Editorial

「痛み」診療の光に
片岡 仁美
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 地域医療人材育成講座教授・総合内科

 「ひとの痛みは100年我慢できてしまうからね(だからその分、医師は患者の痛みに向き合い、寄り添わないといけない)」という言葉は、研修医1年目の時に、指導医が呟いた言葉である。その言葉を、私は折に触れて思い出す。指導医は関節リウマチが専門で、多くの痛みの患者さんの診療を行っていた。「ひとの痛みを真に他人が感じることはできない。だから、患者さんが『痛い』という時には、すべてを受け止めなさい。CRPが高くない、関節が腫れていないなど、客観的所見が伴わないからといって、患者さんの「痛い」という訴えを軽んじてはいけない」という指導医の戒めは、その後医師として、目には見えないものである「痛み」に向き合う私自身の姿勢となった。

 しかし、患者さんの痛みに真摯に向き合ったとしても、痛みを訴える患者さんが真に求めるのは、寄り添いだけでなく、“痛みからの解放”である。特に慢性疼痛は診断がつきにくい、治療が奏功しにくい、といったものも多い。

 そんななか、NHKのTV番組「ドクターG」で、私は「背中が痛い(微小血管狭心症)」というテーマで出演したこともあり、その後、初診外来において、非常に多くの「痛み」の患者さんを診察することとなった。微小血管狭心症の方も多かったが、それ以外の慢性疼痛の患者さんも多く、私は一人ひとりの患者さんから、さまざまな痛みについて、深く学ばせていただいた。その病態を見極め、それぞれに見合う治療を選択することによって、痛みが劇的に改善することも経験し、もっと深く「痛み」診療を学びたいと感じるようになった。

 「痛み」診療は奥が深く、自分もまだまだ学びの途上ではあるが、総合診療の領域で慢性疼痛に取り組むための手がかりになるような1冊になればという思いで本特集を組み、それぞれの分野のエキスパートの先生にご執筆いただいた。

 総論では、『慢性痛のサイエンス』(医学書院、2018)を上梓された半場道子先生に、慢性疼痛をロジカルに理解するための内容を絞り込んで論じていただいた。お原稿を拝読し、スッキリと頭が整理されるのは、爽快なほどである。各論では、「痛み」という一見捉えにくいものを、誰もがピンとくる共通言語を用いることで、より「見える化」できるのではないかと考え、OPQRSTを当てはめていただいた。どの先生のご執筆も大変な力作揃いで、それぞれの先生方の「痛み」診療に対する深い知や、患者さんへの思いが詰まっており、どのページからも熱量を感じるような特集である。ご執筆の先生方に心より感謝したい。

 この1冊が、読者の先生方の「痛み」診療の道を照らす光になり、患者さんの希望の光に繋がれば、と願っている。