は仕事を続けている。他の1/3は引退したがいろいろ なボランティア活動により心身ともに活発な生活をしている。残りの1/3は引退して何も特別な活動はし ていない。これらの人たちの脳の循環を調べると,何もしていない1/3の人たちの脳循環は他のグループ に比べて低下し,またIQテストの成績も他のグループに比べて低い。
 脳の機能は筋肉と同様に,使わないと萎縮する。また引退への心配,失望,またはうつ病などにより 記憶力は減退する。脳を使っている人は特に知覚,注意力,記憶の機能にすぐれている。
 特に大切なのは,いろいろな精神活動を楽しみながらやることである。これは各自の趣味や集団的な 社会活動でも達成される。精神的に活発な人は,特に理性的で判断力がある。記憶障害は脳の働きが活発 でないために,集中力が減少して起こる。
 次に述べる人たちは,各自の性格により,良好な精神衛生を維持している例である。

アリス・B 99歳
 彼女は常にとても幸福そうで,彼女に会った人たちは,どうして彼女はいつも幸福なのかと聞 く。多くの人は外部からの影響により幸福または不幸になるが,彼女の場合は幸福を自分で保っている。
 しかし彼女の人生は決して楽なものではなかった。32歳の時に離婚をして,3人の子どもたちを自分 で育てた。いろいろな仕事をして苦労もしたが,決して自己嫌悪に陥ったり,他の人たちと比較して不幸 に感じたりすることはなかった。彼女の人生観は,「自分は常に幸福である」という意欲により,よい精 神状態を保つことであった。これには自己教育と鍛練が必要であると言っている。
 彼女は,毎日寝る前に,困難な仕事を克服できたことや,精神的な失望から回復できた自信を感じる ようにしているという。

エバリン・S 96歳
 彼女はこれまでずっと病院で医療福祉(アメリカではsocial serviceと言っている)のために働い ている。患者が入院した際の健康保険や,退院後の問題についての相談役をしている。彼女はこの仕事を 趣味のようにやっている。
 75歳で引退した後も,ボランティアとして週に3回,病院の仕事を助けている。長い経験により,彼 女の働きぶりは若い人たちへのよい教育になっている。アメリカの病院では,引退してボランティアで働 く人が多く,特に医療福祉の面での病院への貢献は貴重である。彼女は特に小児科が好きで,子どもたち と話すことを楽しみにしている。彼女には子どもがいないために,病院での子どもや若い人たちとの交流 が精神衛生に重要な役割を果たし,また彼女の生活の潤いになっている。

トーマス・W 91歳
 彼は実業家であったが,70歳の時に引退した。その後は,市の実業講座の無料講師と相談役を している。彼の講義の評判が大変よいために,市から毎年感謝状をもらっているが,これが彼の満足と誇 りのもとになっている。
 彼の経験と知識の力による講義と相談は市の実業家の間でも有名で,毎年多くの聴講者を集めている。 彼はその準備でかなり忙しい日々を送っているが,これが彼の生活の刺激になっている。最近は経済状況 の変動によりなかなか仕事も大変であるが,彼はそれを挑戦と考えて大いにがんばっている。

エルノア・D 92歳
 彼女は,一時うつ病により記憶障害があったが,それから回復して健康な生活をしているよい 例である。
 彼女は68歳の時に夫をなくし,一時うつ病になったが,治療によりなんとか回復した。その後,多少 の記憶障害に悩まされたが,老人リハビリセンターの指導により意識的に集中力と注意力の改善に努め, 最近ではかなり記憶が回復している。
 精神的な回復とともに,生活に自信も出て,老人リハビリセンターで他の人を援助している。彼女の 経験は,このセンターに来る人たちの大きな励ましになっている。

リチャード・R 96歳
 彼は若い頃からのスポーツの経験により,自然に良好な精神衛生を体得している。彼によると, 自分自身のイメージがとても大切であり,よいイメージは自分で意識的に作れるとのことである。これは 彼の,確信的イメージを持つことで試合に勝ったという若い頃の経験による自信である。
 彼は,これにより他の目的も達成することができると言っている。また精神の衛生とその活動の秘訣 は,スキーのダウンヒルと同様に,次の心構えであるという。それは,(1)心の集中,(2)確信のある態度, (3)よくバランスのとれた心,(4)躊躇しないことなどである。彼も,注意力と集中力が精神衛生に大切で あると言っている。

 これらの経験に見られるように,脳を意識的に使うことにより,その機能を長く維持することができ る。各自の性格により,精神衛生のプログラムは異なるが,体に必要な運動(第2149号「第6章:運動」 参照)と同様に,この章で述べた脳の基本的活動が常に必要である。