不安障害診療のすべて

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強迫性障害やPTSD、パニック障害などの総称である不安障害について、歴史や患者のパーソナリティ傾向といった総論的内容から、個別の疾患に対する診断・治療、児童や高齢者の不安障害への対応などの実践的内容まで幅広く紹介。今年発表される予定の診断基準・DSM-5に盛り込まれる最新の診断カテゴリーについても解説しており、まさに不安障害の全てを盛り込んだ1冊となっている。 シリーズセットのご案内 ●≪精神科臨床エキスパート≫ シリーズセット II 本書を含む3巻のセットです。  セット定価:本体16,400円+税 ISBN978-4-260-01858-6 ご注文ページ
シリーズ 精神科臨床エキスパート
シリーズ編集 野村 総一郎 / 中村 純 / 青木 省三 / 朝田 隆 / 水野 雅文
編集 塩入 俊樹 / 松永 寿人
発行 2013年05月判型:B5頁:308
ISBN 978-4-260-01798-5
定価 7,040円 (本体6,400円+税)

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 iPS細胞が大いに注目されるなど,昨今の医学の発展は目覚ましい.このなかで,がんをはじめさまざまな身体疾患に対する診断や治療といった医療技術は,日々進歩している.きっと多くの人々が,その恩恵を受けることができよう.
 しかし残念ながら,それにより,さらなる幸せや健康的生活の実現が保障されるわけではない.われわれが生きるこの時代は,「こころの時代」あるいは「不安の時代」とも呼ばれるように,さまざまなストレスや先の見えない不安定要因に満ちている.老いや病,死や喪失といった本能的な恐怖に加え,PM2.5や黄砂,地球温暖化といった環境問題,少子化や高齢化の影響,雇用不安や格差社会を背景とした犯罪の増加など,政治・経済も不透明で,5年,10年後の予測も容易ではない.さらに,東日本大震災に代表される未曾有の大災害とその後の長期的人災である福島の放射能汚染問題が,現在を生きるわれわれだけでなく,今後生まれてくるわれわれの子孫すべての肩に重くのしかかっている.
 一方で,社会構造は急激に変貌し,人と人,あるいは社会とのつながりは希薄となって孤立し,わが国の伝統的なサポートシステムは弱体化してしまっている.実社会での生きにくさは,ギャンブルやアルコールなどの嗜癖行動,あるいはネット社会やゲームといったバーチャルリアリティなどに人々を追い込み,生活や価値観,対人関係スタイルなどの多様化を生み,その全貌の把握や「正常」「異常」の判断すら難しい.このように急速に変容し複雑化していく現代社会において,われわれの多くは,その精神に本能的な不安や脅威を含有・共有し,さまざまなストレスに曝され,これらに何とか耐え忍びながら,日々を暮らしている.昨今のうつ病患者や自殺者の急増が物語るように,厳しい時勢のなかで,疲れ果て,余裕や夢をなくし,絶望にまで至ってしまっている人も少なくないであろう.
 そしてこの「不安の時代」を生きるなかで発病した患者の多くは,しばしば身体症状がまず顕在化するために,心を診るわれわれ精神科医ではなく,一般科医を初診する.昨今の全人的医療では,疾患の病理・病態の背景に潜む社会的・環境的要因,あるいは認知など個々の心理的要因にも十分配慮した,正確な分析や判断,そして適切な治療選択が求められている.したがって,医療全般におけるわれわれの役割はますます重要となろう.「すべきことは何か」「何ができるのか」を日々自問自答しながら臨床を続けていく強い信念が必要である.
 確かに,これらは決して容易なものではない.しかし少なくともわれわれは,疾患としての不安の病像や病態を十分に理解して,正確に診断し提供しうる治療やサポートの質を上げていく努力をすべきであろう.この点,本書は,現在不安障害診療の第一線で活躍しておられるエキスパートの先生方のご尽力により実現したものであり,不安の病気についての最新で正確な理解を深め,的確な治療の指針を示すことを目的としている.本書が,不安,あるいはそれにかかわる疾患を対象とした医療を実践する者,それを学んでいる者など,多くの医療従事者にとって信頼に値するガイド,心強いサポーターとなり,また不安障害に興味をもち適切に対応できる医療者を増すこととなれば,これ以上の喜びはない.

 2013年5月
 編集 松永寿人 塩入俊樹

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第1部 総論
 第1章 不安障害の歴史
  不安障害の歴史
 第2章 不安のバイオロジー
  恐怖の神経回路
  SSRIの作用機序と恐怖の神経回路
  不安障害の画像研究の進歩
 第3章 パーソナリティ論
  ディメンジョナル
  カテゴリー分類
  不安障害ごとのパーソナリティとの関連
  さいごに,パラダイムチェンジ
 第4章 薬物療法総論
  新規抗うつ薬(SSRI,SNRI)
  三環系抗うつ薬(TCA)
  ベンゾジアゼピン(BZD)系抗不安薬
  抗てんかん薬
  第2世代抗精神病薬
  その他の薬物
 第5章 認知行動療法の実際
  認知行動療法とは何か
  不安障害の認知行動療法のエビデンス(うつ病との比較)
  アセスメントとセッション
  セッションの構造
  formulation-driven CBTのプロトコル例
  段階的曝露療法

第2部 疾患各論
 第1章 強迫性障害
  疾患概念と疫学
  病態
  診断と臨床像
  コモビディティ
  治療
  転帰と予後,難治例の治療
  今何が課題で,今後何が必要か
 第2章 心的外傷後ストレス障害(PTSD)
  疾患概念と疫学
  病態の生物学的側面と心理社会的側面
  診断
  コモビディティ
  治療:薬物療法と精神療法
  転帰:予後
  難治例の治療-治療での一工夫
 第3章 パニック障害
  疾病概念と病態
  パニック障害の脳内機構
  症状と診断
  コモビディティ
  治療
  転帰・予後
  難治例の治療-治療での一工夫
  人がパニック障害を患う意味とは?
 第4章 全般性不安障害(GAD)
  概念と変遷
  中心症状
  疫学
  性差
  発症年齢/年代差
  経過・転帰・受診行動・診断率
  診断補助ツール
  コモビディティ
  全般性不安障害を診断することに対する肯定的な意見
  薬物療法
  認知行動療法
  症例提示
  まとめ
 第5章 社交不安障害(SAD)
  疾患概念
  疫学
  わが国における対人恐怖
  社交不安障害と対人恐怖
  診断
  コモビディティ
  鑑別診断
  病態
  治療
  臨床症状評価
  治療困難例への対応
  社交不安障害のこれから
 第6章 特定の恐怖症
  疾患概念・疫学
  病因・病態
  診断・鑑別診断
  コモビディティ
  治療
  治療の展望と課題

第3部 臨床上のトピックス
 第1章 薬物療法におけるアクチベーション・離脱・依存
  BZDの離脱症状と依存
  アクチベーション症候群とSSRIの離脱症状
 第2章 強迫およびその関連障害-強迫スペクトラム障害(OCSD)を中心に
  OCSDの概略
  OCSDの生物学的基盤
  OCSDの多様性と概念の再構築
  OCSDからOCRDへ-DSM-5を巡る混乱
  まとめ
 第3章 PTSDの概念とDSM-5に向けて
  歴史的先駆概念
  DSM-5ドラフトでのPTSD診断
  診断と治療への影響
  DSM-5におけるPTSD診断カテゴリーの総括
 第4章 子どもの不安障害
  分離不安障害の診断
  分離不安障害の臨床的特徴
  症例提示
  分離不安障害の治療
 第5章 老年期の不安障害
  疫学
  鑑別診断のポイント
  高齢者における不安障害の治療
  予後
  日常の診療にあたって

索引

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個々の類型できめ細かく説明された良書
書評者: 上島 国利 (国際医療福祉大教授・精神医学)
 1980年に発表されたDSM-IIIでは,neuroticという用語は残ったが,“神経症”という概念はなくなった。DSM-IIIをまとめたSpitzerによれば理論が先行する精神分析の思想を避け,記述的な言葉だけで表現したためという。一方当時から,神経症の発症には脳内の神経化学的変化が関与するとする生物学的な考え方が台頭し,神経症という概念から離れて個々の症状をとらえて分類したほうがその治療も適切に行えるという方向へ向かった。

 神経症圏の疾患は,「不安障害」「身体表現性障害」「解離性障害」にそれぞれ分類されたのである。その後約30年が経過したが,この間の変遷を1967年に医学書院から出版された単行本『神経症』(井村恒郎,ほか)と本書,すなわち『不安障害診療のすべて』を比較することにより,この領域の学問の進歩と現代の到達点,課題を明らかにすることができる。

 『神経症』は歴史的展望,成因(社会的背景,身体因,遺伝,心因・性格因の総論)が詳細に記載されているが,本書では総論の部分は比較的簡潔であり,個々の類型できめ細かく説明されている。しかし,従来神経症で重視されたある体験(心因)により発症し心理的に固定した心身の機能的な障害といった観点での記載ではない。

 『神経症』の類型には,不安神経症,心気症,ヒステリー,恐怖反応,強迫反応があげられている。一方,本書の疾患各論では強迫性障害,PTSD,パニック障害,GAD(全般性不安障害),SAD(社交不安障害),特定の恐怖症に分類されている。純粋に不安が前景を占めまたその成因に生物学的過程が関与している疾患について議論を展開している。

 なお強迫性障害は,2013年5月に発表されたDSM-5では他の不安障害から分類され,強迫スペクトラム障害(OCSD)とされた。

 不安障害の治療については,薬物療法が主体となり,特にSSRIがそれぞれの疾患に効果的であり保険適用にもなっている。その発効機序に関しては,まだ解明されていない部分があるためか,紹介が比較的控え目である。一方,認知行動療法は昨今さまざまな精神疾患に対する効果が評価され施行される機会が増しているが,本書では,実際に臨床現場で行えるような解説がなされている。各不安障害に有効なことはエビデンスをもって示されており,さらなる発展が期待されている。

 本書は編集の塩入俊樹,松永寿人両教授をはじめ各分担執筆者も新進気鋭の研究者および臨床家であるので,最近の話題の提供から,問題点および今後の課題についてまで的確な指摘がなされている。普遍的だが病的に変質して多彩にして複雑な様相を呈する不安の根源は何か,現代人は何に悩むのか,不安障害を通じての臨床実践から何が示唆されるのか,それらの回答を得るために格好の良書である。
不安障害に関する知識のアップデートに最適
書評者: 村井 俊哉 (京都大学医学研究科教授・精神医学)
 本書は,「精神科臨床エキスパートシリーズ」の一冊である。私自身,このシリーズの本を読むのは『多様化したうつ病をどう診るか』以来で2冊目となる。『多様化したうつ病をどう診るか』のほうは,「私の臨床観」を全面に打ち出した本だったので,今回も同様のスタイルを予想して読み進めたが,本書のスタイルは大きく異なっていた。このシリーズは,各巻の編者の裁量権が大きいのか,それぞれのカラーが出ているところがよいと思ったが,本書は,編集の先生方の誠実な人柄を反映してか,それぞれの不安障害について,概念・疫学・診断・病態・治療に至るまでの「すべて」が非常にバランスよく紹介されていた。各章の執筆者は,それぞれが日本における当該分野の第一人者であり,そういう意味でも,本書は数ある類書の中での決定版の位置づけにあると感じた。

 精神科医療の対象がますます拡大し,一人の精神科医が精神医学のすべての領域を把握することが困難になった現代でも,「不安障害は私の専門外なので診断や治療は苦手です」と言う精神科医はほとんどいないと思う。このことは,広汎性発達障害,アディクション,器質性精神障害,摂食障害などとは対照的である。各章の疫学の項でも示されているように,不安障害の有病率は非常に高く,またその他の精神障害の併存率も高い。不安はほとんどの精神医学的病態の基礎にある症状であり,精神科医にとっては,不安障害についてよく知っていることは当たり前のことなのである。ただしそこには落とし穴がある。うっかりすると精神科医は,不安障害の診断や治療にそもそも専門的知識が存在するということを忘れてしまいかねないのである。専門的知識とは,すなわち年々更新されていく科学的知識のことであるが,このような知識は,数十年前に師匠から学んだ知識を,その後は自らの臨床経験のみを頼りに更新していくというやり方だけでは決して到達することができない。折々に意識的に勉強していかなければ,私たちの知識は確実に古くなってしまうのである。

 そういう意味で,本書のスタイルやボリュームは,精神科医が不安障害についての知識をアップデートしていくのにちょうどよい。まずざっと通読してみて,不安障害の臨床のおおよその現状を知り,そしてその後は診察室の書棚に置いておき,外来診療のそれぞれの局面で適宜参照するのがよいと思う。不安障害の薬物療法は治療導入時には定型的な処方で対処可能なことが多い。しかしその効果が不十分であったとき,精神科医は迷うことになる。そんなとき,次にどういう戦略を立てるのが合理的かについて,本書は指針を与えてくれるだろう。また,不安障害のほとんどで推奨される認知行動療法については,日本の医療現場の状況では定式的な治療が提供できないことも多いが,少なくとも基本的なコンセプトは知っておくべきだろう。本書は,それぞれの不安障害で推奨される認知行動療法について,その考え方をコンパクトに紹介してくれている。

 図表もたくさん挿入され丁寧に作られた本であり,不安障害を専門としないけれども日々その診療には携わっている,私と同じような精神科医の皆さんにお薦めします。

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