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JIM 2012年5月号(22巻5号)Editorial

医療・臨床研究のリスクオフ

伊藤 澄信 (国立病院機構本部総合研究センター臨床研究総括部・治験研究部)


 健康診断の結果はなぜこんなに人を不安に陥れるのだろう.医療者にとってはたいしたことがないと思われることであっても,異常と判断された結果を受け取ると,患者さんは不安になる.不安の解消には医療者の自信に満ちた説明が最善の良薬だが,説明の根拠を知らないと医療者の返答も曖昧なものになってしまう.それがまた,患者さんの不安をかきたてる.

 医療行為のリスク/ベネフィットを明確にするためには臨床研究によるエビデンスの創生が必須である.臨床試験の被験者になっていただくにはヘルシンキ宣言に基づく同意が必要だが,最近,ある大学病院で被験者に無断で手術中に研究用の骨髄を採取していたことが発覚した.被験者のリスクオフを強化する様々な規制が打ち出されている時代にもかかわらず,である.

 医学雑誌編集者国際委員会は,2005年以降に開始する臨床試験の登録を要求した.結果がネガティブであった場合の出版バイアスの除去や,主要評価項目の変更による結論の歪曲防止などが目的だが,臨床試験の結果の公表に伴うリスクオフである.

 医療機関で臨床研究を実施するには施設長の承認が必要である.そのための手続きとして臨床研究倫理審査委員会での審査が求められている.3月から厚生労働省は,臨床研究倫理審査委員会報告システムで委員名簿,手順書,議事概要を公開しはじめた(治験審査委員会は2010年から).将来は国による倫理審査委員会の認定制度も視野に入っており,臨床研究ができること=質の高い医療機関となるかもしれない.自施設で倫理審査委員会をもたないジェネラリストの研究を支援するために,日本プライマリ・ケア連合学会も学会員向けに倫理委員会を設置した.

 医薬品などを使った介入研究は,被験者にはリスクがある.リスクオフのために詳細な説明文書を用いた同意と補償(過失がなく,医薬品などで一定程度以上の副作用があった場合の救済措置)が介入試験でも求められ,厚生労働科学研究費でも補償保険の購入が認められている.

 治療のリスクオフも進化している.がん治療は体細胞変異に応じて治療法を選択する時代に入ってきた.分子標的薬はがん細胞のもつ特異的な性質を標的として開発された医薬品である.分子標的薬の代表であるトラスツズマブは,がん細胞にHER2が過剰発現していることを確認してから投与される.EGFR変異がある肺腺がんにはゲフィチニブは効果が期待できるが,なければ間質性肺炎の副作用の危険があるだけである.3月に非小細胞肺がん治療薬として未分化リンパ腫キナーゼ(ALK)融合遺伝子阻害薬クリゾチニブも承認された.ゲノム情報によるリスクオフについては進歩の途中である.イリノテカンはUDP-グルクロン酸転移酵素(UGT1A1)の2つの遺伝子多型(28と6がそれぞれホモか28/6)で活性物質の代謝が遅延し重篤な副作用が発現しやすくなることがわかっているが,遺伝子多型で投与量の変更をするところまでは至っていない.リスクオフで有効な治療ができる時代を期待したい.

 健康診断で示された患者さんのリスクを的確に説明し,リスクオフに結びつけることが患者さんの不安をとる妙薬である.本特集がその一助になってくれることを期待している.

文献
1)臨床研究倫理審査委員会報告システム:http://rinri.mhlw.go.jp/
2)治験審査委員会の情報公開:http://www.pmda.go.jp/operations/shonin/info/chikenkanren.html