目次詳細・ご注文はこちら  電子ジャーナルはこちら

【特集】

臨床に役立つ解剖・生理学

植西 憲達(藤田医科大学病院救急総合内科)


 日常診療の現場では,必ずしも臨床研究で明確な有効性を示したエビデンスがある状況ばかりではありません.臨床研究では扱えない稀な患者では多くの場合そうですし,よく見る疾患でも個別の問題すべてにエビデンスがあることはありません.それでも何らかの介入の決断を下さなければいけないのが臨床医です.そういった場合に解剖学,生理学,薬理学……などの基礎医学の知識に立ち返り,そこに私たちの決断の根拠を求めることが多々あります.

 例えば,アナフィラキーショックの患者がいるとしましょう.エピネフリンを投与しますか? なぜですか? それはアナフィラキシーショックの病態生理を知っているからです.血管拡張や気道攣縮を改善させねばならないからです.エピネフリンが効果があるということを示したランダム化比較試験はありません(というか,できません).

 しかし一方で,臨床研究により,解剖学,生理学といった基礎医学で扱われる事柄には,それぞれの重みづけがなされたり,バイアスが取り除かれたり,修正が生じることもしばしばみられます.昔は「腎保護効果がある」としてドパミンが投与されていました.だって,ドパミンを投与すると腎血流が増加するのですから.でも,その効果は臨床研究により否定されましたよね? あるいは,急性冠症候群の患者が救急にやってきました.心臓へできるだけ酸素を送りたいので,酸素運搬量を増やすために酸素飽和度がどうであれ,全例で酸素投与していたことがありました.生理学的には理解できる内容です.でも,実際はどうですか? 低酸素血症がない場合に予後は改善しないし1,2),報告によっては冠血流が減少したり,冠血管抵抗が上昇したりしうる可能性が示されていますよね3)

 解剖学や生理学は,長い歴史のなかで積み重ねてきた人間の知恵が詰まった学問です.多くの事柄はおそらく今後も不変なのでしょう.しかし,前述の例のようにそれを臨床応用する際には,全体像のなかでどの程度重要なことなのか? 他に正しい理論があるのではないか? という,良い意味での疑いの目を持ちつつ,疑問を解決するような臨床研究の有無を確認しなければ,正しく使えないことがあります.

 今回は,臨床医のclinical decision makingが依拠する基礎の一翼を担う分野である解剖・生理学を特集し,臨床医の観点から臨床で使える内容を目指して,臨床で活躍している先生方に執筆をお願いしました.本書で得られた知識が,少しでも患者の診断や治療に迷った際に役立つことができればこの上ない幸せです.

1)Cabello JB, et al:Oxygen therapy for acute myocardial infarction. Cochrane Database Syst Rev 12:CD007160, 2016
2)Hofmann R, et al:Oxygen therapy in suspected acute myocardial infarction.N Engl J Med 377:1240-1249, 2017
3)Farquhar H, et al:Systematic review of studies of the effect of hyperoxia on coronary blood flow. Am Heart J 158:371-377, 2009