●内科医が知っておきたいメンタルヘルスプロブレムへの対応 | |
第1回 うつ病 中尾睦宏(帝京大学医学部衛生学公衆衛生学・心療内科) 昨今,メンタルヘルスは大きな社会問題となっており,プライマリケアの最前線を担う一般内科医が,それらに対応しなければならない場面も急増している。本連載では,内科医向けに,日常診療でよく遭遇するメンタルヘルスプロブレムと,その対応について解説する。 うつ病は,抑うつ気分,意欲や興味の減退などの精神症状だけでなく,疲労感,不眠,食欲低下,頭痛,吐き気などさまざまな身体症状を呈する(表1)1)。そのため,うつ病患者は,内科や一般診療科を受診することが多い。うつ病患者の60~70%はまず内科を受診し,最初から精神科や心療内科を受診する例は10%程度という報告もある2)。本特集の1回目はうつ病に焦点をあて,身体症状をヒントとしたうつ病の診断法や精神科・心療内科へ紹介する目安などについてまとめる。 うつ病とはまず「うつ病(depressive disorder)」と「うつ状態(depressive state)」という用語を明確に区別したい。うつ病は疾患としての概念であり,うつ病性障害と呼ぶこともある。一方,うつ状態とは,正常範囲から疾病に至るまでの広い範囲の心理的な状態を意味する。うつ病性障害は,米国精神医学会の基準(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fourth Edition, Text Revision, DSM-IV-TR)によると3),大うつ病性障害,気分変調性障害,特定不能のうつ病性障害の3つに大別される。それらとは別に,躁とうつの両方の症状を有する双極性障害,いわゆる躁うつ病という病態もある。 DSM-IV-TRの診断基準によると, 1) 抑うつ気分
の9つの症状のうち,1)または2)を含んで5つ以上の症状が同時に2週間以上存在する場合を大うつ病エピソードとしている。この大うつ病エピソードが1度以上存在し,その病態が他の精神疾患では説明できず,躁病エピソードの既往がない場合は,大うつ病性障害と診断される。ただしこの大うつ病エピソードの定義を,内科現場でいちいちあてはめるのは現実的でないので,少し問診を工夫すると良い(図1)4)。痛みなど身体症状を訴えている場合,まず器質的疾患がないか調べる。その際,症状に見合うだけの疾患が見つからないときは,睡眠障害,易疲労感,食欲不振など,うつに関連する身体症状をあらためて質問してみる。次に,ほかに痛みの部位がないか確認し,便秘,動悸,肩こり,めまい,息苦しさなど自律神経の影響を受けやすい症状について質問する。そうした質問のなかで,精神面の関与がありうつ病が疑われるときは,あらためて抑うつ気分や意欲低下の質問をする。 一方,気分変調性障害は,大うつ病性障害とは異なり,興味の減退は診断基準になく,抑うつ気分のみを中核の症状とみなす。ほぼ1日中抑うつ気分が続く日がある。このような抑うつ気分が続く日が,続かない日より多い状態が2年以上(小児や青年は1年以上)継続していれば気分変調性障害と診断される。大うつ病性障害ほど典型的ではないが,いつも何となく憂鬱そうな状態を連想すればわかりやすいかもしれない。 鑑別診断鑑別すべき身体疾患としては,内分泌疾患(Cushing病など),膠原病(全身性エリテマトーデスなど),前頭葉腫瘍,認知症の初期などがうつ症状を呈することで有名である。表2にうつ症状を合併する可能性のある器質的疾患についてまとめる4)。あらゆる身体疾患は,その症状が重篤になれば生活パターンの変化を余儀なくされ,二次的なうつ状態になる可能性がある。また身体症状の発現前にうつ状態となり,後になって膵臓癌などの疾患が診断される症例が報告されており,警告うつ病と呼ばれている。一部の薬剤はうつ症状を引き起こすことがあるので,薬剤性うつの鑑別も大切である。副腎ステロイド,インターフェロン,H2ブロッカー,βブロッカー,ジギタリス製剤などが挙げられている。また近年,アルコール依存症や覚醒剤などの薬物乱用が社会問題となっており,薬物中毒によるうつ症状がないか気をつける必要がある。 統合失調症や不安障害などでも高頻度に抑うつ症状がみられる。うつ状態が主症状だとしても,他の精神疾患がないか鑑別しなくてはならない。 うつ病の治療うつ病の治療は,薬物療法,十分な休養,家族や社会のサポートの3つが重要である。抗うつ薬は選択法や使用法が難しく,うつ病は自殺の問題があるので治療が難しいという意見がある。確かにその通りなのかもしれないが,うつ病が急増し社会的にも認知されつつある現在,その診断と治療は内科医も避けて通れなくなっている。もちろん専門医でない医師がうつ病の治療を行う場合は,軽症もしくは中等度の例にとどめるべきであろう。うつ病患者を一般診療科から精神科へ紹介する基準について表3にまとめる4)。特に自殺の可能性は見逃さないようにしたい5)。薬物療法としては抗うつ薬の処方が原則である。不安感や焦燥感が強い場合は抗不安薬や睡眠薬を適宜併用する。抗うつ薬としては,今までは三環系抗うつ薬や四環系抗うつ薬が主役であったが,新世代の抗うつ薬として選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitors:SSRI)とセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(serotonin and noradrenaline reuptake inhibitors:SNRI)が頻繁に処方されるようになった。現在ではうつ病の第一選択薬と考えられている6)。SSRIは脳神経細胞のセロトニン再取り込みを抑制する作用をもつ薬剤で,フルボキサミン(デプロメール®,ルボックス®),パロキセチン(パキシル®),セルトラリン(Jゾロフト®)が日本で認可されている(2006年10月現在)。一方,SNRIはセロトニンだけでなくノルアドレナリンの再取り込みも抑える抗うつ薬で,日本ではミルナシプラン(トレドミン®)が認可されている。 休養はまず1~2カ月間ぐらいを必要とする。うつ病患者は生真面目で仕事熱心な人が多いので,休むことに抵抗することがある。そこで,患者本人だけでなく家族や時には職場の上司と相談することが必要な場合がある。実際,患者の周りの人たちがうつの病態を正しく理解し,いかに支持的役割を果たすかが,治療の重要なポイントとなる。患者本人にも「時間は少しかかるかもしれませんが,適切な治療で必ず回復し,社会復帰できるようになります」と医師がきちんと伝えることが大切となる。 (次号へつづく) 文献
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