HOME雑 誌medicina誌面サンプル 44巻13号(2007年12月号) > 連載●聖路加Common Diseaseカンファレンス
●聖路加Common Diseaseカンファレンス

第9回

あなたは肺炎球菌髄膜炎を診療できますか?

上原由紀・古川恵一(聖路加国際病院内科感染症科)


肺炎球菌髄膜炎の診療  まずここを押さえよう

(1)肺炎球菌髄膜炎を疑うべき病歴や身体所見を知っておく.
(2)最初に行うべき検査は血液培養である.
(3)肺炎球菌髄膜炎を疑った場合には,病院到着後30分以内に治療を開始する.
(4)適切な抗菌薬を適切な投与量と間隔で投与する.

■症例1
 耳痛,頭痛,発熱を主訴に来院した40歳の男性

指導医 今日は,内科的緊急疾患として適切な診断と治療が求められる,肺炎球菌髄膜炎の勉強をします.

 最初の症例は40歳の男性で,単身赴任中の方です.来院3日前,37.5℃の発熱および右耳の痛みを自覚し,自宅にあったアスピリンを飲んで就寝しました.来院2日前,頭痛も出現したため近医受診し,経口抗菌薬を処方されました.来院前日,全身倦怠感および頭痛がひどく,仕事を休まざるを得ませんでした.来院当日,単身赴任先から帰京したものの駅で倒れこみ,当院救急外来に救急車で搬送されました.来院時の意識レベルはJCS I-3,バイタルサインは体温 40.0℃,血圧170/100mmHg,脈拍140/分・整,呼吸数30/分,SpO2 98%(room air下)でした.身体所見では,項部硬直とKernig徴候を認め,また右外耳道に痂皮の付着を認めました.

 髄膜炎が疑われる症例であることはわかったと思います.病歴として追加して知りたい情報はありますか?

研修医A 既往歴を教えてください.

指導医 小児期から中耳炎を繰り返しているそうです.

研修医B 近医における診断は,今回も中耳炎だったのでしょうか.また,処方された経口抗菌薬の種類はわかりますか?

指導医 近医における診断と治療の内容は残念ながら不明です.ただ,来院の時点でも抗菌薬の内服を続けていたようです.どうして,このような情報を知りたいのですか?

研修医B 肺炎球菌による中耳炎があり,処方された抗菌薬に対する耐性や投与量不足のため,治療途中で髄膜炎に進展したのではないか,と考えたものですから.

指導医 重要なポイントですね.この患者は最初右耳痛があり,中耳炎は肺炎球菌が起因菌となる頻度が高いので,そこから髄腔への波及を疑うのは大切です.意識障害を伴っているので,肺炎球菌をはじめとする細菌性髄膜炎のほか,ウイルス性(特にヘルペスウイルス)脳炎,さらに結核性や真菌性の髄膜炎も考えなければならないでしょう.このように,年齢や病歴,基礎疾患と疑わしい病原体との関連については表1~3にまとめました.頭頸部および耳鼻科領域の感染や,肺炎の先行は肺炎球菌性髄膜炎のリスクとなることがわかると思います.

表1 年齢別の細菌性髄膜炎起因菌
周産期~生後1カ月まで
 Group B Streptococcus, Escherichia coli, Listeria monocytogenes
生後1カ月~50歳まで
 Streptococcus pneumoniae, Haemophilus influenzae(特に2歳以下),Neisseria meningitidis(流行地)
50歳以上,アルコール多飲,細胞性免疫低下者
 Streptococcus pneumoniae, Listeria monocytogenes, Klebsiella sppのほか,Gram陰性桿菌

表2 起因菌類推に役立つ臨床情報
最近の頭頸部,耳鼻科領域の感染症(感冒症状含む)
 定着した細菌が直接侵入
 副鼻腔炎や中耳炎から細菌が直接侵入
 (肺炎球菌,Haemophilus spp)
肺炎,心内膜炎,尿路感染症
 血行性に侵入(黄色ブドウ球菌,Klebsiella,肺炎球菌)
頭部外傷(穿通性骨折や頭蓋底骨折),VPシャント
 直接侵入
脾摘,無脾症,補体欠損症,ステロイド使用,HIV感染
 特定の菌に弱くなる(表3参照)
 生乳製品や出来合いの総菜を摂取(リステリア)
最近の髄膜炎患者への曝露歴
 飛沫感染で伝播するものが多い
最近の旅行歴
 アフリカのサハラ砂漠周辺(髄膜炎菌流行地域)など

表3 宿主の状態と起因菌
宿主の状態 頻度の高い起因菌 年齢や頻度など
抗体欠乏 S. pneumoniae 全年齢
  H. influenzae 乳幼児
無脾臓
(先天性,手術など)
S. pneumonia
  N. meningitidis とても稀
補体欠損 N. meningitidis とても稀
コルチコステロイド使用 L. monocytogenes
  C. neoformans
HIV感染 C. neoformans およそ5%が感染/発症する
  S. pneumoniae よくみられるAIDS指標疾患
  L. monocytogenes
菌血症/心内膜炎 S. aureus よくみられる
肺炎 S. pneumoniae よくみられる
腎盂腎炎 K. pneumoniae/oxytoca
頭蓋底骨折 S. pneumoniae or other oral flora とても稀

 では,実際の診療の流れを考えましょう.最初に何をすればよいですか?

研修医A 髄膜炎なので,まず髄液検査をしないと診断できないと思います.また,髄液のGram染色を行い,肺炎球菌を確認してから抗菌薬を決定したいです.その前に,意識障害の原因として,出血や腫瘍,膿瘍などの頭蓋内病変がないことも頭部CTで確認すべきだと思います.

研修医B 血液培養を2セット採取します.

指導医 診断に必要な検査についてはこれでよいと思いますが,順番はどうしますか?

研修医A やはり髄液検査をしないと…….

研修医B その前にCTかな…….頭蓋内病変があると,髄液検査は危険ですから.

指導医 実際に救急外来で行われた診療の流れをみてみましょう(図1).

 肺炎球菌髄膜炎は早急な治療が必要なので,まず血液培養が採取され,その後直ちに抗菌薬治療が開始されています.髄液検査や頭部CTよりも治療優先ということがポイントですね.図2に,検査と治療の流れを示します.

研修医A でも,髄液検査の前に抗菌薬を使用してしまうと,後から塗抹培養の検査を行っても起因菌がわからなくなってしまうのではないでしょうか.

指導医 肺炎球菌髄膜炎では血液培養が50~75%程度で陽性となりますし,髄液の塗抹検鏡で菌体が確認できる確率は全体として90%とされています.また,抗菌薬投与の数時間後でも髄液培養は陽性になるといわれています.この患者の血液培養では,2セットのうち1セットで肺炎球菌が検出されました.また,髄液のGram染色ではGram陽性双球菌が確認されました(図3).しかし,培養は陰性でした.尿中肺炎球菌抗原検査も診断の補助になるでしょう.この患者でも来院時の尿で陽性でした.

 なによりも,治療が遅れるのを防がなくてはなりません.髄腔に細菌が侵入すると増殖のスピードが急に速くなりますので,治療が30分でも遅れると,状態が進行性に悪化して予後不良となることがわかっています.

(つづきは本誌をご覧ください)