HOME雑 誌medicina誌面サンプル 44巻5号(2007年5月号) > 連載●Case Study 診断に至る過程
●Case Study 診断に至る過程

第9回テーマ

優先すべきこと

松村正巳(金沢大学医学部付属病院リウマチ・膠原病内科)
Lawrence M. Tierney Jr.(カリフォルニア大学サンフランシスコ校・内科学教授)


 本シリーズではCase Studyを通じて鑑別診断を挙げ,診断に至る過程を解説してみたいと思います。どこに着目して鑑別診断を挙げるか,次に必要な情報は何か,一緒に考えてみませんか.今回は以前にTierney先生に,ディスカッサント(discussant)として解説していただいた患者さんです。

病歴&身体所見

63歳,男性

主訴:発熱
現病歴:生来健康であったが,3週間前から,37~39°Cの発熱が毎晩出るようになった。5週間前には,4日間の発熱のエピソードがあり,このときは,同時に子どもも発熱しており,子どもは耳下腺炎と診断されていた。頭痛,咳,関節痛,消化器症状はなく,この3週間で体重が52kgから50 kgに減ったという。
既往歴:特記事項なし。小さい頃,耳下腺炎になったかどうかはわからない。
家族歴:特記事項なし。
嗜好:たばこは1日10本吸う。アルコールは飲まない。
 常用薬はなく,最近の旅行歴,発熱している人との接触歴はない。ペットは飼っていない。主婦である。
身体所見:血圧90/50mmHg,脈拍94/分・整,体温37.8°C,呼吸数18/分。皮疹はなし。比較的元気にみえる。口腔内,咽頭に異常所見なし。右後頸部に2つ,左後頸部に1つ,右側腋窩に2つ,両側鼠径部に2つ,リンパ節を触れる。どれも径が0.5~2.0cmで,軽度の圧痛を認める。周囲との癒着はないが,消しゴムくらいの硬さである。胸部に異常所見なし。腹部で肝臓,脾臓は触れない。神経学的所見に異常はなし。

 いかかがでしょうか。まず病歴,身体所見から問題点を重要なものから,すべて挙げてみましょう。後ほどTierney先生の鑑別診断を示します。

プロブレムリスト

  1. 発熱
  2. リンパ節腫脹
  3. 体重減少

 発熱から鑑別診断を挙げるのは鑑別が多岐にわたり困難です。今回もリンパ節腫脹をきたす疾患を切り口にして鑑別診断を考えてみましょう。Tierney先生は,石のように硬いリンパ節は,癌の転移を示唆し,リンパ腫,結核性リンパ節炎によるリンパ節腫脹は,ゴムくらいの硬さに感じると説明しました。

[memo 1] リンパ節腫脹をきたす疾患

感染症:ウイルスによるもの……伝染性単核球症(EBウイルス,サイトメガロウイルス),ウイルス性肝炎,単純ヘルペス,風疹,麻疹,HIVなど
細菌によるもの……連鎖球菌,ブドウ球菌,猫引っ掻き病,ブルセラ症,野兎病,結核,梅毒,らい病など
真菌によるもの……ヒストプラズマ症など
寄生虫によるもの……トキソプラズマ症,リーシュマニア症,トリパノゾーマ,フィラリア症
クラミジアによるもの……トラコーマ
リケッチアによるもの……つつがむし病
膠原病など:関節リウマチ,混合性結合組織病,全身性エリテマトーデス(SLE),皮膚筋炎,シェーグレン(Sjögren)症候群,薬剤(ジフェニルヒダントイン,ヒドララジン,アロプリノール,金製剤,カルバマゼピン),原発性胆汁性肝硬変など
悪性疾患:リンパ腫,白血病,悪性組織球症,癌の転移など
その他:甲状腺機能亢進症,キャッスルマン(Castleman)病,サルコイドーシス,菊池病,川崎病,高度の中性脂肪血症などTierney先生の鑑別診断血管性疾患:可能性なし

 Tierney先生は,われわれに鑑別診断を説明するときに,いつも以下のカテゴリーを使います。Vascular(血管性疾患),Infection(感染症),Neoplastic(腫瘍性疾患),Collagen(自己免疫疾患),Toxic/Metabolic(中毒/代謝性疾患),Trauma/Degenerative(外傷/変性疾患),Congenital(先天性疾患),Iatrogenic(医原性疾患),Idiopathic(特発性疾患)。

 20歳代の女性であること,病歴,身体所見を考慮して,鑑別診断は以下のように挙げました。

[memo 2] Tierney先生の鑑別診断

血管性疾患:可能性なし
感染症:細菌……結核,梅毒,野兎病,猫引っ掻き病
ウイルス……HIV,伝染性単核球症(EBウイルス,サイトメガロウイルス),風疹
真菌……Penicillium marneffei(東南アジアに多い)
リケッチア……つつがむし病
腫瘍性疾患:リンパ腫,癌の転移
自己免疫疾患:全身性エリテマトーデス(SLE),関節リウマチ
中毒/代謝性疾患:可能性なし
外傷/変性疾患:可能性なし
先天性疾患:可能性なし
医原性疾患:可能性なし
特発性疾患:菊池病,サルコイドーシス

 ここでTierney先生は,最も除外したいリンパ腫を鑑別診断の最上位に挙げました。鑑別診断を挙げるときには,得られた情報をもとに可能性の高いものから順に挙げるのが一般的です。もう1つの考え方として,患者さんの予後にとって最も重要な疾患から挙げ,解決してゆく方法があります。診断が遅れた場合に,患者さんに多大な不利益が生じる可能性のある疾患は,早期に否定しておきたいからです。例えば,胸痛における4つのkiller chest pain(心筋梗塞,解離性大動脈瘤,肺塞栓,緊張性気胸)があります。さらに除外したいものに結核性リンパ節炎を挙げましたが,通常,結核性リンパ節炎ではリンパ節に圧痛を認めません。SLEも挙げましたが,発熱以外に所見が乏しく,診断には血液検査が必要です。Tierney先生は,次のように鑑別診断の順位をつけました。。。

(つづきは本誌をご覧ください)

参考書
1)Henry PH, Longo DL:Enlargement of lymph nodes and spleen, Kasper DL, et al (eds):Harrison's Principles of Internal Medicine. 16th ed, pp343-348. McGraw-Hill, 2005
2)菊池昌弘:特異な組織像を呈するリンパ節炎について。日血会誌 35:379-380,1972
3)藤本吉秀,他:頸部の亜急性壊死性リンパ節炎;新しい病態の提唱。内科 20:920-927,1972
4)Norris AH, et al:Kikuchi-Fujimoto Disease;A benign cause of fever and lymphadenopathy. Am J Med 101:401-405, 1996
5)浅野重之,他:壊死性リンパ節炎。別冊日本臨牀,血液症候群III:326-329,1998
6)Yoo JH, et al:Kikuchi-Fujimoto Disease;A benign cause of fever and lymphadenopathy. Am J Med 103:332-333, 1997
7)Smith KGC, et al:Recurrent Kikuchi's disease. Lancet 340:124, 1992
8)Blewitt RW, et al:Recurrence of Kikuchi's lymphadenitis after 12 years. J Clin Pathol 53:157-158, 2000


松村正巳
1986年に自治医科大学を卒業し,初期研修は全科ローテート研修を受けました。病歴と診察でどこまで診断に迫ることができるか修行中です。

Lawrence M. Tierney Jr.
『Current Medical Diagnosis & Treatment』の編纂でおなじみのTierney先生です。日本には毎年来られ,いくつかの臨床研修病院で教育をされています。患者さんから学ぶことを最も大切にされ,病歴と身体所見,どの症候に着目するか,鑑別診断の重要性について,ユーモアを交えながら教育されます。内容はとても奥が深く,魅了されながら,サイエンスとアートを学ぶことができます。また,難しいときの一発診断にも,いつも感心させられます(松村正巳)。