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●今日の処方と明日の医学

第6回

いわゆる【医師主導】とは

嶋本隆司(日本製薬医学会)
監修 日本製薬医学会


 近年,わが国における治験の空洞化や企業主導治験の限界から,医師主導の治験や臨床研究の重要性がますます重視されるようになってきました.今回は,それぞれの試験の定義やその必要性を正しく理解できるよう,いわゆる「医師主導」の説明をしていきたいと思います.

治験と臨床試験の違いとは

 本稿では,ヒトを対象とした臨床研究のうち,介入(研究目的で実施する,日常の診療行為を超えた医療行為)研究を伴うものを臨床試験と定義します.どちらも医薬品や医療機器を用いてヒトに新しい治療を試す試験という点では同じです.

 このうち,薬事法上の承認取得のために実施する臨床試験のことを治験といいます.この場合,医薬品の臨床試験の実施に関する基準(good clinical practice:GCP)を遵守して実施しなくてはならず,事前に試験計画を医薬品医療機器総合機構(PMDA)に届け出る必要があり,治験中の副作用報告が義務づけられるほか,得られたデータの信頼性を確保するための取り組みが必要となります.一般的に治験は製薬企業が行い,治験以外の臨床試験は医師が行うため,医師主導臨床試験と呼ばれてきました.

 しかし,2003年に改正薬事法が施行となり,医師自らが主導して行う治験,いわゆる医師主導治験の実施が可能となりました.すなわち,医師・医療機関が行う臨床試験にかかわる薬事法上の適用関係が明確化され,医師・医療機関がいわゆる「改正GCP」などを遵守して行う臨床試験のデータを新薬の申請資料として用いることが認められたのです.この医師主導治験の枠組みの中で,企業から未承認の薬物・医療器具の提供を受けて臨床試験を実施することが可能となりました.

なぜ医師主導治験/臨床試験が必要か?

 通常,企業が行う治験では,比較的頻度の高い疾患や適応症が選ばれることが多く,薬剤の効果が期待される場合であっても,抗がん剤や小児薬もしくは希少疾患や狭い適応症の薬剤開発には躊躇する場合が多く見受けられます.こういった領域では,開発に大変な時間や労力がかかるうえ,開発費に見合った収益が得られにくいからです.そのため,収益を考慮しない医師主導治験で薬剤開発を進めないと,これらの領域での治療法の進歩は大変困難であると言わざるを得ません.

 また,通常の企業が行う治験は当該薬の単剤試験で,該当疾患も厳密に規定されます.ところが薬剤が承認され,実際に診療に用いる場合には,単剤ではなく,多剤併用や手術・放射線療法との併用を行う場合も多く,また,病態生理学的に効果が期待できる周辺疾患が存在することもあります.このような併用療法・周辺疾患への適応は製薬会社が行う治験では踏み込みにくい領域であり,医師主導臨床試験の必要性が高い領域と言えます.

実施に際して守るべきルール

 医師主導治験を行うにあたっては,薬事法やGCPを遵守する必要があります.薬事法とは「法律」であり,国会が制定し,薬事法施行規則とGCPはいずれも「省令」で厚生労働大臣が制定したものです.これらの規定は,それぞれ密接に結びついており,きちんと守ることが重要です.

 治験以外の医師主導臨床試験の場合,「臨床研究に関する倫理指針」を遵守する必要があります.これは「告示」で,「省令」同様に厚生労働大臣が定めたものです.

高度医療評価制度とは:医薬品または医療機器の使用を伴う先進医療の一類型であり,優れた臨床試験の費用を保険併用で行える制度として2008年4月より実施されています.この制度は,医師主導治験と医師主導臨床試験の中間的性格のものと考えられています.一定要件を満たす医療機関で実施する必要があり,厚生労働省へ申請し,審査を受けなくてはなりません.この制度で実施される臨床試験は治験ではなく,「臨床研究に関する倫理指針」の適応となります.なお,ここで得られた試験結果が,薬事法上の承認申請に利用できる可能性はありますが,その可能性を少しでも高めるためにはGCP遵守に近い内容で試験を実施する必要があります.

実施体制の構築:主なメンバーとしては,臨床試験を実施する医師(治験の場合は自ら治験を実施する者),協力者(治験コーディネーター,clinical research coordinator:CRC),モニタリング担当者,監査担当者,データマネジメント担当者,統計解析担当者,事務局,効果安全性委員会,治験審査委員会(institution review board:IRB)などがあります.治験の場合は,治験薬・治験機器提供者も必要です.また,プロトコルの作成にあたっては,生物統計家や臨床薬理学者の参画が望ましく,特に多施設共同試験では実施医療機関間の調整のために,「治験調整医師」が必要となります.

おわりに

 わが国における新薬を巡る重要な問題点としては,(1)国内未承認薬の早期解決の問題,(2)国内既承認薬の適応外使用の問題,(3)臨床試験のスピードと質の問題,(4)市販後の医師主導臨床試験の位置づけなど,さまざまな議論すべきポイントがあります.これらは相互にも密接に関わっており,その解決には産・官・学の連携が不可欠で,関係者一同の努力で今後のわが国の医療の発展が国際レベルに乗り遅れないことを願う次第です.


日本製薬医学会(JAPhMed)とは
製薬企業の勤務医を中心に40年前に発足,現在は一般財団法人として大学・医療機関や行政に勤務する医師も含む約220名余の会員からなり,製薬医学(創薬から臨床開発・市販後のエビデンス構築にわたる医学の専門科)の確立を推進する医学会です.(http://www.japhmed.jp/