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JIM 2013年5月号(23巻5号)Editorial

「Above all, do no harm?
(まず,害を与えないこと?)」

矢吹 拓(独立行政法人国立病院機構 栃木医療センター)


 「Above all, do no harm?」は,自分が医師として働く中,何度となく耳にした言葉である.有名な “医聖”ヒポクラテスの誓いの一節であり,医師が基本とすべき事柄の一つとされている.近年この言葉が,「ヒポクラテスの誓いではないのでは?」と指摘され,物議を醸している1).もともとのヒポクラテスの誓いには含まれておらず,後年歪曲されて付け加えられたものではないか,というのである.

 真偽のほどは定かではないが,正直この「do no harm」は自分にとっては重いなあと思っていた.大なり小なり人間はミスをするし,それは医療関係者でも同様である.もちろん,医療関係者の失敗は患者さんの不幸に直結する可能性があるため,「ミスはするんですよ」と開き直る訳にはいかないが,誤解を恐れずに言えば,自分にも「ああ,失敗した…」とか,「危なかった…」といった経験は多々あるというのも事実である.多くの医療機関で,インシデントレポートの提出を義務づけたりしているのも,「失敗しない」ことが前提ではなく,「失敗する」ことが前提で,失敗にどう対処するか,どう再発予防をするか,が大事だからであろう.

 「To err is human, but to continue to err is diabolical.(人は過ちを犯すものである.しかし過ちを繰り返し続けるのは悪魔である)」.

 この言葉も,有名なラテン語の格言である.人間は過ちを犯すものであるとの前提に立っているのが等身大であり,こちらの方が馴染みやすいと感じる.「もはやヒポクラテスではいられない」21世紀 新医師宣言プロジェクト2)では,医療行為が潜在的に抱えている有害性について,こう述べている.

 「私は,医療行為が常に患者さんを害しうることを忘れません.もし不幸にして患者さんに重い副作用などが発生した際,患者さん本人や家族の悲しみに誠実に向き合い続けます.

 私は,不適切もしくは過剰な薬の処方や検査が患者さんに行われていないか常に注意を払います.その状況に気付いた時には,患者さんと相談し,より良い方法をともに考えます」.

 「ミスをしてはいけない!」というメッセージの「do no harm」とは,一線を画する言葉である.

 今回の特集は,「この組み合わせに注意!日常診療で陥りやすいpitfall(私が経験した,この組み合わせはpitfall!)」である.いわば皆さんの失敗をさらけだそうという企画であり,快くご協力いただいた執筆者の皆様には,感謝の一言しかない.失敗を隠すのではなく,詳細に検討・共有し,次の失敗を未然に防ぐために,本企画が少しでも皆様のお役に立てれば幸いである.

文献
1) Cedric M Smith:Origin and Uses of Primum Non Nocere-Above All, Do No Harm!. J Clin Pharmacol 45(4):371-377, 2005
2) 「もはやヒポクラテスではいられない」 21世紀 新医師宣言プロジェクト
http://www.ishisengen.net/declaration.html