医学書院

検索
HOME書籍・電子メディア > 書籍詳細

≪シリーズ ケアをひらく≫

中動態の世界

意志と責任の考古学
(品切中)

著:國分 功一郎

  • 判型 A5
  • 頁 344
  • 発行 2017年04月
  • 定価 2,160円 (本体2,000円+税8%)
  • ISBN978-4-260-03157-8
失われた「態」を求めて-《する》と《される》の外側へ
自傷患者は言った。「切ったのか、切らされたのかわからない。気づいたら切れていた」依存症当事者はため息をついた。「世間の人とはしゃべっている言葉が違うのよね」――当事者の切実な思いはなぜうまく語れないのか?語る言葉がないのか?それ以前に、私たちの思考を条件づけている「文法」の問題なのか?若き哲学者による《する》と《される》の外側の世界への旅はこうして始まった。ケア論に新たな地平を切り開く画期的論考。
序 文
プロローグ-ある対話

-ちょっと寂しい。それぐらいの人間関係を続けられるのが大切って言ってましたよね。
「そうそう、でも、私たちってそもそも自分がすごく寂しいんだってことも分かってないのね」

-ああ、それはちょっと分かるかもしれないです。
「だから健康な人と出会うと、寂...
プロローグ-ある対話

-ちょっと寂しい。それぐらいの人間関係を続けられるのが大切って言ってましたよね。
「そうそう、でも、私たちってそもそも自分がすごく寂しいんだってことも分かってないのね」

-ああ、それはちょっと分かるかもしれないです。
「だから健康な人と出会うと、寂しいって感じちゃう」

-それは「この人は自分とは違う……」って感じるということですか?
「そういうのもあるかもしれないけど、人とのほどよい距離に耐えられない」

-多かれ少なかれ、そういう気持ちは誰にでもあるような気もしますけど。
「でも、私たちの場合、人との安全な距離というのがよく分かってない。だから、たとえば相手から聞かれれば、実家の住所から電話番号、携帯のアドレスも全部教えちゃう」

-自分でうまく相手を選べない、と。
「というか、そもそも人間関係を選んでいいなんて知らないんです」

-ああ。
「ちょっと親しくなると、『全部分かってほしい』ってなる。相手と自分がピッタリ重なりあって、〈二個で一つ〉の関係になろうとしてしまう。自分以外は見ないでほしい。自分以外としゃべってほしくない。そういうふうに思っちゃうわけ」

-その相手に一〇〇パーセント依存しようとするというか……。
「だから私が話を聞いて『大変だったね』って言うよね。そうすると次のときにクスリを使ってきたりする。『こんなでも受け入れてくれる?』って彼女たちはそう思ってしまう」

-それは分からないことはないけど、うまく想像ができない感じもあります。いちおう理解できるけれど、目の前で本当にそれをやられたらショックというか、自分はうまく対応できない気がする。
「そう、援助する人も傷つくんだよね」

-そういう話を聞くと、どうしても「しっかりとした自己を確立することが大切だ」と思ってしまう自分がいるんですが……。
「まあ私たちっていつも、『無責任だ』『甘えるな』『アルコールもクスリも自分の意志でやめられないのか』って言われてるからね」

-そういう言葉についてはどう思いますか?
「アルコール依存症、薬物依存症は本人の意志や、やる気ではどうにもできない病気なんだってことが日本では理解されてないからね」

-そういう言葉を発したくなるという気持ちは正直分かるんですよね。病気だってことは知ってます。でも、やっぱりまずは自分で「絶対にもうやらないぞ」と思うことが出発点じゃないのかって思ってしまう。
「むしろそう思うとダメなのね」

-そうなんですか。
「しっかりとした意志をもって、努力して、『もう二度とクスリはやらないようにする』って思ってるとやめられない」

-そこがとても理解が難しいです。アルコールをやめる、クスリをやめるというのは、やはり自分がそれをやめるってことだから、やめようって思わないとダメなんじゃないですか?
「本人がやめたいって気持ちをもつことは大切だけど、たとえば、刑務所なんかの講習会とかに呼ばれるじゃない? クスリで捕まった女性の前で話すんだけど、話が終わった後で、刑務官の女の人が『みなさん、分かりましたか。一生懸命に努力すれば薬やアルコールはやめられます。あなたたちもしっかり努力しなさい』なんてまとめをされて、『ああ、私が一時間話したことは何だったの』とかなる」

-僕の友人でも、「回復とは回復し続けること」って言葉の意味が全然分からなかったという人がいるんですよ。彼は「ずうっと毎日、回復の努力をし続けなければならないなんて大変だなぁ」って思っていたと言う。
「こうやって話していると何となく分かってくるんだけど、しゃべってる言葉が違うのよね」

-と、言いますと?
「いろいろがんばって説明しても、ことごとく、そういう意味じゃないって意味で理解されてしまう」

-ああ、たしかにいまは日本語で話をしているわけだけれど、実はまったく別の意味体系が衝突している、と。僕なんかはその二つの狭間にいるという感じかな。
「そうやって理解しようとしてくれる人は、時間はかかっても分かってくれる。けれども、まったく別の言葉を話していて、理解する気もない人に分かってもらうのは本当に大変なのよね……」

-僕なんかはお話をうかがっていると、むしろふだん見ないようにしている自分が見えてくる感じがしますけどね。だから、別世界の話とは思えない。けれどもそれが別世界の話じゃないと理解するのを妨げる何かがあって、僕のなかにもその何かがまだ作用している気がする。
「やっぱり言葉だと思う」

-そうですね。この相容れない二つの言葉って何なんでしょうね……。
目 次
プロローグ-ある対話

第1章 能動と受動をめぐる諸問題
 1 「私が何ごとかをなす」とはどういうことか
 2 「私が歩く」と「私のもとで歩行が実現されている」は何が違うのか
 3 意志と責任は突然現れる
 4 太陽がどうしても近くにあるように感じられる-スピノザ
 5 文法の世界へ

第2章 中動態という古名
 1 「中動」という名称の問題
 2 アリストテレス『カテゴリー論』における中動態
 3 ストア派文法理論における中動態
 4 文法の起源としてのトラクス『文法の技法』
 5 エネルゲイアとパトスをめぐる翻訳の問題
 6 パトスは「私は打たれる」だけではない
 7 メソテースをめぐる翻訳の問題-四つの例
 8 奇妙な起源

第3章 中動態の意味論
 1 中動態に注目する諸研究-第三項という神秘化
 2 中動態の一般的定義-なぜ奇妙な説明になるのか?
 3 中動態を定義するために超越論的であること
 4 バンヴェニストによる中動態の定義
 5 中動態の一般的な定義との関係
 6 受動態、能動態との関係
 7 「中動態」という古名を使い続けること

第4章 言語と思考
 1 ギリシア世界に意志の概念はなかった
 2 ある論争から
 3 『カテゴリー論』読解への貢献-デリダの批判(a)に対して
 4 思考の可能性の条件としての言語-デリダの批判(b)に対して
 5 哲学と言語-デリダの批判(c)に対して

第5章 意志と選択
 1 アレントの意志論
 2 アリストテレスの「プロアイレシス」
 3 プロアイレシスは意志ではない
 4 意志と選択の違いとは何か?
 5 意志をめぐるアレントの不可解な選択
 6 カツアゲの問題
 7 「する」と「させる」の境界
 8 権力関係における「能動性」
 9 アレントと一致の問題
 10 非自発的同意の概念
 11 アレントにおける政治、意志、自発性

第6章 言語の歴史
 1 動詞は遅れて生じた
 2 動詞の起源としての非人称構文
 3 中動態の抵抗と新表現の開発
 4 出来事の描写から行為の帰属へ
 5 日本語と中動態
 6 自動詞と受動態
 7 「自然の勢い」としての中動態
 8 中動態をめぐる憶測
 9 抑圧されたものの回帰

第7章 中動態、放下、出来事-ハイデッガー、ドゥルーズ
 1 ハイデッガーと意志
 2 ハイデッガーの意志批判
 3 「放下 Gelassenheit」
 4 ドゥルーズ『意味の論理学』-その古典的問題設定
 5 出来事の言語、動詞的哲学
 6 動詞は名詞に先行するか?

第8章 中動態と自由の哲学-スピノザ
 1 スピノザの書いた文法書『ヘブライ語文法綱要』
 2 動詞の七つめの形態-文法論
 3 内在原因、表現、中動態-存在論(1)
 4 変状の二つの地位-存在論(2)
 5 変状の中動態的プロセス-倫理学(1)
 6 スピノザにおける能動と受動-倫理学(2)
 7 能動と受動の度合い-倫理学(3)
 8 自由について

第9章 ビリーたちの物語
 1 メルヴィルの遺作
 2 キリスト、アダム
 3 ねたみの謎
 4 歴史
 5 彼らはいったい誰なのか?
 6 中動態の世界に生きる


あとがき