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JIM 2013年9月号(23巻9号)Editorial

東京における総合診療~“Urban Health”再考

藤沼 康樹(医療福祉生協連家庭医療学開発センター)


 東京でずっとプライマリ・ケアに従事していながら,大都市の健康問題の特徴とプライマリ・ケアの課題や特殊性についてあまり考える機会がなかったが,最近“Urban Health”という視点であらためて整理し直しはじめている.

 しかし,東京というのは実に不思議な都市である.たとえば東京は鉄道依存の街である.単純に鉄道の乗り換えの関係で,本来近い場所が遠い場所として機能しているし,その逆もある.押井守(注:アニメや実写映画を中心に活動している映画監督)が「東京は時間と距離が置きかわっている」と発言した所以である.このことは実は,東京内部の医療へのアクセスの問題を考える時に,きわめて重要なファクターである.

 地域医療の対象としての東京を考える時に,東京の内部がきわめて多様性のある小地域の集合体であり,都市内部の健康格差がきわめて大きいということが,最近さまざまな研究1, 2)で明らかになっている.この健康格差は,日常診療において,健康の社会的決定因子を視野に入れることを要求することになる.

 また,これまで地方では高齢化率が問題になってきたが,東京において問題になるのは高齢者の実数の爆発的増加であり,それがいわゆる2025年問題の本質である.高齢者救急と在宅医療の質と量の確保が急務であり,高齢者医学に精通した総合診療医が求められる所以である.

 さらに,大都市部ではプライマリ・ケアは分断されている.一人の患者が複数以上の診療所や病院に,適切とは言えない形態で通院していることが多い.例えば,以下のような患者はそれほど珍しくない.

 75歳男性で,糖尿病・高血圧に対してA内科医院にて経口血糖降下剤処方,心房細動でB病院循環器内科にて抗凝固薬処方,変形性膝関節症でC整形外科医院にてNSAIDs処方,皮脂欠乏性湿疹に対してD皮膚科医院にて軟膏処方,そして最近もの忘れがひどいのでF病院神経内科に受診する予定.

 都市部においては過度の専門分化の弊害として指摘される事態が,プライマリ・ケアにおいて生じている.こうした患者は,主治医が明確でなく,患者の移動能力の低下や経済状態の悪化により,容易に不十分なケアしか受けられなくなる可能性が高い.

 そして,都市部のプライマリ・ケアにおいては,HIV,結核など多彩な感染症にかかわることも多く,また多文化都市であってみれば,いわゆるCultural competencyも求められる.

 これまでは,比較的医療リソースの少ない地方や僻地,あるいは離島などにおける総合診療や家庭医療が話題になることが多かったが,今後は大都市におけるジェネラリストの役割も深く追求していく必要があると考えている.

1) 高野健人:東京下町地域における不健康集積.民族衞生64(1):5-25, 1998.
2) 中谷友樹:「健康な街/不健康な街」を視る:GIS を用いた小地域における地理的健康格差の視覚化.日本循環器病予防学会誌46(1):38-55, 2011.