Editorial

“New Era”を妄想する
山中克郎
諏訪中央病院 総合内科

 日本年金機構から「ねんきん定期便」という葉書が届いた。これによると、私は65歳になると毎年200万円の年金が支給されるらしい。「こんなに貰えるんだ!」と嬉しくなった。隣の妻は怪訝な顔をしている。「月に16万円、どうやって2人で暮らすの?」。

 その日から、妻がとても優しくなった。「死ぬまで働かせるしかない」と思ったに違いない。

 首都圏では、これから津波のように高齢化が押し寄せ、急増する高齢者の救急治療に対応することが難しくなる。団塊世代が75歳を迎えた後の2030年には、毎日78,000人もの患者が車で60分以内の距離にある病院に入院できなくなると言われている1)。これからは地域で病気の高齢者を支える時代がやってくる。訪問看護や訪問診療が、もっと活発に行われるようになるであろう。このような時代では、専門医も自分の専門領域だけではなく、幅広い症状に対して診療をする、という姿勢が求められる。

 都会での医療が逼迫した状況になれば、子どもが小さい時は大自然のある田舎でのびのび育てようという若手医師、子育てが終わった後は田舎でおいしい野菜を食べてのんびり暮らしながら働こうというベテラン医師が出てくるだろう。インターネットが普及してきたので、田舎で暮らしていても最新医学情報の取得や買い物には困らない。

 今月の特集は「地域を診る医者」をどう育てるかに注目した。

 医師業務の29.2%はAI(人工知能)で代替できると分析されている2)。仕事の効率化は医療分野でも重要な課題だ。これからの新たな時代“New Era”では、どのような場所で、どう働くべきであろうか?

 20年前は祝日や深夜でも、患者さんのためなら病院に駆けつけることは普通のことであったが、それは医師たちの家族の犠牲のうえに成り立ってきた。現在の社会情勢において、若手医師にそれを求めるのは非現実的だ。もっと効率的に患者満足度を上げる働き方を追求していかなければならない。

 こんなことを妄想しながら、地元の温泉に入っている。露天風呂の外を眺めると、白樺のこずえが風になびき、木々の間から太陽の暖かな日差しが降り注いでいる。隣では農作業で真っ黒に日焼けしたおじさんが、黙想しながら湯に浸かっている。「何を考えているんだ、このオッサン」と、相手も考えているに違いない。

文献
 1)  座談会「地域医療に関わる内科医」.日本内科学会雑誌 106(4) : 764-785, 2017.
 2)  日本経済新聞:日経ビジュアルデータ「あなたの仕事はロボットに奪われますか?」https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/ft-ai-job/(2017年5月10日閲覧)