Editorial
ひらめきと思考が織りなす感染症診断

忽那 賢志 志水 太郎
国立国際医療研究センター
国際感染症センター
東京城東病院 総合内科

 近年,感染症診断法の進歩はめざましく,PCR検査などの遺伝子検査や,イムノクロマトグラフィーを用いた迅速診断法の普及によって,確定診断できる感染症の種類は増え,また診断に要する時間も短くなってきています.たとえば,私たちが初期研修医の頃にはヒトメタニューモウイルスなどというウイルスは聞いたこともなかったのですが,現在は迅速診断キットで容易に診断することができます.このように,感染症の診断において現代は,一昔前よりも非常に恵まれた診断環境にあります.しかし,ご存知のとおり,感染症の診断は,決して「とりあえず検査をすればいい」というものではありません.

 感染症の診断で最も重要であるのは感染臓器・病原微生物を突き詰めることですが,これは本来,問診と身体診察によって可能なかぎり検査前確率を高めることによってなされるべきです.言い換えれば,感染症の技術がどれだけ進歩しようと,問診と身体診察の重要性は決して軽んじられるべきものではないということです.

 近年,わが国でも問診・身体診察の重要性が見直されてきていることは,読者のみなさまも感じていらっしゃることと思います.先人たちの教育的功績から,感染症診療においてもこの10年で,“診療文化”が(たとえ局地的であっても)大きく様変わりしている現場もみられるようになってきました.問診・身体診察で病状を精緻に評価し,「CRPが高いからメロペネム始めといて!」「熱が下がらないからフルコナゾールを足そう!」という医療からは,脱却しつつあります.市中でよくみられるような腎盂腎炎などの細菌感染症では,多くの医療機関ではしっかりと感染臓器や病原微生物を突き詰めたうえで,治療が行われるようになっているのではないでしょうか.

 しかし感染症は,必ずしもこのような単一の臓器だけに症状が現れるものにかぎりません.たとえば,熱が出て咽喉が痛いのと同時に下痢も止まらない,さらには体中にブツブツが出ている,といった複数の臓器にわたって症状が現れる感染症もあります(この例は急性HIV感染症です).こういった一見複雑な症状を呈する感染症の診断は,決して容易ではありませんが,丁寧な問診や身体診察によって絞り込むことが可能です.また,それが感染症診断の醍醐味でもあります.このような,症候からの徹底した臨床推論によって診断を突き詰めるアプローチも,近年の総合診療では大きな流れの1つになっています.

 さて,そういった流れのなか,2014年8月号(24巻8号)の『JIM』で特集「感染症を病歴と診察だけで診断する!」という企画をお送りいたしましたが,おかげさまで多方面からご好評をいただき,今回Part 2の特集をさせていただく運びとなりました.前回と同じく,忽那と志水2人の合同企画という形でお送りいたします.例によって,System 1とSystem 2の2つのアプローチから感染症の診断について解説しています.感染症も一筋縄ではいかないものばかりを取り上げていますが,それらを「問診」と「身体診察」によって解きほぐしていく執筆陣による“匠の技”をご堪能いただけましたら幸いです.