臨床外科 2014年増刊号(Vol.69 No.11)
ERAS時代の周術期管理マニュアル
小寺 泰弘   名古屋大学大学院医学系研究科消化器外科学

 術前術後の管理が外科医にとって重要であることは言うまでもありません.外科医は手術だけやっていればよいわけではないんだ,自分の手術の術後には責任を持つんだ等,誰もが先輩医師に耳にタコができるくらい聞かされた(あるいは聞かされている)ことと思います.というわけで,若いころに徹底的に叩き込まれた……ようでいて,実は細かいところまでわかりやすく教えてくれる先輩はおらず,麻酔学の成書で勉強したりもしました.もちろん,網羅的に勉強するのは時間的に不可能に近く,知りたいことがあったときにちょこちょこと調べる程度でした.その後,周術期管理は雑誌の特集号などで取り上げられがちなテーマであることを知り,当時出版されたものを勇んで購入した記憶もあります.しかし,私たちの世代の医師たちにとって,こうして身につけた管理法の多くが現在では時代遅れであったり,かえって行ってはいけないことであったりします.

 近年,手術手技は大きな発展を遂げましたが,周術期管理の進歩もまさに同様であり,ある項目は手術手技の進化と連動し,ある項目はこれとはまた別に独自に進化し,場合によりかつては周術期管理などと縁のなかったメディカルスタッフの協力も得て,手術後の短期成績を表す様々な指標の向上に寄与しております.例えば自動吻合器,縫合器の開発に伴う吻合の安全性の向上により,かつては1週間の局所の安静,減圧のうえで胃透視を行ってから経口摂取を許可するほど慎重に扱っていた食道空腸吻合部も,今や普通の消化管吻合部にすぎません.内視鏡外科手術の普及に伴う低侵襲性や消化管運動の早期の回復により,腹部手術の翌日には普通に歩いたり経口摂取を開始したりもします.周術期の徹底したリハビリは特に高侵襲な手術の術後の立ち上がりを大きく後押ししています.

 医療経済の厳しさという社会情勢ゆえに在院日数の短縮が各国で危急の課題となっている点も,周術期管理の見直しを迫る契機となりました.こうしてかつての周術期管理から多くの因習的な手法が臨床試験によるエビデンスをもって省略されたり短縮されたりした産物の一つがenhanced recovery after surgery(ERAS)という概念です.そこで,「また周術期管理の特集ですか」という声も聞こえそうななか,今回は特に「ERAS時代の」というキーワードにこだわって,本増刊号を企画しました.ERAS をどこまで取り入れるか,あるいはERASを取り入れた管理法をどこまで徹底するかについては,臓器別の術式の特性や執筆いただいた各先生方の経験や感触に応じ,微妙に温度差があることと思います.また,項目によってはERASとは直接関係ないものもあるかと思います.しかし,すべての項目でERASが叫ばれる時代背景は反映されています.新たな周術期管理の立案,推進が必要とされるなかで,本増刊号が少しでもお役に立てば幸いです.