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JIM 2009年11月号(19巻11号)

普遍的な愛の形

松村 真司(松村医院)


 別にあらためてここで書くことでもないが,高齢化社会である.当院に外来通院中の人に,80歳台,90歳台の人など珍しくもない.70歳台の人に至っては,高齢者と呼ぶのもおこがましいくらいである.とにかく,一定年齢以上の人々の絶対数が以前より増えているのだ.必然的に,認知症の人も多くなる.認知症は,もはや感冒や高血圧などと同様の日常病である.専門だとか専門ではないとかいう問題ではなく,今やその診療は臨床医である以上,避けては通れない.

 認知症には早期診断,早期介入が重要だと言われている.地域の情報や,家族の情報などに精通しているプライマリ・ケア医は,診断の手がかりになる情報を本人以外の周辺からさまざまな経路を通じて入手できるという有利な面もある.また,以前から通院している患者であれば,わずかな変化に気がつくこともでき,早期診断に結びつけることも可能だと言われている.ただし,どんな疾患でもそうだが,早期診断は言われているほど簡単ではない.恥ずかしながら,往診に行ってみて「こんなに認知症が進んでいたのか!」とはじめて気がつくこともある.

 なかでもBPSDを呈している患者さんの診療は一筋縄ではいかないことが多い.どうしても介護者である家族の意見に左右されがちである.「とにかく今すぐなんとかしてほしい」という依頼に,「こんなことは本当はしたくはないのだけれども…」と思いつつ無理な治療を進めざるをえないことも時に経験する.家族間や介護スタッフ間の意見の調整や,えてして深夜に起こる時間外の頻回対応,社会資源の絶対量の不足,一般の人々の理解不足などを前に,どうしても長期的戦略に欠ける対応が多くなっていく点など,私も反省するところが多い.

 「BPSDを診ていく」という本特集のタイトルは,BPSDの診療を患者の人生の時間軸におけるある一点において行うのではなく,地域社会の一員,家族の重要な一員という視点を失わず,BPSDを呈している患者さんやその家族,そしてその患者さんが住む地域に継続性をもってずっと関わっていこう,という姿勢を,私自身の診療に対する自戒の意味を込めて表現したつもりである.本特集の論文に共通するメッセージのひとつに,BPSDの診療では患者を中心に考えよう,という点がある.このように基本的なことが見えなくなるところが,BPSDの診療の難しさを表しているのかもしれない.

 とはいえ,それまでの家族の関係性の問題,一般社会の理解不足・無関心の問題,社会支援体制の欠如の問題など,問題は複合的であり,患者の視点を尊重しつつ継続して関わっていくには相当の努力を必要とする.本特集の論文のなかに,「目の前の認知症の本人は未来の私」という視点で診療にあたる,という提言がある(木之下論文p800).このような視点は,認知症の診療にかかわらず,どんな診療でもあてはまるすべての医療者が持つべき普遍的な愛の形なのかもしれない.このようなことを,あらためてここで書くことは,面映い気もするのであるが.