Editorial

地域における困難事例と医師
藤沼康樹
医療福祉生協連 家庭医療学開発センター

 2016年は、ひょんなことから、地域包括ケア関連の研究の一貫として実施された事例検討会に定期的に参加する機会を得た。その検討会は、首都圏で活動しているケアマネジャーたちが抱える難しい事例について、多職種で検討・アドバイスを試みるといったもので、僕は医師としてコメントするという立場だった。

 「こんな大変なケースがあるのか!」と驚くような複雑事例が、議論の俎上に乗っていた。参加している優秀な看護師、セラピスト、薬剤師、そしてケアマネジャーたちらのハッとさせられる経験・解釈やアドバイスには感銘を受けることが多々あり、「多職種連携実践」のお手本のようなコミュニケーションに、僕自身が励まされもしたのだった。

 僕が特に関心をもったことは、そして、それはなんとなく予想していたことでもあったのだが、事例を複雑にしている中心に「医師」がいる場合がけっこうあるということだった。それらには、次のようないくつかのパターンがあった。

●クライアントの健康問題が複数で、それぞれに担当医がいる場合。ポリファーマシーならぬ、“ポリドクター”の状態。

●現在の担当医が訪問診療を行っていないためか、在宅ケアへの移行をやんわりと引き伸ばしている。

●担当医が在宅医療に熱心で「この患者のことは、自分が一番わかっている」と信じており、看護師や介護職が自分の思うとおりに動かないと怒る。

●外来担当医が、ケアマネジャーとの面会を「何しに来たのか」という態度で嫌がる。

●ケアマネジャーによる情報提供(「最近よく転ぶ」「元気がない」などの漠然とした高齢者独特の症状・経過等)に対応できない。

●病院における外来単位が少なかったり、在宅診療をしていないために、「主治医意見書」を記載している病院医師にアクセスしにくい。

●在宅診療における症状に対応できず、熱が出たり食欲が落ちると、すぐ入院させてしまう。

●薬剤の副作用(抗認知症薬による興奮など)に気づかず、逆に処方薬がどんどん増えていく。

 総じて言えるのは、「患者ケアの目標」を多職種と共有できていない場合に困難事例になりやすいのだが、実際には医師以外は共有できている場合が多いということだ。医師だけが、地域基盤型ケアにおける価値や文化を共有できていない。つまり、「規範的統合」の障害要因に医師がなってしまっていることがけっこうあるのだ、ということを改めて再確認したのだった。

 ただし、この問題は、年齢的にはどちらかというと中年以降の医師に生じているという印象をもった。若い世代においては、近年の医学教育カリキュラムにおける地域医療実習必修化がフックとなって、「多職種連携」と「規範的統合」への道のりは見えてきていると思う。