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●病理との付き合い方 明日から使える病理の基本【実践編】

第10回テーマ

甲状腺

前田 環(藍野大学医療保健学部看護学科)


 内分泌疾患は,ホルモン動態によって複雑な症状を示すという特徴がある。しかし,病理診断においては,他の器官系と同じく,触診や画像診断で発見された腫瘤が「良性か悪性か」という点が重視される。免疫染色による産生ホルモンの特定も行われるが,このシリーズでは「良性か悪性か」の判定が問題となる頻度が高い甲状腺を取り上げた。

 甲状腺疾患は,びまん性甲状腺腫(diffuse goiter)と結節性甲状腺腫(modular goiter)に大別される。病理診断で重要なのは結節性病変の鑑別で,ここに腺腫と癌,およびそれらとの鑑別を要する腺腫様甲状腺腫,嚢胞(甲状腺舌管嚢胞など)が含まれる。しかし,教科書的には「びまん性」の橋本病,Basedow病,亜急性甲状腺炎,アミロイド甲状腺腫なども,腫瘍様病変として病理学的検索の適応となる。

 検索方法としては,穿刺吸引細胞診が果たす役割が大きく,切開生検は現在ほとんど行われていない。以下に,穿刺吸引細胞診と手術による切除検体を中心として,その取り扱いと関連する事項について紹介する。

■穿刺吸引細胞診

 2005年に「甲状腺取扱い規約・第6版」(以下,規約)が発行され,細胞診についてはインフォームド・コンセントや標本の採取方法などに加えて,新しい報告様式が記載されている。重要な部分は以下にも引用したが,実施に際しては必ず規約そのものを参照してほしい。穿刺吸引細胞診についての一般的な注意事項に関しては,本連載の総論第4回「細胞診」(2005年7月号,1269頁参照)にも記載がある。なお,最近,導入され始めたLBC(液状細胞診)について,甲状腺の穿刺細胞診で特にメリットがあるという報告は現時点では確認できていない。

1. 吸引法

 甲状腺の穿刺は,外来において麻酔なしで行われる場合もあり,通常の生検に比べて簡単というイメージがあるかもしれない。しかし,内分泌臓器の常として血流が多く,周囲には気管や頸動脈など重要な器官がある。また,小さくても頸部に傷が残ることが美容的に問題となる場合もある。慣れないうちは,熟練した指導医のもとで実施して手技に関する指導を十分に受けるべきである。ここでは後に述べる「不適正検体」をできるだけ減らすためのポイントを挙げておく。

(1) シリンジ内に血液や内容液が吸引された場合は,十分な細胞が採取されていない可能性が高い。嚢胞性病変は先に嚢胞内容液を吸引・排出してから,病変の実質部分(嚢胞壁)から細胞を採取する。
(2) エコーガイド下の穿刺は,エコーで発見された微小な病変には必須である。しかし,触診できる大きな病変でも,他の器官,石灰化した部分,壊死の可能性がある中心部などを避けたりするためには有用である。
(3) 血管に富む濾胞性腫瘍や細胞変性が加わりやすい悪性リンパ腫の場合には,毛細管現象を利用する無吸引穿刺法による採取も推奨されている。

2. 塗抹法と固定・染色

 穿刺針の内容物をスライドグラスの上に数回吹き出し,直ちに塗抹し,速やかに湿固定する。

 塗抹法には,合わせ法,擦り合わせ法,引きガラス法などがあり,細胞の見え方が異なってそれぞれ長所と短所がある。熟練した細胞検査士や病理医は,作製された標本から塗抹法を推測できる。しかし,すべての検鏡者がさまざまな塗抹法に慣れているとは限らないので,検査を依頼する施設が推奨している方法で行うのが無難といえよう。

 通常は塗抹後,直ちに95%エタノール液に浸して湿固定を行うが,乾燥させてしまった場合は乾燥固定とする。この段階でスライドガラスは病理検査室に送られ,湿固定検体にはPapanicolaou染色,乾燥固定検体にはGiemsa染色が実施される。染色法にもそれぞれ長所と短所があるので,検体が多量に採取された場合は両方の固定方法で標本を作製しておくとよい。

穿刺針やシリンジ内に残った検体の利用

 シリンジ内に穿刺液が入った場合や,数回吹きつけても穿刺針の中に検体が残っている場合は,細胞遠心法で回収が可能である。10ml試験管に入れた生理的食塩水で穿刺針とシリンジ内の内部を洗浄し,その試験管を提出すればサイトスピンによって標本を作製できる。

 穿刺針の根元に残っている場合はスポイトの先などでかき出して,スライドガラスに塗り付ける方法も実際的である。

3. 報告書の読み方

 細胞診では長年,クラスI~クラスVで結果を表示するPapanicolaou分類が使われてきた。しかし,いくつかの問題点があり,甲状腺の細胞診では乳腺に続いて「不適正」という検体材料の評価が導入された。適正標本は表1に示すように4つに区分されている。不適正な検体が,検体総数の10%を超える場合には,臨床と病理が協力して,穿刺法,固定・塗抹法,染色法などを検討し改善を図ることが望ましい。

表1 甲状腺細胞診の評価と判定区分
    (詳細は甲状腺取扱い規約 第6版参照)
標本の評価 判定区分 主な疾患
不適正 (判定不能)
適正 正常あるいは良性

非腫瘍性疾患,良性腫瘍
鑑別困難 濾胞性腫瘍など
悪性の疑い 乳頭癌,腺腫様甲状腺腫など
悪性 甲状腺癌,悪性リンパ腫,転移癌

 判定に関して,規約は「根拠を具体的に記載する。(中略)可能な限り,推定される組織型を記載する」としている。甲状腺癌の80~90%は乳頭癌であり,典型例は特徴的な核所見(核溝,核内細胞質封入体など,図1)を示し,診断困難例は少ない。ただし,嚢胞形成性では細胞が採取されていない場合があり,注意を要する。乳頭癌の濾胞型は乳頭癌と同様の核所見を示し,濾胞癌とは区別される。

 しかし,濾胞性腫瘍に関しては,手術材料において被膜浸潤や脈管侵襲が確認できれば悪性(濾胞癌)と診断できるが,細胞の形態のみでは判定はできない。このような場合に「鑑別困難」という判定になる。「鑑別困難」という判定は検体適正症例の20%以下が望ましいとされている。これを達成するための努力は病理側に帰するが,0%にすることは不可能であることは理解しておいてほしい。

【column】甲状腺腫と腺腫様甲状腺腫

 甲状腺腫(goiter,Struma)は,腫瘍を含む広義の使用法と,非腫瘍性に限る狭義の使用法が混在しているので,注意が必要である。甲状腺腺腫とも紛らわしいので,腺腫の場合は英語thyroid adenomaを使うほうが誤解を避けやすい。

 一方,腺腫様甲状腺腫(adenomatous goiter)は甲状腺過形成であり,日本語の腺腫「様」は正しいが,英語のadenomatousに問題がある。adenomatousはfamilial adenomatous polyposisのように本来の腺腫を意味する用語なので,正確にはadenomatoid goiterであろう。

(つづきは本誌をご覧ください)