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●日常診療の質を高める口腔の知識

第5回

誤嚥性肺炎と口腔ケア

岸本裕充(兵庫医科大学歯科口腔外科学)


 肺炎はわが国の全死亡原因の第4位ですが,肺炎が原因で死亡する患者の9割以上が高齢者です。最近,肺炎の予防に口腔ケアが有効との報告が相次ぎ,口腔ケアが俄然注目を浴びるようになりました。


■誤嚥性肺炎は珍しくない

 「肺炎は高齢者の病気である」にはほとんど違和感を覚えないでしょうが,「誤嚥によるものが多い」という印象は案外少ないかもしれません。「カゼをこじらせて肺炎」は医療従事者でない方に抵抗なく受け入れられますが,単に「肺炎」ではなく,「誤嚥性肺炎」と限定した診断を下すことは多くないと思います。

 「誤嚥性肺炎」と診断するのは,食事中のむや,嘔吐した胃液を大量に誤嚥(Mendelson症候群)などのように誤嚥のエピソードが明らかな場合に限られがちでないでしょうか? これは誤嚥の「定義・概念」の問題で,定義・概念が広がれば「誤嚥性肺炎」の診断も多くなると思います。そこで,誤嚥(aspiration)をいくつかの面から分類してみました(表1)。これは誤嚥対策を考えるうえでも重要です。

表1 誤嚥(aspiration)の分類
量: 多い(macro-)
少ない(micro-)
症状: むせ・咳あり
なし (不顕性:silent)
時間:
日中 食事中
検査・嚥下訓練中
睡眠中  
内容:
外来性 飲食物
異物
体液 唾液
胃液
方向: 順行(口腔側から)
逆行(胃食道側から)

 従来から知られている典型的な誤嚥,これは飲食物や嘔吐した胃液のように量も多く,むせ・咳などの症状も明らかなもので,マクロアスピレーション(macro-aspiration)と呼ばれています。一方,「夜間睡眠中に,むせなどの自覚症状もなく(silent aspiration),唾液や逆流してきた胃液などを少量誤嚥(マイクロアスピレーション;micro-aspiration)」することの繰り返しによる肺炎が注目されるようになったのは,ほんの15年ぐらい前からのことです。この「新たな」誤嚥性肺炎の存在自体は,すでにみなさんもよくご存じでしょうし,また使用する抗菌薬は一般的な肺炎と差がありません。しかし,その発症メカニズムを考えると,旧来の診断・治療法のままでよいのか疑問があります。

 例を挙げますと,最近よく誤嚥の有無の検査で実施されるようになったビデオ嚥下造影法(VF;videofluorography)は非常に有用性の高い検査ですが,覚醒時の検査であるVFで誤嚥を認めなかったから,夜間睡眠中のマイクロアスピレーションもないとは言えません。また,絶食にすると飲食物のマクロアスピレーションのリスクはなくなりますが,唾液の分泌が減少し,歯垢や舌苔中など口腔内の菌量が増加する(注1)ことによって,唾液中の菌量も増すため,マイクロアスピレーションを生じた際のリスクはむしろ高まります。

注1:唾液の有する「洗浄作用」,「抗菌作用」が低下することで,菌量が増加する。

■マイクロアスピレーションの生じるメカニズム

 まず,嚥下反射(swallowing reflex)と咳反射(cough reflex)という,2つの重要な反射を知っておかねばなりません。嚥下反射は,食塊などが舌根部や軟口蓋部に達した刺激で,呼吸を停止し,咽頭・食道方向へ飲み込むという一連の不随意運動である嚥下を起こす反射です。一方,咳反射とは気管内に侵入した異物を咳をすることによって排除しようとする反射です。嚥下反射のゴックンが起こらないと,咽頭部に溜まった唾液が食道へ嚥下されず,気管に侵入するリスクが高まります(注2)。咳反射であるエッヘンが起らないと,気管から肺へ素通りとなってしまいます。

注2:正確には,声門を超えて気管に入った場合を誤嚥(aspiration),喉頭に入りかかっただけで声門に達しない場合を喉頭侵入(penetration)と定義する。。。

(つづきは本誌をご覧ください)


岸本裕充
1989年に大阪大学歯学部を卒業し,兵庫医科大学歯科口腔外科学講座へ入局。化学療法後の口内炎に苦しむ患者さんを毎日のように往診し(研修医時代),頭頸部癌術後患者のMRSA定着・感染に苦しみ(医員の頃),その後は手入れが良くないと不潔になりやすい口腔内のインブラント義歯(人工歯根療法)に取り組んでいます。これらの経験が口腔ケアに活かされていると思っています。