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●成功率が上がる禁煙指導

第1回テーマ

禁煙指導を始めるに当たって医師としての取り組み

安田雄司(医療法人啓生会やすだ医院/NPO法人京都禁煙推進研究会)


 2006年4月から「ニコチン依存症管理料」が新設され,禁煙治療を開始したか,もしくは将来取り入れようと考えている医療機関は多いと考える。しかし,治療を始めてもなかなか禁煙成功率を上げられなかったり,どうやって禁煙を進めていけば良いのか迷っている医師も少なくない。当院では1998年開院と同時に禁煙指導を行うとともに同年に発足した京都禁煙推進研究会(現NPO法人京都禁煙推進研究会)の構成メンバーとして会員相互による禁煙指導技術を向上させる努力を行ってきた1)。そして「ニコチン依存症管理料」が新設されると同時に保険診療による禁煙治療を開始し,2006年末の途中集計では禁煙成功率が70%と予想以上に良好であった。禁煙成功率を向上させる工夫とその取り組みなどを私見を交えながら述べていきたい。したがって,“禁煙治療”としての基本的なことは,禁煙ガイドライン2),禁煙治療のための標準手順書3)や禁煙外来マニュアル4)などで詳しく書かれており,本文では私が日常診療上での禁煙治療成績を上げるためにいろいろ取り組み工夫した内容を中心に記載した。


■まず喫煙に関する先生の意識レベルは?

 多くの医師はタバコが身体に良くないことは十分認識しているはずだが,欧米の医師の喫煙率が5%前後であるのに対して5),2000年,2003年での調査では日本医師会会員の喫煙率が男性医師27.1%,21.5%。女性医師6.8%,5.4%で,おのおの減少傾向にあるものの依然として高率であった6)。同僚の医師に喫煙者がいても,そのまま見て見ぬふりをするような医師では患者に禁煙指導ができるはずがない。禁煙指導を行うに当たって各医師がどの程度の喫煙に関する意識があるのか,表1の加濃式社会的ニコチン依存度質問票(KTSND)を試してもらいたい7)。ニコチン依存症の診断に使用するTDS(Tobacco Dependence Screener)やニコチン身体的依存度を測るFTND(Fagerstro¨m Test for Nicotine Dependence)と違ってニコチンに対する心理的依存度を測るもので,非喫煙者にも用いることができる。9点以下であればニコチンに対して心理的依存を受けていないので,禁煙治療に向けて対策を推し進めるべきである。地元医師会や研究会などが開催する禁煙関連の講演会には積極的に出席して新たな知識を広めていく必要がある。

■喫煙に対して意識が低い場合は勉強すればよい

 KTSNDで10点以上とニコチンに対しての心理的依存度が高かった場合は,喫煙の健康被害やタバコにかかわるさまざまな社会問題などを再認識すべきである。喫煙によって生じるニコチン依存症というのは一つの“疾患”であることをまず理解することが必要である。そう認識すれば自ずと点数は少なくなるはずである。

 日本では,能動喫煙により年間推定11.4万人が死亡,総死亡の12%を占める8)。喫煙は慢性閉塞性肺疾患(COPD)や肺癌だけでなく,生活習慣病,メタボリック症候群の発症に大きくかかわっていることは科学的に証明されている。つまり,医師という職業に就く以上禁煙指導は少なからず避けて通れない“診療行為”なのである。私の専門は呼吸器疾患であり,病院勤務医のときは肺癌を中心とした外科医であったが,開業してからは気管支喘息やCOPDなどを中心に診療している。特にCOPDでは治療を開始する前にまず禁煙をさせないと本来の治療に入れない。禁煙指導は目的ではなく,医療手段にすぎないと捉えている。その「診療行為」は聴診器をあてるのと同等の,プライマリ・ケア医師が身につけておかねばならないものである。

■タバコが関与する疾患・症状は日常診療で常に経験する

 いまさら肺癌や心筋梗塞などの原因がタバコであることを論じても仕方がない。日常診療の一般的な疾患や理学的所見でもタバコが関与していることがいかに多いか,容易に理解できる。禁煙を指導する第一歩は日常診療のちょっとしたことから始まる。具体例を挙げる。

 「子どもの咳が止まらない」と言って受診する母親がよくいる。子どもの服を捲り上げたときすぐ聴診するのではなく,服の臭いをかいでみるとタバコの臭いがすることがよくある。聴診してラ音が聞こえなくても親のタバコの影響をかなり受けていることが考えられる。そこで「誰かタバコを吸っていますか?」と問うと「父親が……。実は私も吸います」との答えをもらうことがほとんどである。「タバコの煙は刺激が強いでしょう。これはなんだと思います。それはアンモニアなんですよ。お母さんが吸う煙の中より,タバコの先端から吹き出る煙の中のアンモニアのほうが50倍も高いんですよ9)。子どもの気道は敏感でその刺激を受けやすく,すぐ咳が出るんです。最近至る所でタバコが吸えなくなっているのはこういったことが原因なんです」と説明する。すると「でも換気扇の下で吸っていますし,空気清浄器も置いてますから」と返答される。「換気扇は空気を移動させるためのものですから,どこからか新鮮な空気を入れておかないとただ閉め切った部屋ではかき混ぜているだけです。空気清浄器はタバコの有害物質はほとんど吸収しません10),11)。今はどの地方空港に行っても喫煙コーナーはなくなって閉鎖された部屋になっていますし,最近ではタバコに対する効果をうたった空気清浄器のCMもないでしょう?」と説明すれば,子どもも聞いているのでほとんどの母親が納得して,外でタバコを吸うようになる。当然多くの子どもの咳は軽減するので,親はタバコの害を少なくとも実感してくれる。

 着飾ってはいるが,肌に色つやが無く年齢にしては老け込んだ女性がよく受診する。歯も黄ばんで口臭もタバコの臭いがするときはかなりスモーカーフェースになっていることがうかがえる。こういった患者はLDLが高かったり,慢性胃炎を併発していることが多い。もちろんタバコ病である。本人は高脂血症薬や胃薬をもらえれば済むことで,禁煙しようとまでは考えようもしないし,考えたくもない。その肌の色つやなどは訴える症状ではないが,ある程度患者との信頼関係が保たれたとき,おもむろに「以前から気になっていたのですが,タバコの吸い過ぎはお肌にも良くないですよ。タバコの影響でどうしてもお肌の張りも無くなってくるし12),歯の間にタールがついて歯周病の原因にもなるし,さらには骨粗鬆症を早める原因にもなりますしね13)」。女性はやはり美しい肌をいつまでも保ってほしいですし,貴方もそう思うでしょう。〔有名な双子の写真を見せて〕この写真を見てみてください1)。この双子は22歳なんです。カーティ(左)がタバコを吸い,ケリー(右)が吸わなければ,20年後にはこんなに差が出ると考えられるのです。喫煙するとどうなるかお分かりでしょう。タバコについてちょっと考えておいてください。禁煙すると胃炎や高脂血症も良くなるし,お肌にも良いとなれば言うことないですよね。薬代もタバコ代も要らなくなるし,その分もっと身体に良いことに使ってください。フィットネスに通ったり旅行するとかにね」と説明すると,多くの女性は禁煙に対して真剣に考え始める。

■なぜタバコを取り巻く環境整備が日本ではいかに鈍いか

 タバコを取り巻く社会情勢も知っておくべきである。わが国では2002年に「健康増進法(表2)」が成立し施行した。そして「タバコの規制に関する世界保健機関枠組条約(FCTC)」に2004年98番目の国として署名し,19番目の国として批准した14)。こういった社会趨勢を十分に認識し,医療機関が最も率先して禁煙対策を取るべきことは言うまでもない。このように日本でもタバコに対する規制が厳しくなってきているが,そもそもタバコ規制がなぜ欧米諸国などに比べて30年も遅れていたかを知っておく必要がある15)

 世界最大のタバコ輸出国が米国で,世界最大のタバコ輸入国が日本であること。その反対に自国でのタバコに関する規制は日米間では雲泥の差があることも知っておくべきである。そして,今回の「ニコチン依存症管理料」の新設に関して最後まで難色を示したのは財務省であった。政府はJTの株50%以上を有している。それは財務省の取り組みとして「タバコ事業法」以外に「日本タバコ産業株式会社法」などによる税収を優先しているからであって,財務省の厚生行政への圧力は目に余るものがある。われわれ医療関係者はこの社会状況をよく認識して禁煙治療に取り組む必要がある。そうでないと禁煙成功率の低さや不正な診療行為があってはせっかくの「ニコチン依存症管理料」も廃止に追い込まれてしまう可能性がある。

 タバコの話をするとよく患者から「私らタバコを吸う者は皆たくさん税金を払ってますから」という返事が返ってくる。私は,「でもね,その税収などを計算してもタバコを吸うことによって発生する医療費の増加や死亡そして火災などによる損失で差し引き2000年では4兆1,160億円,さらに2010年には5兆6,280億円と見込まれているんです15)。この赤字の穴埋めには今の安いタバコ代ではどうしようも無く,1箱1,000円位にしないと到底だめなんです。喫煙は自由だと言っても,貴方の老後の医療費も心配だし,これ以上子どもさんやお孫さんなど若い世代に医療費の負担が増えていくのはどうでしょう? 子どもたちのためにも少しでも健康で安心して暮らせる日本にしていきたいじゃないですか?」と説明することにしている。「それは言われるとおりそうですな。」とタバコについて経済的な面からも考え始める。

■世界にも目を向けてみるそれを認識して診療に当たる

 5月31日はWHOの世界禁煙デーである。毎年世界禁煙デーに際してスローガンが掲げられる(表3)。これを見るとタバコにかかわる当時の世界問題を知ることができる。2004年のスローガンは「タバコと貧困」というものであった。高所得先進国の多くは喫煙人口が減っているのに対し,近年,中~低所得諸国では,喫煙人口が急激に増えてきている。つまり,喫煙と病気罹患率は相関しており,換言すれば,貧しい人々ほど富む人よりも喫煙率が高くなるということである。教育や経済状態についても同じことが言え,教育や食料購入など生存基盤を支えるために使われるはずの乏しい生計費がタバコ製品を買うために使われることによって生ずる生活破壊まで引き起こしている。このことが富める国と貧しい国との格差を生じていると警告しているのである16)。日本では報告はまだみられないが,韓国でも同様な結果で,貧しい人のほうが喫煙率が高いと報告されている17)

 診療中に「医療費が高いので検査を控えてほしい」とか,「高い薬を飲みたくない。減らせないですか?」と言う喫煙者の患者にしばしば遭遇する。そんなときに「薬を減らしたり止めたりするのは大いに賛成です。病気を治すのは貴方自身でしょう? 身体を悪くするだけでなく,無駄なお金を使うタバコをどうして止めないのですか? 1日1箱で1年間10万円以上貯まるんですよ。医療費とどちらが高いんです。貴方が良くなろうとするなら私はいくらでも協力しますよ。健康になってもっと良いものにお金を使いましょうよ」が私の返答である。患者はお金を使っていかに健康を害しているか考え始める。

■今までの何気ない日常診療中の会話にタバコの話を入れてみる

 日常診療中には世間話も出てくる。患者も少しは新聞などで得た医学情報を話してくることも多い。

 「最近アスベストというのは大変怖いらしいですな。肺癌や中皮腫という癌が起こるらしいのですが,そんなに怖いんですか?」と最近よく聞かれる。「ええ,アスベストというのは私が医者になった20数年前からすでに問題だったんです。でもね私は肺癌の外科医ですけど,すでに1,000例以上の肺癌を経験していますが,アスベストで起こる中皮腫の患者さんは留学したドイツも含めて20例もないんですよ。タバコとアスベストとどちらが身体に悪いと思います? 人のタバコを吸って死亡する人の割合は10万人に10,000人前後に対して,アスベストを吸って死亡する人は700人足らずなんです。もちろんタバコを吸っている人は40,000人以上と言われていますけど。マスコミ関係者も喫煙者が多いからどうしてもアスベストを強調したがりますからね18)」と,こちらがそれだけのタバコに関する雑学的な医療情報を持ち合わせておく必要がある。

■タバコに関心が深まったら他の医師との交流を図る

 最近では各都道府県医師会や地元の研究会が禁煙に向けての講習会を開いている。いろいろな方からタバコに関する知識を得ることができる。また,日本禁煙推進医師歯科医師連盟日本禁煙学会NPO法人京都禁煙推進研究会などからも多くの情報ならびに禁煙指導グッズなどを入手することができるし,研究会を通じて禁煙指導にかかわる問題点をお互いに学べる利点がある。禁煙について何も知らない私が禁煙指導を始めたのも他の医師との交流によってであり,認知行動療法など17)といった理論はまったく知らないで今日まで行ってきた。こういった医師との交流でわかったことは,多くの医師は難しい理論を意識した方法で禁煙指導をやっているのではなく,いろいろ各自が自分のスタイルに合わせて試行錯誤しながら行っている。しかし,今まで述べてきた日常診療の会話は実を言うと認知行動療法そのものであることに気付く。それを知るだけで安心感を得る。禁煙指導にあまり難しいテクニックは不要で,喫煙者に対してどれだけ「愛情と熱意」をもって,接し訴えるかである。

 これで医師側としての禁煙治療の準備は整った。次は院内禁煙化に向けての対策である。

(次回につづく)

参考書
1)京都禁煙推進研究会(編):さよなら卒煙ハンドブック,京都新聞出版センター,2002
2)9学会合同研究班(編):禁煙ガイドライン。Circ J 69(Suppl. IV):1005-1103,2005
3)日本循環器学会,日本肺癌学会,日本癌学会:禁煙治療のための標準手順書第2版,2007
4)中村正和,田中善紹:禁煙外来マニュアル,日経メディカル開発,2005
5)Simpson D:Doctors and Tobacco,日本医師会,2002
6)兼板佳孝:http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/gakkai/jcs2006/200603/500031.html
7)吉井千春:ニコチン依存度テストの現在と未来,治療 88:2572-2575,2006
8)中村正和:禁煙治療に対する保険適用の理念と今後の課題,治療 88:2456-2463,2006
9)加濃正人:タバコ煙の構成,治療 87:1871-1875,2005
10)山岡雅顕:患者さんの疑問に答える,治療 87:2023-2025,2005
11)山岡雅顕:受動喫煙を防ぐには,禁煙学,pp28-37,南山堂,2007
12)森田明理:顔をみればわかる「喫煙者」,Smoke Free Views 4:9-11,2007
13)加濃正人(編):タバコ病辞典,実践社,2006
14)大島 明:禁煙治療制度化の意義と今後の課題,治療 88:2452-2454,2006
15)伊佐山芳郎:現代タバコ戦争,岩波新書,2006
16)http://www.nosmoke-med.org/who2004.html
17)http://www.kin-en.info/release_050708.html
18)松崎道幸:おとなの受動喫煙病,禁煙学,pp22-28,南山堂,2007
19)繁田正子:認知行動療法の活用方法,井埜利博(監修):禁煙病学,最新医学社,2007(in press)


安田雄司
1981年滋賀医科大学医学部卒業。滋賀医科大学医学部附属病院研修医,同第2外科助手,ドイツエッセン・ルアーランドクリニック助手,京都桂病院呼吸器センター部長を経て,1998年京都市南区やすだ医院院長。現,医療法人啓生会理事長。NPO法人京都禁煙推進研究会理事。専門領域は外科,特に呼吸器外科・気管支鏡検査や細胞診を中心とした呼吸器診断。