書評  ブロードマン領野の現在地

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 このたびは『BRAIN and NERVE』誌の増大特集において「ブロードマン領野の現在地」というテーマが取り上げられた.これは昭和大学医学部で長年教鞭をとられ,高次脳機能を専門とされ,さらに神経学の古典に詳しい河村 満現奥沢病院名誉院長の発案になる特集である.河村先生は,高次脳機能の分野で次々に新しい業績を発表なさるだけでなく,神経学の古典の知識についても一流で,昔のモノグラフ,教科書などを広く持っておいでになる.それだけでなく,オーボエも名手で,オーケストラに所属しておられる.1人でよくこれだけのことができると感心して拝見している次第である.

 この河村先生が企画された特集であるから読み応えのある特集であるに違いないと思って頁をめくると正に先生ならではの特集であった.最初に本特集のイントロダクションとしてブロードマンの人となり,生い立ち,脳地図をめぐる種々の問題などを河村先生ご自身が解説しておられる.その記述は詳しく,正確である.また先生はブロードマンの脳地図を,インフォグラフィクスの1つとして捉えているが,これは実にユニークな発想である.インフォグラフィクスは情報,データ,知識を視覚的に表現したもので,標識,広告,地図,報道,教育,学術発表などで広く用いられ,わかりやすく大勢の人に広報できる特徴を持っている.脳という複雑な構造物をわかりやすく伝えるという点ではまさにインフォグラフィクスである.さらにブロードマンの数字による脳地図,エコノモによる脳地図の記号,中心後回中間部などの解剖名を対比した表は研究者,臨床家の役に立つことであろう.

 ブロードマンは,1868年に生まれ,医師・研究者として偉大な足跡を残すが,1909年にその有名な脳地図をモノグラフで発表している.1901年から研究を開始し,9つの論文を書いている.この間の経緯は先生の解説で詳しく述べられている.ブロードマンは,大脳皮質の層構造に基づいて分類した.例えば第V層の神経細胞が発達している領域は4野とか,第IV層の神経細胞が発達している領域は17野とかである.このように層構造からの分類ではあるが,神経細胞の特徴に基づいているので機能的分類とよく一致することが紹介されている.ブロードマンは,脳全体を52の領野に分けているが,何故52なのかについても面白い記事がある.またブロードマンは52に分けたが,12~16野,48~51野が欠損していることも紹介されている.最後には,先生がブロ-ドマンの生家を訪れた記事が載っている.彼の生家が博物館となり,ブロードマンの勤めた病院の写真などが飾られていることが紹介されている.

 イントロダクションに続く17の項目では,動作制御,注意,学習,記憶,情動,味覚,社会性,視覚野,ウェルニッケ野,辺縁葉,海馬などなど現在話題になっていることが,第一線の研究者により発表されている.各項目の最初の頁にはブロードマンの脳地図が描かれ,これから解説する領野が色とりどりに塗られ明示されている.なお100年経っても彼の脳地図は古びない.このことを先生は広く知らしめたかったのではないかと思われる.ベッツ細胞がいつ発見されたとか,機能的分類がいつ始まったとか,この時代に活躍した他の神経学者など知りたいことはまだまだある.次の機会にブロードマンの脳地図が現在に生きる過程を解説いただきたいと思っている.