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JIM 2009年8月号(19巻8号)

日本における「マイクロ・プラクティス」の可能性

藤沼康樹(日本生協連医療部会家庭医療学開発センター)


医療機関の経営を考える場合に,単純だが,利益=収入-支出とすると,診療所の発展の方向性として,まず収入を増加させていくことが考えられる.そのためには,たとえば外来ベースの専門医療の拡大や在宅医療の拡大が考えられる.また来院患者数をどう増加させるかということを考えたりするだろう.

大規模グループ・プラクティスが主流の米国家庭医療では,たくさん患者をみて,回していくという「トレッドミル型医療」が主流となっており,本来の家庭医療のミッションであった患者医師関係や近接性が失われやすく,家庭医自身も疲弊していく状況があった.また,そうした医療を必死で実践しても米国の健康アウトカムはさして良くならず,GDPの13%を超えるような高騰する医療費は減ることもなかった.

そうしたなかでニューヨーク・ロチェスターの家庭医Gordon Mooreは,それまでの大規模グループ・プラクティスの勤務医生活をはなれ,2000年開業医生活に入ったが,その開業形態が注目を集めることになる1).彼は,一切スタッフをおかず,文字通りの「ソロ」プラクティスを始めたのである.そのコンセプトは,(1)経費を最小限にする(自分以外のスタッフを雇用しない),(2)患者と関わる時間を最大限にする,(3)経営的に成立する,(4)電子カルテなどのITを最大限活用する,であった.これをマイクロ・プラクティス(micro practice)と名付け,そのなかでアクセスしやすい地域のhealerとしての役割を最大限発揮することを目指したのである.かかりつけの患者数(patient panel)は減らすが,必要な時に必要なケアを受けられることを実現しようとした.

2002年の総括のなかで,彼はうまくいったところを4点挙げている.

・患者が受けたいケア,知りたい情報に関してはほぼ制限を設けずに済んだ.
・患者との関係は深いものになり,家庭医としての自分の記憶のなかによく留まるようになった.
・ケアの質はスタンダードなレベルを保つことができた.
・自分自身も含めて,診療所に関わる人々の満足度は非常に高かった.

重要なのは,こうした診療形態自体に価値を見いだせるタイプの医師でないと,このスタイルは楽しくないということであり,家庭医がマイクロ・プラクティスにもっとも向いているということである.

このマイクロ・プラクティスは,一日患者数が10人前後で経営的に成立していることなど,日本の医療システムのコンテキストに直接導入できるわけではないが,今後の日本の家庭医の診療形態を考えると非常に示唆的である.日本では高齢社会のなかで24時間対応の在宅ケアの推進がプライマリ・ケアの最重要ミッションとなっており,それを実現できるグループ診療が求められているが,マイクロ・プラクティスの形態もまた地域で求められている診療形態であろうことは間違いないと思う.

1)Moore G:Going solo-Making the leap. Fam Pract Manag 9(6):45-50, 2002.