巻頭言
特集 新時代に備える病院のあり方

 2016年は激動の年であった.英国のEU離脱や米国の大統領選挙結果は,「何が起こるかわからない」という衝撃をもたらした.不確定な要素の大きい時代に求められる態度は,いたずらに不安を煽ることではなく,また,根拠のない楽観論を振りかざすことでもない.

 2017年は診療報酬・介護報酬のダブル改定に向けた議論,医師の需給や偏在対策,支払基金改革など多くの重要案件が並行して進む年になるだろう.もちろん,こうした短期的な制度変更に対応することは必要である.しかし,パッチワーク的な制度改正による部分最適を繰り返してきた日本の社会保障制度は,長期的な視点に基づく変革が必要であり,単なる負担増と給付削減による現行制度の維持ではなく,価値・ビジョンを共有し,保健医療を再構築する時期に来ている.

 2020年に達成を目指す財政健全化に伴う医療費の伸びの抑制,2025年に向けた地域包括ケアシステム構築に伴う地域主体の予防・医療・介護のシームレスな展開を軸に進められる地域医療計画,さらにその先を見据えた「保健医療2035」提言書も示された.天野氏は,対談で「ほかの病院や診療所,介護,民間団体やNPOも含む地域の医療資源との連携が重要なのですが,まだまだ多くの病院はそこに目が向いていない」と指摘する.つまり,医療機関や現場の専門職のがんばりに依存する時代は終わりつつあり,「ひとりひとりの力」を引き出し,開花させるための準備が始まっている.別の見方をすれば,イノベーションの好機である.その代表例がAIやIoTに代表されるテクノロジーであろう.『ライフ・シフト——100年時代の人生戦略』(東洋経済新報社)の著者リンダ・グラットン氏(ロンドン・ビジネススクール教授)は,テクノロジーをキーワードに挙げつつ,それだけでは解決できないスキルが3つあると言う.(1)直感や創造性,(2)対人関係や適応を求められる能力,(3)複雑な協働である.これらのヒューマンスキルこそが,医療の現場でますます大切になるのではないだろうか.

 激動を予感させる2017年の年始を飾る本特集は,保健医療の将来像と病院のあり方をさまざまな立場から論考し議論を惹起することを目的とした.本特集は予言書でもなく,空想小説でもない.まさに今後の医療の羅針盤として,繰り返しやってくる大小の波を乗り越えていくために私たちが何をすべきかという方向性を示す1冊である.

東京大学医学系研究科国際保健政策学渋谷 健司