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●東大病院内科研修医セミナー

第19回テーマ

感染性心内膜炎の2症例

原田壮平・安達正時・太田康男(東京大学医学部附属病院感染症内科)


Introduction
・心臓弁膜症を有する不明熱患者で考慮すべき感染症は?
・血液培養から黄色ブドウ球菌が検出された場合に考慮すべき感染臓器は?

CASE1

症例】34歳,男性。

主訴】発熱。

現病歴】16歳時に心臓弁膜症を指摘されたが,外来通院はしていなかった。2006年3月頃に38°Cの発熱を認め,近医を受診しセフカペンピボキシルを処方された。一時解熱したが,抗菌薬内服終了後再び発熱し,全身倦怠感を認めるようになったため,5月2日当院外来を受診した。受診時,心尖部を最強点とするLevine III/VIの収縮期雑音が聴取された。同日経胸壁心臓超音波検査が施行されたが,僧帽弁逆流を伴う僧帽弁逸脱症候群の所見を認めたものの,明らかな疣贅は指摘されなかった。患者が強く希望したため,血液培養2セットを採取した後,いったん帰宅させた。翌日,血液培養2セットからグラム陽性球菌が検出されたため入院となった。

既往歴】特記すべきことなし,歯科治療歴なし。

身体所見】全身状態は比較的良好,意識清明,血圧 114/76 mmHg,脈拍 76/分・整,体温 37.8°C,呼吸数 20/分,皮疹なし,心音 I→II→III(-)IV(-) 心尖部を最強点とするLevine III/VIの収縮期雑音あり,呼吸音正常,右腰部に自発的な鈍痛あり,神経学的異常所見なし。

検査所見】<血算> WBC 8,500/μl,Hb 13.2g/dl,Ht 39.9%,Plt 23.1万/μl。<生化学> 肝機能,腎機能,電解質に異常なし CRP 3.98mg/dl。<尿定性・沈> 異常なし。
<胸部X線> CTR 54%,両側肋骨横隔膜角は鋭,肺野異常所見なし。
<経胸壁心臓超音波検査> III度の僧帽弁閉鎖不全症を伴う僧帽弁逸脱症候群の所見あり,IVSth/PWth 9/8mm,LVDd/Ds 66/43mm,EF 0.64,AoD 37mm,LAD 42mm,明らかな疣贅は指摘できない。

入院後経過】患者背景および血液培養の結果から,グラム陽性球菌による感染性心内膜炎を疑い,入院当日より塩酸バンコマイシン1g 12時間ごとの投与を開始した。入院時に腰痛を認めたため腹部造影CTを施行したところ,右腎上極に3×4cmの低吸収域を認め,腎梗塞が疑われた。
 5月3日に施行された経食道心臓超音波検査で僧帽弁後尖に7mmの疣贅を認め,感染性心内膜炎の診断が確定した。血液培養の検出菌がペニシリン感受性良好(penicillin G MIC<0.1μg/ml)なα Streptococcusと同定され,5月6日から抗菌薬をペニシリンG 1,800万単位/日およびゲンタマイシン 60mg 8時間ごとの投与へ変更した。5月17日にゲンタマイシンの,6月8日にはペニシリンGの投与を終了した。治療開始翌日の5月4日以降は血液培養陰性が維持された。以後,再発の徴候は認められなかった。

CASE2

症例】82歳,男性。

主訴】意識障害,発熱。

現病歴】2006年5月30日夜間就寝前,突然の激しい悪寒と38°Cの発熱を認めた。その後就寝したが,翌朝起床後しばらくして妻の呼びかけに応答しなくなり,当院に救急搬送され,精査加療目的に入院となった。

既往歴】特記すべきことなし。

入院時現症】意識JCSIII‐100,GCSE4V2M5,血圧 110/58 mmHg,脈拍 120/分・整,体温 37.3°C,皮疹なし,心音 I→II→III(-)IV(-) 胸骨左縁にLevine II/VIの収縮期雑音あり,呼吸音正常,腹部に異常所見なし。
<神経学的所見>自発的な眼球運動あり,疼痛刺激に対して左右差なく顔をしかめる,項部硬直あり,Kernig sign陽性,上下肢の自発運動ありやや左上下肢優位に動かす傾向があるが従命は不可,膝立ては右側が外側に倒れる傾向あり,腱反射明らかな左右差なし,Babinski sign両側なし。

検査所見】<血算> WBC 14,900/μl,Hb 13.8g/dl,Ht 40.2%,Plt 9.9万/μl <生化学> LDH 292IU/l,GOT 79IU/l,GPT 83IU/l,γ‐GTP 54IU/l,ALP 249IU/l,T.Bil 3.2mg/dl,BUN 23.7mg/dl,Cr 0.96mg/dl,CRP 23.34mg/dl。<尿定性・沈> 蛋白(3+),糖(-),ケトン(±),潜血(3+),ウロビリノーゲン(2+),ビリルビン(-),亜硝酸塩(-),白血球(±),赤血球 多数/HPF,白血球6~10個/HPF <髄液> 細胞数 183/mm3(多核球95%,単核球5%),糖 98mg/dl(同時血糖 172mg/dl),蛋白 108mg/dl,培養陰性。
<胸部X線> CTR 52%,両側肋骨横隔膜角は鋭,肺野異常所見なし。
<経胸壁心臓超音波検査> II度の僧帽弁閉鎖不全症あり,疣贅なし,IVSth/PWth 10/10mm,LVDd/Ds 44/30mm,EF 0.59,AoD 38mm,LAD 38mm。

入院後経過】脳炎あるいは細菌性髄膜炎の疑いで入院。血液培養採取後アシクロビル500mg 8時間ごとおよびメロペネム 0.5g 12時間ごとの投与が開始された。6月1日に施行された頭部CTで右前頭葉の脳溝内に高吸収域を認め少量のくも膜下出血と診断された。6月4日に眼瞼結膜に微小出血,手掌および足底にJaneway病変が出現し,さらに入院時に採取されていた血液培養からメチシリン感性のStaphylococcus aureusが検出されたため,同菌による急性感染性心内膜炎が疑われた。髄液細胞数上昇はくも膜下出血の影響とも考えたが,好中球優位の上昇であったため細菌性髄膜炎の合併の可能性を完全に否定できず,髄液移行性の良好なセフピロム1g 6時間ごとの抗菌薬投与に変更した。最初の5日間は感受性の認められたアミカシン200mg 12時間ごとも併用した。
 6月5日に施行された経食道心臓超音波検査で僧帽弁後尖に8mmの疣贅を認め,感染性心内膜炎の診断が確定した。また,6月9日に施行された頭部MRIでは,主幹動脈には異常を認めないものの多発する限局性の造影剤増強効果域を認め,感染性血管炎,動脈瘤の所見と考えられた。6月3日以降の血液培養はすべて陰性であり,心不全症状や弁破壊の進行は認めず,6週間の抗菌薬投与にて治療を終了した。再検した頭部MRIでは上記の造影増強効果を認める病変は消退していた。以後,再発の徴候は認められなかった。

Problem List

Case1
・基礎疾患に心臓弁膜症のある不明熱患者
・経胸壁心臓超音波検査では疣贅は認められなかったが,血液培養からグラム陽性球菌が検出された


心内膜炎の危険因子の存在と検査の感度を考慮して,感染性心内膜炎として治療を開始した

Case2
・中枢神経症状を主訴に来院し,くも膜下出血の診断となった患者
・血液培養からは黄色ブドウ球菌が検出され,塞栓症状を示唆する皮膚所見が出現した


積極的な検索により感染性心内膜炎,頭蓋内細菌性動脈瘤の診断に至った

(つづきは本誌をご覧ください)