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【特集】

感染症診療
それ、ホント?

松永 直久(帝京大学医学部附属病院感染制御部)


 「熱があれば抗生物質を直ちに投与するというような,安易な方法で診療が行われてきた感も否めない」

 約20年前,『medicina』1996年1月号巻頭言で北原光夫先生が書かれたものである.この特集のなかでは,「発熱症例をみた時点で最も重要なことは,現病歴と身体所見の丁寧な把握である」こと,そして,感染臓器の存在を探索し,血液・尿などの培養検査を提出することも勧められている.

 さらに遡ること約20年.『medicina』1978年4月号において,喜舎場朝和先生は次のように述べている.「適切な治療をするには,まず正しい診断が先行しなければならない.Work-upが不十分で鑑別診断が絞られてきていない時点で,性急に解熱剤やいわゆるbroad-spectrum antibioticが投与されてしまう傾向を見受けるが,厳に戒めなければならない」

 本質的に同じ警鐘がなされていたのである.

 では,2015年の現在も,やはり同じような警告が必要であろうか.残念ながら肯定せざるをえない.

 問診と身体診察から感染臓器を想定し,そこから原因微生物を想起しながらも,培養検査の提出によってその特定に努めて診断を行う.治療は,場合によってはソースコントロールをしながら,抗菌薬の投与を開始し,可能な限りde-escalationを行う.経過観察は,体温,WBC,CRPといった身体全体の指標を参考にはするが,咳,痰,酸素の必要度などの局所的な指標もしっかりと観察していく.このような感染症診療の基本的な考え方は,医師の「常識」として遍く受け入れられているとは,「まだ」言いがたい.しかし,特に若い世代のなかでは少しずつ浸透している手ごたえもある.

 その手ごたえを感じられるまでになった源流として,15年前に出版された書籍を挙げたい.2000年に発売された青木眞先生の『レジデントのための感染症診療マニュアル』(医学書院)である.本書は臨床感染症の考え方が浸透していくきっかけとなった.この源流は,少しずついろいろな先生方を巻き込みながら大きな流れとなり,ここ10年ほどの臨床感染症に関する書籍・雑誌の特集の充実ぶりには目を見張るものがある.

 なかでも,特定臓器に縛られずに身体全体を診て診断していくという考え方は,臓器別講座への再編成が進んでいたわが国の内科学の流れに反してはいたが,ここ10年で大きく広まっている.「化膿性脊椎炎の診断から感染性心内膜炎の精査を検討したり,起因菌を推定する」.まさにこの考え方の表れだが,これは先日施行された第109回医師国家試験で問われたものである(109B52-54).学生にもそれが求められる時代になっているのである.

 本特集では,感染症診療の基本に触れながらも,そのなかで現れてくる細かい疑問に答える形となっている.すべてを網羅できているわけではないが,感染症の日常診療における「常識」と「非常識」を浮き彫りにすることを心がけた.

 しかし,結局,基本は変わらないものである.この特集を通じて,感染症診療の基本について改めて振り返り,日々の患者への実践に活用していただくことを願っている.