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今月の主題

内科診断の本道
病歴と身体診察情報からどこまでわかるか?

福原俊一(京都大学医学研究科医療疫学)


 『誰も教えてくれなかった診断学』(医学書院)1)を上辞してからたった4年しか経っていないが,この間,「診断推論」という用語と概念が日本の臨床医に急速に浸透したことは,うれしい驚きである.

 思い起こせば4~5年前には,「患者の話を聞き,仮説を考え,診察をし,仮説を絞り込み,検査をし,検査の結果を解釈する」という仮説演繹法的な診断アプローチは,わが国にほとんど普及していなかった.それまで医学生や研修医に教育されてきた方法は,主に検査に依拠した「徹底的検討法」あるいは「アルゴリズム法」が主流であった.この方法が日本で長く教えられてきたのは,おそらく明治初期にドイツ医学を輸入したことにその源があるのかもしれない.一方,仮説演繹法を用いた診断推論アプローチの源は,イギリスの「病院医学」2)にあると推測される.実は,このことは診断あるいは臨床だけでなく,臨床研究にも当てはまる.「とにかくデータを集めてから分析する.要はどのような統計解析技術を駆使するかで決まる」という考え方が,わが国の医学研究文化に根強い.アメリカは2つの医学をバランス良く取り入れたために,現在も独り勝ちの様相を呈している,というのが井口先生2)のお考えであり,私も同感である.ちなみにわが国の臨床研究発信力は世界23位に転落している.

 さて,本号の座談会の発言にあるように,この仮説演繹法的な診断アプローチは不要な検査を省き,患者に不要な不安を与えず,検査そのものによる害を減ずることができる,「エコで安全なアプローチ」であるとも言える.さらに患者の話をよく聞き,触れることは,それだけでも,患者―医師関係を良好にする.

 わが国は,世界でも類を見ない速いスピードで超高齢社会を迎えようとしている.医師も同様に歳をとっていく.専門医としての「旬」は限られた期間である.その後は,多くの内科医はジェネラリストとして働くことになる.すなわち今後の日本の内科医は,ジェネラリストで始まり,ジェネラリストとして終わるということになる.それだけに,医学部を卒業したら最初の3年は,適切な病歴聴取・身体診察法を学び,診断推論を徹底的に体に染みこませる.そしてキャリアの後半にジェネラリストとして活躍する際も,初期に修得した診断推論を高齢者の医療にも活かす.その意味で,病歴と身体診察を重視した診断推論アプローチは多くの内科医に共通のコンピテンシーであると考える. ぜひ,明日からの診療にお役立ていただきたい.

 

1)野口善令,福原俊一:誰も教えてくれなかった診断学.医学書院,2008
2)井口 潔:わが国近代医学の温故知新―病院医学と研究室医学の立場から―.日本医師会雑誌117:971,1997