巻頭言
特集医師の働き方改革

 今,「働き方改革」が大きな社会的課題となっている.医師の働き方もその例外ではない.わが国の医療供給体制は,人口・社会経済の構造的な変化のスピードに十分に対応しきれておらず,医療現場では,過重労働や超過勤務が恒常化し,現場従事者の負担に過度に依存して成り立っているからだ.

 厚生労働省では,2017年4月に「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」(以下,ビジョン検討会)による提言書が公表された.そして,同年8月からは「医師の働き方改革に関する検討会」が始まったところである.医師については,医師法に基づく応召義務などの特殊性を踏まえた対応が必要であり,時間外労働規制の対象とする一方,改正法の施行期日の5年後を目途に規制を適用することとされている.そのために,2年後を目途に規制の具体的な在り方,労働時間の短縮策などについて検討し結論を得るための具体的プロセスが始まった.

 働き方改革においては,ともすると時間外労働規制などに議論が集中することが多い.しかし,それはあくまでも改革の結果であり目的ではない.また,医師側からは,医師の数が足りない中で労働時間の短縮は困難であり,働き方改革は医療の崩壊につながるといった声も聞く.だからこそ,改革の本丸は,柔軟な働き方,地域におけるリソースの最適化,タスクシフティングやテクノロジーの活用などによる徹底的な生産性向上のはずだ.そして,その生産性向上の利益を医療従事者全員で分かち合うべきであろう.それができなければ,世界に冠たるわが国の医療は,それこそブラック企業化し崩壊への道を辿るであろう.

 ビジョン検討会報告書では,筆者らは以下のように書いた.「日本の医療をより一層効率的で質の高いものとし,安心・安全かつ国民への価値を最大限生み出すことのできる構造,すなわち『高生産性・高付加価値』構造に転換していくためには,これまで守られてきた価値観や規範を大事にしながらも,新たな時代にふさわしい,柔軟かつ進歩的な施策や制度設計,そして現場の経営努力を進めるためのパラダイムの転換が求められる.」すなわち,従来からの発想や手法を踏襲するのみならず,新たな時代にふさわしい医療提供体制の構築に向けた道筋を描き出す必要がある.「働き方改革」は,今後の医療のあり方そのものである.そして,「働き方改革」は「我が国の保健医療システムが,より一層価値のある患者中心の医療を提供し続けると同時に,医療従事者がその社会的価値の高いキャリアを追求しながら,自らの生き方と時間を取り戻すことにつながるもの」(ビジョン検討会報告書)でなければならないはずだ.本特集がそのための一助となることを期待する.

東京大学医学系研究科国際保健政策学教授渋谷 健司