書評  あしたのアルツハイマー病治療

6907表紙 医学書院の『BRAIN and NERVE』誌69巻7号で標記の増大特集号が発刊された。20項目168頁に及ぶアルツハイマー病治療研究の現状と将来への展望が細大漏らさずまとめられている。ここで言う治療とは病態修飾治療のことである。全体の構成は、第1項目の序に続き、第2~6項目ではさまざまな臨床研究とそれを支える支援組織、第7~11項目では臨床研究の前提となるレジストリやコホート研究、第12~17項目では、臨床評価尺度、画像・脳脊髄液・血液・遺伝子のバイオマーカー、第18~20項目では臨床研究を支えるバイオインフォマティクスと統計学となっており、編集担当の森啓教授の「一分の隙もない網羅的な議論を集める」という方針が十分に達成されていると思われる。この領域も英米が先行しており、わが国の研究もそれらと連携する形で進められていることから、それぞれの項目では必要に応じて海外の状況が紹介されており、世界の現状も理解することができる。

 また、各項目の執筆者は皆当該研究の研究代表者あるいは分担者であり、まさにわが国の第一人者の方々が一堂に会した観がある。現在望み得る最高の陣容で、それぞれの研究がわかりやすく解説されている。アミロイドβ蛋白に対する抗体治療で脳内のアミロイドβ蛋白が減少することを目の当たりにした衝撃、そしてそのような治療をしても認知機能はよくならないという落胆、落胆を乗り越えるべく示された認知症状が始まる前に治療しようという方針などが、うまく解説されている。そして発症前治療を確立するためには、健常人も含めたレジストリを準備して、高品質の臨床研究を行う必要があり、しっかりした研究支援体制の重要性が強調されている。

 現時点では、これ以上の特集は望み得ないと思われる充実した内容であるが、近い将来のブレイクスルーに応じて次のチャンスにお願いしたいことを1、2挙げてみたい。まず、前述の臨床研究、レジストリ、バイオマーカー、バイオインフォマティクスなどそれぞれの研究体制が複雑であり、個々の総説は理解できても、それらの相互関係や全体像はなかなか理解しにくい。この全体を俯瞰したオーバービューのようなものがあると一般読者には親切かもしれない。もう1点は、今後への期待である。今回は、病態修飾薬を開発するという前提での特集であるが、アルツハイマー病の病変は高齢者になればほとんど必発であり、その治療とは究極的には老化の制御とも言えるが、何をどこまで目指すのかという議論が必要のように思われる。なぜなら、それによって人々はアルツハイマー病を恐れ、忌み嫌い、嘆いたり、誰にでも起こり得ることと受け入れられたりと、その気持ちを大きく左右してしまうからである。われわれの目標はアルツハイマー病を根絶することなのか、共生していくのがよいのか、寿命の制御との関連など、きちんと正しい情報をわかりやすく伝える必要があると思われる。その意味で、当事者である認知症症状を持つ方々の思いを伝える項目があってもよいと思われる。

 本特集は認知症に関係する神経内科、精神科、老年科のみならず内科、脳神経外科など多くの領域の医師、看護師、介護士、福祉士など、関連する多職種の方々にとって、座右とすべき優れた特集と言える。本特集が、日本の認知症の臨床研究の推進に大きく貢献することを確信する次第である。

国立精神・神経医療研究センター 理事長・総長水澤 英洋

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