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JIM 2012年10月号(22巻10号)Editorial

次世代型電子カルテシステムがもたらすもの

伊藤 澄信(国立病院機構本部総合研究センター臨床研究統括部)


 最近のIT(information technology)の進歩にはめまぐるしいものがある.医療情報という究極の個人情報を保管・利用するための安全性・倫理性のリスクは残るが,クラウド型電子カルテを日本全土に展開することも可能となった.文字情報は容量が小さいので,仮に500万人分のデータを集めても高々12TB(テラバイト)にしかならないという.最新ブルーレイディスク6台分に500万人分の電子カルテの情報が入ってしまうというのも驚きである.画像情報はローカルキャッシュサーバを用い,Dropboxなどと同様の方法で同期させれば回線スピードの問題点を回避することが可能になってきたので,米国政府の管理するVAホスピタル(退役軍人病院)で開発されオープンソースとして世界中で使われているVistA(Veterans Health Information Systems and Technology Architecture)のような共通電子カルテシステムがわが国でもクラウド上で構築できるようになるかもしれない.

 VistAは全米163の病院や800を超えるクリニックなどが使用しており800万人の患者さんの診療情報が蓄積されていて,患者さんが自らのデータ(Personal Health Record)を管理し,診療予約も自分で変更できる.自分の相談したい医師や薬剤師に自分の診療録をみせることができる.

 共通電子カルテシステムの匿名化データを利用すれば,行政や臨床研究では全国レベルで検査成績に基づいたインフルエンザやMRSAなどの発生状況も,新しく発売された薬剤の副作用も収集することもできるし,テンプレートに記入すれば,臨床研究データを転記する手間もいらなくなる.利用する医療関係者は医療安全対策のバーコード認証システムや異常値に対するアラートで医療事故や検査の伝え忘れも減るだろうが,臨床評価指標によって自分で診ている患者の管理状況も一目瞭然となり(HbA1cの悪い糖尿病患者割合全国ワースト○番とかいわれたくないし),診療ガイドラインを追いかけるのだけでも大変なのにオンタイムで各種の情報が氾濫したら,情報を取捨選択するのが大変になりそうで少し気が重い.

 そうした時代でも,患者さんの訴えの程度を把握し,正確な身体所見をとる技術や結果を伝えるコミュニケーション技術は,手術手技などと同様,電子化された知識では置き換えられないアートであり,今後もジェネラリストが修練を積んでいかなければならない領域だと思う.知識はスマホで探すことができる.しかし技術はスポーツと同じで,理路整然とした指導と経験が必要である.

 今月の特集は肛門・会陰部からの出血に焦点を絞った.肛門鏡とか肛門出血の対応とか他では対応しにくい記事をわかりやすくお書きいただいた著者の方々に感謝する.この特集が,消化器科,外科,感染症科,婦人科,小児外科という複合領域の隘路におちいりやすい症状に対応するジェネラリストの技術の礎の1つとなってくれることを期待する.