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●聖路加Common Diseaseカンファレンス

第1回

あなたは貧血を的確に診断できますか?

岡田定(聖路加国際病院血液内科)


はじめに

 聖路加Common Diseaseカンファレンスとは,聖路加国際病院内科で2006年11月から始まった新カンファレンスである。

 稀な疾患や複雑な疾患の検討ではなく,比較的ありふれた疾患(common disease)を複数例で検討しようというカンファレンスである。ありふれた疾患に迅速に的確なアプローチができる“反射神経”を養うことを意図している。11の専門分野(循環器,消化器,呼吸器,内分泌,神経,腎臓,感染症,膠原病,血液,一般,心療)の専門医が毎月の持ち回りで,指導医が研修医と質疑応答を繰り返す。それを誌上で再現したのが,今回の連載である。

 「○○の診断 まずここを押さえよう」で始まる。そして「指導医と研修医の質疑応答による症例検討」と「症例から学ぼう」。これを複数症例で繰り返し,最後に「○○の診断 ここがポイント」でまとめる。

 それではさっそく,聖路加Common Diseaseカンファレンスを始めよう。第1回目の疾患は「貧血」である。

貧血の診断

 まずここを押さえよう

(1)貧血のなかで最も多いものは,鉄欠乏性貧血と二次性貧血である。
(2)それほど多くはないが見逃してはいけない貧血に,急性出血,骨髄異形成症候群(MDS),ビタミンB12欠乏性貧血,溶血性貧血,多発性骨髄腫がある。
(3)貧血の鑑別上,重要なのがMCV(平均赤血球容積)である。正常値は90fl前後。80fl以下なら小球性,81~100flなら正球性,101fl以上なら大球性と分類する。

■症例1
 急激な体重減少と貧血を指摘された72歳男性

指導医 症例1は72歳,男性です。特に既往歴はありません。2006年3月,人間ドックにて体重減少(1.5カ月で10kg)と貧血を指摘され,消化器外科に紹介されました。主な検査所見を表1に示します。

 この症例の貧血の原因をどう考えますか?

表1 人間ドックの主な検査所見
(末梢血)WBC 4,200/μl(St 1.0,Sg 56.0,Eo 3.0,Ly 37.0,Mo3.0%),RBC 308万/μl,Hb 12.1g/dl,Ht 35.2%,MCV 114.2fl,MCH 39.3pg,PLT19.4万/μl
(生化学)TP 6.6g/dl,Alb4.3g/dl,Cr 0.67mg/dl,T-Bil 1.4mg/dl,AST 27IU/l,ALT31IU/l,Ca 8.0mg/dl

研修医A 体重の激減から悪性腫瘍を疑います。消化管の腫瘍からの出血とか。

指導医 どのようなタイプの貧血ですか?

研修医A MCVが100を超えているので,大球性貧血です。

指導医 ほかにどのような原因を考えますか?

研修医B やはり悪性腫瘍が疑わしいと思いますが,72歳と高齢の方の大球性貧血なので,骨髄異形成症候群(MDS)も鑑別に挙がるかもしれません。

指導医 MDSもたしかに鑑別には挙がりますね。でもMDSの多くは汎血球減少症を呈することが多いですし,これほどの体重減少はMDSでは説明できないですね。

 では,その後の経過を説明します。消化器外科で内視鏡を行ったところ,下部は異常なし。上部も軽度の胃炎のみ。腹部CTも異常なし。その後,食欲不振のため,体重が3カ月で15kgも減少。2カ月後の5月の血液検査(表2)では貧血はさらに進行し,ここで血液内科に紹介されました。最も可能性の高い診断とその根拠は何でしょうか?

表2 2006年5月の検査所見
(血液学)WBC 4,300/μl,RBC 226万/μl,Hb 9.7g/dl,Ht 27.5%,MCV 121.7fl,MCH 42.9pg,PLT 20.5万/μl
(生化学)Cr 0.61mg/dl,T-Bil 2.2mg/dl,LDH 568IU/l

研修医C T-BilとLDHの増加があるので,やはり悪性腫瘍が疑わしいとは思うのですが……。あと,溶血性貧血かもしれません。

指導医 T-BilとLDHの増加からはたしかに溶血性貧血も考えられますね。悪性腫瘍があって骨髄に転移して溶血性貧血をきたすことも確かにありますが。ヒントを出すと,患者さんは「味がよくわからないので食欲がない」とおっしゃっていました。味覚障害のために食欲不振が強いということなのです。

研修医D それは,肝機能障害もあるようなので,そのためでは。

指導医 AST,ALTは正常で,肝機能障害はないようです。どうも悪性腫瘍という意見が多いようですが,その場合,MCVが120以上というケースは非常に稀です。特に消化管の癌からの出血では通常,鉄欠乏性貧血になり小球性貧血になりますね。でも,この例は高度の大球性貧血です。それでは,最終診断をみてみましょう。

診断とその根拠
(診断) 悪性貧血(抗内因子抗体による内因子欠乏のビタミンB12欠乏症)
(根拠) 進行性の大球性貧血,LDH増加,味覚障害による経口摂取不良と体重減少

指導医 舌は乳頭が萎縮してテカテカとした,いわゆるハンター舌炎でした。追加検査では,ビタミンB12 120pg/ml(基準値:240~938),葉酸16.4ng/mlでした。好中球には過分葉もみられました。T-Bilの軽度増加とLDH増加は悪性貧血でもよくみられます。診断後,ビタミンB12の投与(筋注と経口)を開始し,約1カ月で貧血は消失しました。味覚障害もすぐに改善し,体重も数カ月で元に戻りました。

 本症は,一見,悪性腫瘍にみえるということで注意が必要です。本例に限らず,悪性貧血は消化管の悪性腫瘍とよく間違えられるのです。

研修医E ビタミンB12の投与は経口でもいいのですか?

指導医 以前の教科書には治療は筋注と記載されていますが,十分量のビタミンB12を経口投与しても有効です。

症例1から学ぼう

(1)MCVが120flを超えるような高度の大球性貧血なら,まず巨赤芽球性貧血(多くはビタミンB欠乏性貧血)を考えよう。
(2)ビタミンB12欠乏性貧血では,ハンター舌炎による味覚障害,食欲不振,体重減少をきたし,LDH高値となる。したがって,消化管の癌と間違われやすい。

■症例2
 胸腰椎圧迫骨折と貧血を認めた59歳男性

指導医 では,次の症例をみてみましょう。症例2は59歳,男性。入院3カ月前から腰背部痛あり,胸腰椎CT(図1)でTh11とL1に高度の圧迫骨折を認め,骨粗鬆症が疑われ当院を受診されました。主な検査所見を表3に示します。この症例の貧血の原因をどう考えますか?

表3 主な検査所見
(末梢血)WBC 5,300/μl,RBC280万/μl,Hb 9.8g/dl,Ht 28.8%,MCV 102.5fl,MCH 34.8 pg,PLT20.6万/μl
(生化学)TP 9.7g/dl,Cr 0.69mg/dl,T-Bil 0.3mg/dl,LDH 176IU/l

研修医A 軽度の大球性貧血です。TPが高値ですが,腎障害も肝障害もなさそうです。圧迫骨折は病的骨折かもしれません。悪性腫瘍に伴う貧血でしょうか。

指導医 ほかの先生はどうですか?

研修医B 骨病変があって,貧血があって,TP高値なら,まず多発性骨髄腫を疑うべきではないでしょうか。

指導医 そうですね。多発性骨髄腫を疑いますね。どのようなタイプの骨髄腫ですか?

研修医B それは,うーんと。

診断とその根拠

(診断) 多発性骨髄腫(IgG型かIgA型)とそれに伴う骨病変
(根拠) 多発性脊椎圧迫骨折,TP(グロブリン?)の著明高値,原因不明の貧血

指導医 多発性骨髄腫は,一般に高齢者で骨痛と貧血を認めることが多い疾患です。59歳は骨髄腫とすれば若いほうですが,TP(グロブリン?)の著明高値もあり,最も考えられます。IgG型やIgA型の典型的な骨髄腫では,γグロブリンが著明に増加してTPも増加します。でも,BJP型やIgD型,非分泌型ではγグロブリンは減少しTPは逆に減少するので,注意が必要です。

研修医C 本例のタイプは結局,何だったのですか?

指導医 免疫電気泳動で血清にはIgG λ型のM蛋白,尿にはBJP(Bence Jones蛋白)を認めました。骨髄では高度の異型性のある形質細胞が増加していて,IgG λ型の多発性骨髄腫でした。

症例2から学ぼう

(1)高齢者で,貧血と高度の骨痛をみたら多発性骨髄腫を疑おう。
(2)多発性骨髄腫にはTP(グロブリン)高値の典型例とTP(グロブリン)低値の非典型例がある。
(3)骨髄腫を疑えば,血清と尿の免疫電気泳動,骨の画像検査,骨髄検査は必須である。

■症例3
 黄疸と貧血を認めた糖尿病治療中の65歳男性

指導医 では,もう1例。症例3は65歳,男性です。数年前から糖尿病があり,食事療法をしていました。今回,易疲労感があり黄疸を指摘され,消化器内科に入院となりました。身体所見として,頸部に直径1.5cm以下の多発性のリンパ節腫大を認めました。検査所見は,表4に2年前の所見,表5に今回の所見を示します。今回の貧血,どう考えますか?

表4 2年前の検査所見
(末梢血)WBC 5,600/μl,RBC 449万/μl,Hb 13.6g/dl,Ht 40.2%,MCV 89.5fl,MCH 30.2pg,PLT 22.3万/μl
(生化学)AST 22IU/l,ALT 21IU/l,Glu 176mg/dl,HbA1C 7.7%

表5 今回の検査所見
(血液学)WBC 8.600/μl,RBC 155万/μl,Hb 6.6g/dl,Ht 18.5%,MCV 119.7 fl,MCH 42.4pg,PLT 34.2万/μl
(生化学)T-Bil 3.3mg/dl,D-Bil 0.9mg/dl,LDH 1,376IU/l,AST 69IU/l,ALT 21IU/l,Glu 245mg/dl,HbA1C 1.1%

研修医A Hb 6.6とかなりの貧血を認めます。黄疸,LDH高値など肝障害がありそうなので,肝障害に関連する貧血でしょうか。

研修医B 黄疸の原因はは間接ビリルビン優位でALTは正常なので,肝障害ではなく溶血性貧血ではないでしょうか。LDH高値もそのためだと思います。

指導医 そうですね。溶血の存在を確かめるのに,ほかにどんな検査をしますか?

研修医A 網赤血球(Ret)をチェックします。

指導医 Retですね。Retは予想通り34.0%と著明に高値でした。MCVが119.7と大球性を示しているのは,サイズが大きいRetが増加しているためだと思います。他に,今回の検査所見で注目すべきことはありませんか。

研修医B 血糖が245と,糖尿病のコントロールが悪いのにHbA1Cが1.1と著減しています。これも溶血のためでしょうか。

指導医 そのとおりです。溶血のせいですね。溶血があると,HbA1Cは糖尿病のコントロールの指標にはならないということですね。では,溶血の存在を確認するのに最も感度の良い検査は何でしょうか。

研修医B うーんと。Ret? LDH? 何でしょうか?

指導医 ハプトグロビンですね。本例では10mg/dl以下と感度以下でした。これで溶血性貧血は確定的となりましたが,次にどのような検査をしますか。

研修医C クームステストをします。AIHA(自己免疫性溶血性貧血)が疑われますから。

指導医 その通り,クームズテストですね。本例では直接,間接とも3+でした。これで診断はAIHAということになりました。後天性の溶血性貧血ではAIHAが一番多いですね。先天性では,遺伝性球状赤血球症が一番多いです。

診断とその根拠

(診断) 自己免疫性溶血性貧血
(根拠) 間接ビリルビン・LDH・Retの増加,HbA1C・ハプトグロビンの低下,直接・間接クームズテスト陽性

指導医 実は,本例ではまだ大変気がかりなことがあるんですが,何でしょうか。

研修医D ??

指導医 リンパ節腫脹の原因が何かということです。CTでもサイズの小さいリンパ節腫脹が全身性にみられ,悪性リンパ腫も否定できなかったんです。AIHAは本態性が多いのですが,悪性リンパ腫などに伴う二次性のものもありますから。本例はリンパ節生検も行い,反応性のリンパ節炎と診断されました。最終的に,本態性温式型AIHAと診断し,ステロイド治療を開始しました。

症例3から学ぼう

(1)間接ビリルビン優位の黄疸と貧血をみたら,溶血性貧血を疑おう。
(2)溶血を確認する一番感度の良い検査はハプトグロビンである。
(3)HbA1Cは溶血で低下し,その場合は糖尿病のコントロールの指標にならない。
(4)溶血性貧血の診断だけで終わってはいけない。そのタイプの診断が必要である。

貧血の診断 ここがポイント

●貧血は原因を鑑別診断しなければ治療にむすびつかない。
●貧血の鑑別は,MCV(表6)と網赤血球(Ret)がポイントである。

表6 MCVによる主な貧血の鑑別
小球性貧血
(MCV80fl以下)

1)鉄欠乏性貧血
2)二次性貧血
3)サラセミア
正球性貧血
(MCVが81~100fl)

1)急性出血
2)溶血性貧血
3)再生不良性貧血
4)二次性貧血
大球性貧血
(MCVが101fl以上)

1)巨赤芽球性貧血
 (ビタミンB12欠乏,葉酸欠乏)
2)網赤血球高度増加
 (急性出血,溶血性貧血)
3)肝障害に伴う貧血
4)骨髄異形成症候群
 (MDS)

●小球性ならFe,TIBC(総鉄結合能),フェリチンによってまず鉄欠乏性貧血と二次性貧血を鑑別する。両者ともFeは低値。鉄欠乏性貧血ならTIBC高値,フェリチン低値。二次性貧血ならTIBC低値,フェリチン高値。
●MCV>120flをみたら,まずビタミンB12欠乏性貧血を疑う。
●Ret増加をみたら,急性出血か溶血性貧血を疑う。
●高齢者で貧血,高度の骨痛,TP(グロブリン)高値があれば,多発性骨髄腫を疑う。