HOME雑 誌medicina誌面サンプル 46巻11号(2009年11月号) > 今月の主題●座談会
今月の主題●座談会

脳卒中診療の教育・連携・チーム医療

発言者●発言順
豊田一則氏(国立循環器病センター内科脳血管部門)=司会
平野照之氏(熊本大学大学院神経内科学分野)
飯原弘二氏(国立循環器病センター脳血管外科)
江面正幸氏(国立病院機構仙台医療センター脳神経外科)


豊田 本日は,「脳卒中の教育・連携・チーム医療」というタイトルで,先生方にお話しいただこうと思います.t-PA静注療法が認可されて数年経ち,これをきっかけに脳卒中診療への関心も飛躍的に高まりました.ただ,脳卒中診療に携わる医療スタッフは,まだ足りない状況ですし,一般医家の方の認識も不十分であろうかと思います.もっと多くの人に脳卒中診療へ関心をもってもらうためには,どうすればよいかについて話し合いたいと思います.

■脳卒中を診る医師は外科が育てる? 内科が育てる?

豊田 最初に,脳卒中の卒前教育について,平野先生に現状をお話しいただければと思います.

平野 『ブレインアタック』(中山書店・1999年刊)の中で,松本昌泰先生が,脳卒中を専門とする臨床系教官の人数を調べておられます.これによると脳外科では全大学の8~9割におられるのに対し,内科では32%と,あまり多くありません.これは10年前の状況ですから,現在は少し変化があるかもしれませんが.

 熊本大学神経内科では,教授を除く教官が5人いますが,脳卒中を専門としているのは私1人です.内科の中でも,特に神経内科は病気の数が非常に多いため,講義の中で脳卒中に触れる時間が限られてしまい,脳卒中だけに特化した教官の数は増やせない状況です.

 脳卒中の卒前教育に関しては,5年前の日本脳卒中学会医療向上委員会による『医育機関における脳卒中に関する卒前教育の実態に関する調査報告』(脳卒中26:387-396,2004)がとても参考になります.これによると脳卒中の卒前教育の平均時間は10.6時間です.当学の今年度のシラバスでは,神経内科が3コマ半,脳外科が4コマを脳血管障害に当てていて,脳卒中にかける時間は多いほうなのかなと思います.

 同じ調査で地域格差についても調べられていて,北海道・東北,北陸・甲信越,中国・四国は講義時間数が多いのですが,東海,近畿,関東の順に少ないです.

飯原 熊本大学の1コマは,90分ですか.

平野 はい,ですから11.25時間ですね.脳卒中は,脳外科,神経内科,循環器内科,血液内科,放射線科,リハビリテーション科と,複数の診療科に関係しますが,各科が自分たちの専門の一分野として脳卒中を教えているので,なかなか系統的な講義ができていない状況にあるように思います.

飯原 脳外科と神経内科のあいだで,講義内容の整合性はとりますか.

平野 整合性はとっていません.シラバスの中身を見る限り,脳外科の先生は,くも膜下出血や脳出血を中心に教えておられます.

豊田 ありがとうございました.脳卒中はいろいろな診療科にわたる疾患であるけれども,必ずしも他科との連携をとらずに講義がもたれているのが興味深いです.

 私たち内科の立場からすると,脳卒中は神経内科の1領域でしかありませんから,なかなかそこに多くの時間を割くのは難しいですね.北海道・東北地区は講義時間を多く割いているようですけれども,江面先生,いかがですか.

江面 東北地区では,「脳卒中は脳外科の病気」という感じがあって,神経内科の講義では扱っていないと思います.少なくとも,私が学生の頃はそうでした.現在は,比較的時間を割いて教えているのが北海道・東北のようですけれども,それでも決して十分だとは思えません.

豊田 飯原先生は,卒前教育の講義について何かありますか.

飯原 私が学生のときは,京都大学の神経内科に亀山正邦先生という脳卒中の大家がおられたので,神経内科で脳卒中の講義をしていただいたのをよく覚えています.

 先生方のお話を聞いて少し意外だったのは,血管障害は神経内科の臨床としてはかなりウェイトが高いと思いますけれども,大学での講義時間は少ないですね.この傾向は,外国と比べたらどうなのでしょうか.

平野 端和夫先生が先ほどの調査報告の中で述べておられます.Yale大学では最初の2年間に臨床脳卒中の講義が6時間,次の2年間では神経内科へのローテーションが必修で,1~2カ月間の臨床実習が行われ,基礎をしっかりトレーニングできる状況にあるそうです.

豊田 欧米は脳卒中の講義を内科で行っています.日本は,脳外科が脳卒中の教育にかかわっている比率が高いところがユニークですね.

 脳外科でも腫瘍か血管障害かという大きな境目がありますが,内科はさらにサブスペシャリティが多いため,血管障害ご専門の教授や科長の先生方が多くないことも,授業のコマ数にかかわってくるでしょう.私は九州大学の出身ですが,学生のときは藤島正敏教授のご専門が脳卒中でしたから,自ずと脳卒中の授業時間も多かった.けれども,全国的には少ないでしょうね.

飯原 脳卒中にどのくらいの時間を割り振るかは,基本的には大学や科長に一任されているということですね.

豊田 そうですね.

■救急疾患としての脳卒中の実習はどこで行うか

豊田 私が在籍していた頃の大学病院は,脳卒中の急患がどんどん入るわけではなく,そこで診られる患者さんも少なかったです.いまは一般病院と卒後教育の連携をとっている大学も多いでしょうから,私が働いているような実践的な病院に学生が来ることが多くて,実習という意味ではだいぶ変わってきていると思います.平野先生,実習についてはいかがでしょう.

平野 実習に関しても,端先生のご報告の中に興味深い解析があります.国公立大学45校と私立大学25校の大学病院を対象に「自施設での脳卒中急性期患者の実習の可能性」を問うと,国公立大学の35%がすべての学生にできるが,65%はできない.一方,私立大学の65%は自前でできる,と回答しています.私立大学では,脳卒中を診療科のメインに据えて,救急からしっかり実習できるシステムをつくってあるのだろうと思いました.それから,「自施設以外での脳卒中急性期の実習の可能性」を見ると,国立大学は学生の希望があれば実践病院に送って実習させる,という回答が多かったのに対し,私立大学での学外実習は9%くらいに減っています.

飯原 関連病院の数の影響でしょうか.

平野 そうですね.国立大学では,どちらかというと脳卒中の救急は自施設ではなく関連病院で受け入れてもらって,私立大学ではむしろ自施設でしっかり診たいというのが,数字に表れているのかなと思いました.

江面 私のいる東北大学は,まさに平野先生がおっしゃった「脳卒中は外の病院で」という典型のような感じです.学生は3週間くらい回ってきますが,最初の1~2日は大学の脳外科で,実際の実習は仙台市内にある脳卒中を診療している関連病院3カ所で行い,大学が救急をほとんど取らないという弱点をカバーしています.

豊田 学生も,実習病院で研修を受けるチャンスが増えてきましたよね.多くの大学が,4週間のクリニカル・クラークシップを全部学外で受けられる制度を敷いているようです.例えば当センターに4週間いれば,脳卒中に対する見方が変わるというか,大学病院で思い描いていた医療と外の医療の違いを実感したと言う方が多いです.急性期だけが脳卒中の診療ではありませんが,やはり若いうちに脳卒中の急性期診療を経験してもらいたいですね.

平野 クリニカル・クラークシップという制度ができてから,学生の脳卒中に対する見方は変わってきたという手応えがあります.当学では,急性期病院2つと,リハビリテーション病院,それから神経難病の病院を学生に提示します.救急2週間とリハビリテーションを2週間,そして2週間は大学というように,学生のニーズに合わせて,脳卒中診療のいろいろな側面が見られるようにしております.

飯原 当センターでは,大阪大学の学生が,脳内科でエコーの研修を行った後に,内膜剥離術を見に来てもらったりします.実際に摘出したプラークを見てもらうと,すごく印象的だと思いますが,前期臨床研修医が脳外科に回ってくることが少ないので,脳卒中の治療に関して前期研修で触れてもらう機会を増やしてほしいと思います.

 大学病院があえて学生実習を自前でやる必要はないですね.例えば,地域医療圏ごとに,大学の垣根を越えて,一次救急の本格的な脳卒中センターができたらと.各大学の特色を打ち出す必要もあると思いますが,逆に研修を均質化することが,脳卒中診療の均質化につながるのではないかなと思います.

(つづきは本誌をご覧ください)


豊田一則氏
1987年九州大学卒.同年,九大第二内科に入局.1989年より国立循環器病センターでレジデントとして研修,1996年より米国アイオワ大で脳卒中への遺伝子治療の基礎的研究を行う.2002年より国立病院機構九州医療センター脳血管内科科長,2005年より国循内科脳血管部門医長として,急性期脳卒中診療と臨床研究,後進の育成に従事する.心の支えは,家族とガンバ大阪.

平野照之氏
1988年熊本大学卒.同年,同第一内科に入局.1991年より国立循環器病センターレジデント,1996年より豪州メルボルン大学でPETを用いた臨床研究を行う.1999年より熊大神経内科で,脳卒中の急性期医療と学生教育に従事し,2006年より現職(講師).画像診断を用いた脳梗塞の病態解析と治療を専門とし,J-ACT2では画像判定委員を務めた.趣味はサッカー.2010年南アフリカでの国際学会の情報収集中.

飯原弘二氏
1987年京都大学卒.同年,京大脳神経外科入局.1994年京大大学院卒,1997年からカナダトロント大脳神経外科リサーチフェローとして虚血性神経細胞死を研究,1999年からクリニカルフェローとして脳血管外科,頭蓋底外科の修練を積む.2000年国立循環器病センター脳血管外科,2004年同医長,2009年から部長.脳血管外科の直逹手術と血管内治療に従事し,後進の育成に励んでいる.学生時代はラグビー(スクラムハーフ)で西医体優勝に貢献,最近はなぜか元フォワードかと間違えられる.

江面正幸氏
1986年,東北大学卒.同年,東北大学大学院脳神経外科学専攻.1992年,広南病院血管内脳神経外科.1995年より,米国ベイラー大学,およびフランスビセートル大学にて,海外研修.1998年より,広南病院血管内脳神経外科医長,2003年より東北大学大学院神経病態制御学分野助教授,2008年より医長.専門は脳神経血管内治療.趣味は文筆(「脳神経外科速報」に連載コラムをもつ),ベガルタ仙台のアウェイ観戦,楽天イーグルスが勝った日のプロ野球ニュース(スカパー)観賞.