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●聖路加Common Diseaseカンファレンス

第22回[心療内科編]

うつ病に対する心身医学的アプローチ

村田智史・太田大介・山田宇以(聖路加国際病院)


指導医 うつ病は,WHOによれば全世界で1億24万人以上と推測されています1).日本人の生涯有病率は15%と約7人に1人2)の割合で,日本におけるうつ病総患者数は増加の一途を辿っています3).平成17年度には実に90万人を超える患者数となっており,うつ病がcommon diseaseであると断言できるでしょう.また自殺者数が先進国中で最も多いことや,近年増加傾向にあること,そしてうつ病が自殺の原因の約18%4)と最多であることなどが,社会的な問題となっています.

日常診療においては,軽症のうつ病の場合,精神症状が軽く身体症状が強いため一般の臨床科を訪れ,さまざまな検査の結果「異常なし」ですまされてしまい,うつ病が見逃されてしまう場合が少なくありません.今回,うつ病の患者の病理や背景を理解し,心身医学的アプローチを学んだうえで,さらに現代の臨床の現場で私たちに求められている全人的医療に必要なものとは何かについて,心療内科を通じて考えてみましょう.


うつ病の診断  まずはここを押さえよう
  1. うつ病の主症状(精神症状と身体症状)を理解しよう.
  2. 見逃してはいけないうつ病について理解しよう.
  3. うつ病患者に対する心身医学的アプローチについて理解しよう.
  4. 心療内科を通じて医療をみてみよう.

■症例1
「眠れないんです,食べられないんです……」と訴える70歳女性

2年前に左橈骨骨折に対して手術施行,その後リハビリテーションを行いながらも以前と同様に家事などすべて任され,こなしていた.来院3カ月前より徐々に意欲の低下あり,さらに食欲低下・不眠・焦燥感を自覚したため当院心療内科を受診となった.

初診時の様子:娘と一緒に来院.じっとできず常に動いており,表情はつらそうで,時折苦笑い.入院さえも自分で決定できない.

指導医 初診時に受けた印象と観察した事項を現病歴に加えて表現してみました.まず追加したい問診はなんですか?

研修医A そうですね,希死念慮はあったのでしょうか.

指導医 その通り.患者の判断能力が極端に低下していて自殺の危険が予想される場合は聞くといいと思います.「死んだほうがましだと感じますか?」あるいは「もう死にたいとお考えになったことはないですか?」と聞いてみましょう.この患者さんでは尋ねてみると,「死にたいくらいですね……」との発言もみられました.抑うつ気分や興味の減退,焦燥感などは重要な精神症状です.一方で身体所見は表15)のように多彩であるため,問診がいかに大切か理解できるでしょう.

表1 うつ病の身体愁訴(文献5より)
有症状率
 75%程度:睡眠障害
 50%程度:易疲労感,全身倦怠,便秘・下痢,体重減少,頻尿,性欲減退,月経異常,動悸,微熱,食欲不振など
 20%程度:口渇,悪心・嘔吐,呼吸困難,めまい,耳鳴,頭痛,背部痛,腹痛,関節痛,四肢痛,発汗,振戦など

指導医 また以下のような情報を問診で得ました.

40年前に見合い結婚.夫は市場で働き,かたときも離れず一緒にいた.自宅には,36歳の息子がいるが閉じこもりがちの生活を送っている.2年前,夫が退職して家に居るようになり家事の負担が増えた.時を同じくして左橈骨を骨折したが,その後も今までどおり休まずに家事をしてきた.
病前性格:明るい,几帳面,なんでもやり遂げるタイプ,心配性

指導医 それではこの患者さんのプロブレムリストはどうでしょうか.

研修医B うつ病そのものだと思います.

指導医 それでは漠然としすぎていますよね.ここで心療内科的に問題点を生物・心理・社会的側面から捉えてみましょう6).具体的に示すと,次のように挙げられます.

 Bio:食欲低下,体重減少
 Psycho:抑うつ気分,焦燥感
 Socio:家事の負担

それでは,どのようにアプローチしますか.

研修医C 焦燥感がメインだと思うので,四環系のテトラミドがよいと考えます.

指導医 そうですね.薬物治療は大きな柱のうちのひとつであり,うつ病の治療の基本は,休養・心理療法・薬物療法です.また,うつ病の病理を理解するために図1のようにまとめてみました.

指導医 ストレスやイベントが起こり,それに対する認知,精神症状,身体愁訴,そして不適切な対応や行動があります.患者さんがどこで行き詰まっているのか見立てることによって,図1のように,それぞれに適した効果的な治療を行うことができます.それぞれの側面から本患者の病理をまとめると図2のようになります.

指導医 そして心身医学的アプローチとして実際には,まず,回復可能な疾患であることを説明し,自殺しないことを本人に約束させます.そして焦燥感を含めた不安・抑うつといった精神症状には薬物で対応します.さらに,患者は家事ができないことへの罪悪感を強くもっていました.これに対しては,環境から引き離して休ませること(入院)も考慮する必要があります.本例のように,うつ病の患者さんは決断力が低下していることもあり,その場合に治療者が,患者さんに適切な判断を下せるようサポートすることも重要です.家族に対しては,うつ病には人間関係の影響が大きいためサポートが必要であることを教育します.希死念慮はこちらから聞かないと明らかにならないことが多く,本例のようなケースの希死念慮は見逃さないようにしましょう.

診断
DSM-IV診断基準7)からはうつ病の診断となります(表2).

表2 うつ病の概念(文献7より)
    大うつ病性障害の診断基準(DSM‒IV)
精神症状
(1)抑うつ気分 (2)興味の減退 (3)焦燥感 (4)無価値感・自責感 (5)思考力低下 (6)希死念慮
身体症状
(7)睡眠障害 (8)食欲不振・体重減少 (9)易疲労感・倦怠感
各症状のうち,抑うつ気分または興味の減退を含む5項目以上が2週間以上続いており,それによって著しい苦痛または社会的機能の障害をきたしている場合をうつ病と診断する.ただし薬物乱用などの他疾患,死別反応を除外する.

症例1から学ぼう
  1. 希死念慮のあるうつ病を見逃さないようにしよう !
  2. 高齢者の場合,行き詰まっている状況が多いので配慮しよう !
  3. 家族のサポートが治療上重要であり,家族への教育を行おう !

(つづきは本誌をご覧ください)

文献
1) http://www.who.int/
2) Kessler RC, et al:The epidemiology of major depressive disorder;Results from the National Comorbidity Survey Replication(NCS‒R). JAMA289:3095‒105, 2003
3) 厚生労働省 「平成17 年度患者調査の概況」
4) 警視庁しらべ
5) 太田大介:隠れたうつの初発症状.治療87:461‒466, 2005
6) 太田大介:レジデントに贈る心療内科の思考プロセス,南山堂,2007
7) 高橋三郎ほか(訳):DSM‒IV‒TR 精神疾患の分類と診断の手引,新訂版,医学書院,2003