Editorial
診断における初期診療技術教育のこれから,
感染症を例に

志水 太郎ハワイ大学内科
忽那 賢志国立国際医療研究センター感染症内科・国際感染症センター


 ここ10年の総合診療領域における初期・後期研修を概観すると,病歴・身体診察・診断思考といった初期診療技術の訓練により重きを置いた“原点回帰”ともいえる臨床医学教育の機運が高まっている.これらの技術は客観化・可視化しにくい,デジタルというよりはアナログに属するものであるがゆえ,その比較的“非客観性”のため教育が体系化されにくく,また教育文化として広まりにくいという特徴がある.そのためこれらの技術はギルド的な“背中を見て覚える”型の教育がこれまで主であったし,その傾向は今後も残るだろう.しかし,広まりにくいからと言ってその教育文化は優先度を下げてよいものではないだろう.

 さて,今回の企画は感染症である.場所を問わず感染症の診断はその初期診療技術が問われる分野の一つかもしれない.「不明熱」「免疫不全の感染症」のように診断を困難とするものから,「見ればわかる」というような疾患まで,ありとあらゆる検査が絨毯爆撃のように行われた後でさえ,診断の鍵を握るのが病歴や身体診察といった基本的診察手技であることもよく見られるからである.その意味では感染症という領域は特にこのアナログ文化が大活躍する分野といえるだろう.そのような診察技術を日ごろから磨いておけば,ひと目見ればわかる疾患は検査に進まずとも大きな時間・コストの回り道がなく最短距離で診断がつくだろうし,診断が困難な症例では,シンプルな基本手技を繰り返し毎日行うことで診断の緒が見つけられることもあるだろう.

 一方,初期診療技術としてもう一つ大切なものが診断についての考え方,診断思考である.この領域においては,ノーベル賞経済学者ダニエル・カーネマンに端を発したSystem 1(直観的思考),System 2(分析的思考)の概念が今や国際的にも医師の診断思考過程の基礎概念として定着をしたといっても過言ではない1).この思考概念を駆使し,精度の高い病歴・身体診察によるインプットのバトンを受けて診断というアウトプットを患者に還元するという一連の行動のループの質を上げることが,診断における初期診療技術教育の要点ともいえる.

 そこで今回の特集では,そのSystem 1,System 2の概念をフォーマットに2部構成とし,病歴,身体診察の初期診察技術がキラリと光る感染症における診断の現場を紹介した.

 企画メンバーの選抜は編集委員会の慧眼のもと,『JIM』誌の歴史において最年少のダブル企画者ということになった.東日本最大の総合内科カンファレンスの一つ「Tokyo GIMカンファレンス」の主力メンバーの中から,総合内科医側から志水,感染症科医側から忽那の若手両名が担当させていただくことになった.また執筆陣も明日の日本の感染症・総合診療を担う現場の若手医師たちである.

 今回の特集の最大の目的は感染症における初期診療技術の有用性を再考し,それが明日からの読者の皆様の診療に役立つことであるが,同時に日々診察技術を鍛えている同年代の若手を後押しし,また臨床医としてより高みを目指していく勇気の助けとなれば非常に嬉しい.

文献
1) 志水太郎:診断戦略.医学書院,2014.