巻頭言

[特集] 里山資本主義と地域医療

 地域医療の現場を訪問する中で,地方において医師不足が深刻である一方,素晴らしい医療を行っている医療者も少なくないことから,もっと地方での医療の面白さが伝わらないかとかねがね感じていた.そのような中,同じ問題意識を有する1冊の本と出合った.

 藻谷浩介・NHK広島取材班『里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く』(角川書店).30万部を超えるベストセラーになっている.同書は,お金が一番大事だという「マネー資本主義」を至上とする考え方に疑問を呈し,中国地方のお金に換算できない里山の資源を活かす生活を紹介.お金に依存しないサブシステムを再構築する「里山資本主義」を提案する.

 里山資本主義は,人と人とが「つながること」で,地域に眠っていたものに新たな価値が生まれることを重視する.人と人とが里山の資源を大切に使い,融通し合うことで,持続可能で豊かな生活が実現する.新自由主義的な,お金で物事を全て測る自由競争至上の考え方は,個人が分断され,無限の欲望,無限の消費を生みやすい.そのような世界では強者は欲望を満たすことができるが,弱者は生きていくことができない.医療について考えるなら,自由な競争,無限の消費は,たちまち医療資源の枯渇を招くことになる.国民の財産である国民皆保険制度も,国民が高齢化する中で,皆で医療を大事に使わなければ医療保険制度が持たない時代になっている.

 今後,超高齢化社会に直面する地域の医療・福祉は,限られた人材や財源を上手くやりくりしなければ持続可能なサービス提供をすることは困難である.さまざまな地域資源を活用する「里山資本主義」の考え方から学ぶことも多いと考える.

 そこで,本企画では,藻谷氏と福井県高浜町で「たかはまモデル」と呼ばれる医療・行政・住民の協働による地域づくりを実践している井階友貴医師をお招きし,鼎談を行った.また,「コミュニティ」をキーワードに住民とこれからの医療についてともに考えていく重要性について,広井良典・秋山美紀の両氏にご執筆いただいた.さらに,先進的な取り組みとして成果を挙げている「魚沼地域医療学校」「るもいコホートピア構想」「三方よし研究会」「幸手モデル」をそれぞれご紹介いただいた.読者の方々の地域の取り組みのご参考になれば幸いである.

伊関 友伸
城西大学経営学部教授