腹腔鏡下大腸癌手術
発生からみた筋膜解剖に基づく手術手技

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正しい臨床解剖の理解こそが外科医としての第一歩であるとする著者の、これまでの外科局所解剖に囚われない、ユニークな手術論、手術手技の提唱。各論の6手術では、きめ細かな手術手順の解説とともに、膜を描ききった細緻なイラストで腹腔鏡下手術におけるベストな剥離テクニックを読者に呈示する。ビギナーからベテランまで、アクティブな消化器外科医に贈る著者渾身の熱いメッセージ。
監修 加納 宣康
三毛 牧夫
発行 2012年05月判型:A4頁:232
ISBN 978-4-260-01476-2
定価 13,200円 (本体12,000円+税)

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監修者序(加納宣康)/(三毛牧夫)

監修者序
 外科医としては胆嚢摘出術が最初の経験と言ってよい腹腔鏡下手術は,わが国でも1990年以降急速に普及し,現在,各種の領域の手術に応用されている。
 なかでも,消化器外科領域において大腸手術への応用には近年目覚ましいものがある。
 亀田総合病院では現在,三毛牧夫部長がこの分野の責任者として大腸癌手術に取り組み,彼のライフワークとも言える「発生学に基づいた臨床解剖学」に沿った大腸癌手術を若手医師に厳しく教えこんでいる。
 筆者自身も三毛先生に代わって,指導の立場で大腸癌手術の前立ちとして手術に入ることがあるが,そのたびに当院の若い外科医たちが三毛先生の厳しい指導のお陰で,正しい臨床解剖学を身につけ,その知識に基づいて,厳密に筋膜解剖を意識した手術を学んできていることを実感している。私はともすれば従来の系統解剖学の知識を基に,「出血せず早く手術が進む層」を追求した術式をとりがちであるが,三毛先生およびその指導を受けた若い医師たちの正しい臨床解剖学に則った手術に,いつも私は感動を覚えるのである。
 世に大腸癌手術の権威と言われる外科医は多いが,三毛先生が彼の尊敬する師である高橋 孝先生の意志を継ぎ,さらにそれを発展させようとしているのをみて,その研究成果を世の中の多くの若い外科医に少しでも合理的に伝える方法はないものかと思案してきたのであるが,このたび医学書院各位のご協力・ご指導で,これを実現することができた。
 目を通された皆様からは,あるいは異論が出る可能性もあることを覚悟して,この書を世に問うものである。若手医師たちの進歩の一助になるものと信じて,監修の言葉とする。

 2012年3月吉日 亀田総合病院中央手術室にて
 加納宣康
 亀田総合病院 特命副院長,主任外科部長,内視鏡下手術センター長
 帝京大学医学部外科学客員教授
 安房地域医療センター 顧問
 マハトマ・ガンジー・メモリアル医科大学名誉客員教授



 外科学の基礎は総論にある。それでは,総論とは何かと考えたときに最も大切なことは,「言葉」であるとの結論に至った。手術手技を完全なものとするには,外科手術で使用する言葉の定義から始めなければならない。その上で,手技の基礎となる臨床解剖を理解する必要が生じる。そして,臨床の場での視認に耐えうる臨床解剖でなくてはならない。したがって,言葉の認識が異なっていれば,スタッフ間で共通の基盤を持ちえない。
 2004年2月縁あって,亀田総合病院主任外科部長加納宣康先生から腹腔鏡下大腸手術を導入してほしいとの依頼をもとに,私は亀田総合病院に入職した。それから,はや8年の月日が経過した。
 この間,消化器外科において腹腔鏡下手術はどこの病院でも普通に行われる一般的な手術になり,その術式も適応が拡大され安全性も著しく向上した。特に大腸癌手術においてはその症例数も増加しつつあり,今や腹腔鏡下大腸癌手術は,特殊手術ではなくなりつつある。これに伴い,さまざまな著作物・ビデオが出版され,教育講演なども多く行われている。それらにおいては,腹腔鏡による術野の拡大視により,微細な手術手技が詳細に述べられ,アプローチにおける正しい解剖の認識がこの手術では如何に大切であるかが理解されるようになってきた。これはすなわち,手術手技において筋膜解剖の認識こそが合併症を減らすことにつながると考えられ,臨床解剖学に基づいた術式の再考察が行われるに至っている。
 しかしながら,その臨床解剖の理解には往々にして基本的な概念から離れた考察も多く見られる。臨床解剖学では本来,剥離層を発生学的認識に基づいた筋膜解剖から理解し,手術における最適な層の選択が第一義となるべきであると考える。この一方で,今でも腹腔鏡下大腸癌手術に関する著作や講演に欠如していることは,まさに手術手技そのものに関しての詳細な説明である。すなわち,術者が今まさに行っている手技について,適切な解剖学用語を用いて,誰でも十分に理解しうる説明がなされていないということである。もちろん,今まで腹部手術手技の多くは,術者の経験と勘で行われてきた歴史があり,欧米での手術手技もわが国と同様である。つまり,旧来の系統解剖学から得た血管構築を参考にした外科手術の域をいまだに出ていないのである。外科医にとっての第一歩は人体解剖に熟知することであるが,従来の経験や考えに囚われない,発生学の基礎に基づいた筋膜構成を理解した腹腔鏡下手術を施行できて,はじめて新しい外科医の誕生となる。
 筆者は,腹腔鏡下大腸癌手術の実地・教育において,スタッフとの共通認識のためには,言葉の定義と解剖,特に臨床解剖が重要であると考え,腹腔鏡下大腸癌の手術手技についてマニュアルを作成し,実践してきた。ここに,当院で施行している手技と考え方,そして言葉の定義と臨床解剖について出版して,世の外科医にその重要性を問いたいと考えたのであった。
 本書での手技は,最終的には補助切開を行い,その創からの手技も含むことから,実際には「腹腔鏡補助下大腸癌手術」としたほうがわかりやすいとも考えられる。しかし,その内容の多くは臨床解剖に沿った手技であり,完全腹腔鏡下大腸癌手術も腹腔鏡下手術として呼ばれることが多いことから,すべてを含めての「腹腔鏡下大腸癌手術」と呼称することとした。

 最後に,腹腔鏡下大腸癌手術の実施・指導に関して,大きな心で見守り指導してくださった主任外科部長の加納宣康先生に厚く御礼申しあげます。そして,今は天国にいらっしゃる元癌研究会附属病院外科部長,故 高橋 孝先生にも,本著作を捧げ厚く御礼申しあげます。さらに,日々の手術において一緒に仕事をしてくれている同僚のドクターならびに看護師や技術スタッフの方々にも深く感謝いたします。
 この2年間オリジナルのイラストを作成をしてくださった兄の友人でもある青木出版工房の青木勉氏にも御礼申しあげます。なお,このように仕事に十分に専念できるのは妻 千津子の支えのお陰でもあります。
 今回,書籍刊行の機会を与えてくださった医学書院の伊東隼一氏,編集のサポートをしてくださった川村静雄氏に感謝致します。
 
 2012年3月 春まだ浅き日に
 亀田総合病院外科  三毛牧夫

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基礎編 腹腔鏡下手術で理解しておきたい筋膜の解剖と脈管解剖
はじめに
 I 言葉の定義-剥離,切離と癒合,癒着
  1.剥離と切離の概念
  2.癒合と癒着の相違
  3.腹腔鏡下手術での剥離の考え方
 II 胎生期の腹膜配置・体壁
 III 腸管回転と腹膜
 IV 胃と横行結腸との関与-特に横行結腸中央部での関係
 V 組織学的にみた筋膜の存在
 VI 大腸血管解剖とリンパ節郭清度
  1.右側結腸の血管解剖とリンパ節郭清度
  2.左側結腸の血管解剖とリンパ節郭清度
  3.結腸脾彎曲部の血管解剖
 VII 結腸癌手術術式の種類と定義
 VIII 臍の筋膜解剖とHassonカニューレの挿入の仕方
まとめ
  文献

応用編 腹腔鏡下大腸癌手術の基本
A 腹腔鏡下大腸癌手術アプローチの基本
  1.術中体位
  2.トロッカーの留置位置
  3.小腸移動と体位変換
  4.腹腔内の解剖学的指標の確認と腹腔検索
  文献
B 腹腔鏡下S状結腸切除術
 I 適応
 II 切除範囲,郭清度
 III 病変のマーキング,術前処置
 IV S状結腸に関する基本的事項
 V S状結腸の血管系
 VI 下行結腸,S状結腸とS状結腸窩の筋膜構成
 VII 手術の実際
  1.術中体位の取り方
  2.アプローチの基本
  3.手術の手順
 VIII 筋膜構成をどのように理解するか
  1.腹膜下筋膜深葉
  2.直腸後方の筋膜構成~直腸固有筋膜
  3.内側アプローチの指標
  4.外側アプローチの指標
  文献
C 腹腔鏡下直腸低位前方切除術
 I 適応
 II 切除範囲,郭清度
 III 病変のマーキング,術前処置
 IV S状結腸,直腸の血管解剖
 V 直腸の筋膜構成の基礎
  1.大動脈分岐部のレベル
  2.岬角のレベル
  3.直腸膀胱窩のレベル
  4.側方靱帯のレベル
  5.腹膜下筋膜深葉の最終ラインの尾側のレベル
 VI 手術の実際
  1.術中体位の取り方
  2.アプローチの基本
  3.手術の手順
 VII 腹腔鏡下手術における新たな臨床解剖学の重要性―直腸筋膜の臨床解剖
  1.骨盤内の筋膜構成-直腸固有筋膜
  2.内側アプローチの指標
  文献
D 腹腔鏡下腹会陰式直腸切断術
 I 適応
 II 切除範囲,郭清度
 III ストーマサイトマーキング,術前処置
 IV S状結腸,直腸の血管解剖
 V 直腸の筋膜構成の基礎
 VI 手術の実際
  1.術直前処置
  2.術中体位の取り方
  3.アプローチの基本
  4.手術の手順
 VII 骨盤底筋膜の構成と手術のポイント
  文献
E 腹腔鏡下右側結腸切除術
 I 適応
 II 切除範囲,リンパ節郭清度
 III 病変のマーキング,術前処置
 IV 上腸間膜動静脈系の分岐形態とリンパ節郭清
 V 右側結腸切除術式の定義
 VI 右側結腸の筋膜構成
 VII 手術の実際
  1.術中体位の取り方
  2.アプローチの基本
  3.手術の手順
 VIII 右側結腸部における筋膜の構成
  1.後腹膜アプローチにおける切開・剥離の指標
  2.内側アプローチにおける剥離操作
  3.右側結腸の授動
  文献
F 腹腔鏡下左側結腸切除術
 I 適応
 II 切除範囲,郭清度
 III 病変のマーキング,術前処置
 IV 結腸脾彎曲部の特異的な血管支配
 V 左側結腸切除術式の定義
 VI 横行結腸,下行結腸と結腸脾彎曲部の筋膜構成
 VII 手術の実際
  1.術中体位の取り方
  2.アプローチの基本
  3.手術の手順
 VIII 結腸脾彎曲部の授動のための筋膜構成の理解
  文献
G 腹腔鏡下大腸亜全摘術
 I 適応
 II 切除範囲と郭清度
 III 術前処置
 IV 大腸の血管解剖
 V 大腸の筋膜構成
  1.右側結腸
  2.S状結腸
  3.直腸
  4.脾彎曲部
  5.肝彎曲部
 VI 手術の実際
  1.術中体位の取り方
  2.アプローチの基本
  3.手術の手順
 VII 筋膜構成を理解すれば将来はQOLを備えた腹腔鏡下大腸全摘術も可能に
  文献

欧文索引
和文索引

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手術を進める上で重要な剥離筋膜の構造を美しいシェーマで解説・展開
書評者: 山口 茂樹 (埼玉医大国際医療センター教授・下部消化管外科)
 本書『腹腔鏡下大腸癌手術――発生からみた筋膜解剖に基づく手術手技』は,著者の三毛牧夫先生の大腸癌手術,特に臨床解剖に対する熱い情熱のこもった一冊である。以前どこかで感じたことのある,本書の読後のこの感覚は,しばしば本文で登場する故・高橋孝先生が長く在籍された癌研病院で味わったものと似ている。私は出身教室での研修を修了してすぐに癌研病院で研修する機会を得たが,どのスタッフも手術に関してこだわりがあり妥協がない。時には激しく口論し意見を戦わせていた。本書を読んでそのときの懐かしい感覚と,長年こだわりの手術を積み重ねてこられた三毛先生の情熱が重なって感じられた。

 内容を見ると,特に左側結腸と直腸の筋膜,剥離層について多くのページが割かれている。特にToldtの癒合筋膜の癒着不全状態であるS状結腸窩について,私自身も認識はあるものの,これだけ詳細に記載されたものは今までみたことがない。また一般に腹膜を裏打ちする筋膜とされる腹膜下筋膜subperitoneal fasciaと直腸間膜を包み込む直腸固有筋膜は現在の大腸癌手術の剥離層の指標として最も重要な筋膜であるが,これらについて発生学的な見地と実際の手術の経験から独自の理論が展開されている。最近の組織学的検討や,ビデオによる剥離層の議論により標準的な術式はかなり洗練されてきている感があるが,術中見えていない部分の解剖,特に筋膜の連続性,非連続性についてはまだまだ検討の余地がある。

 右側,左側結腸切除については血管の基本構造とともに大網の発生,構造について記載されている。特に脾彎曲部の処理には,結腸,脾,膵の3つの臓器と大網,結腸間膜で構成される網嚢の構造の理解が不可欠であり,図と解説によりその攻略法がわかりやすく記載されている。

 最近は技術認定制度の定着とその難易度の高さもあり手術のテクニックのみが注目されがちであるが,一つ一つの用語の定義の確認,目的とする構造物に達するまでに切離,または温存する膜構造の理解は三毛先生の言うように大変重要である。ただし膜構造の解剖はまだ完成されたものではないので,手術を進める上で必要なものから術者の頭の中で整理しておくべきものである。本書は美しいシェーマとともに膜構造の理論が解説・展開されており,腹腔鏡手術のみならず開腹手術においても,その剥離層を考えてみる良いチャンスを与えてくれる書と思う。
発生学からみた筋膜構造に重点を置く,既存の殻を破った初めての手術書
書評者: 森谷 宜皓 (日赤医療センター・大腸肛門外科)
 このほど『腹腔鏡下大腸癌手術-発生からみた筋膜解剖に基づく手術手技』が,書評依頼付きで腹腔鏡下手術の経験のない私に送られてきた。戸惑ったが精読してみた。

 本書の中心を流れる三毛手術哲学の特徴は,血管や臓器の細部に言及する従来の系統解剖に手術手技の理解の基礎を求めるのではなく,optical technologyの進歩により可能となった筋膜構造の視認に腹腔鏡下手術の基礎を置く臨床解剖の重要性を一貫して主張しているところにある。発生学からみた筋膜構造に重点が置かれた初めての手術書であろう。

 簡潔明瞭なカラフルな図が随所に挿入され,重複している図も含まれるが211点より成る。基礎編と応用編で構成されている。応用編では低位前方切除術など7つの代表的な大腸癌手術の実際が詳述されている。これからラパロでの大腸癌手術を勉強しようとしている青年外科医にとって本書は大変有用である。

 同時に開腹手術を得意とする外科医が,骨盤内筋膜構造を改めて勉強する目的にも大変役立つ。随所に自信に満ちあふれた記述が見られる。例えば“D3信仰”だとか,“実際の臨床解剖とはかけ離れた誤解した著書が多く存在する”などの一見教条的な記述にもたびたび遭遇する。この意味では既存の殻を破った手術書といえる。

 局所解剖の理解における筋膜解剖の重要性は佐藤達夫,高橋孝両博士により1980年代から1990年代にわたり,専門書で精力的に啓蒙された。この時代に腫瘍外科医としての規範と手術哲学を身につけた私にとっては30数年前に戻ったような感慨で筋膜構造の記述を読んだ。三毛牧夫先生は高橋先生が研究された臨床解剖学の継承者を自任しておられる。そこで三毛博士の英語論文“Laparoscopic-assisted low anterior resection of the rectum-a review of the fascial composition in the pelvic space. Int J Colorectal Dis 26 : 405-414, 2011”を読んでみた。繰り返し学習することで理解は深まった。筋膜構造の中で最も力点が置かれている筋膜は直腸固有筋膜と直腸仙骨靭帯であろう。本書の中で,前者は30回におよび言及されている。そして「腹膜下筋膜深葉が,直腸仙骨靭帯として頭側に折り返り,直腸固有筋膜を形成する。直腸固有筋膜は頭側に向かい収束し,上下腹神経叢部で再度腹膜下筋膜深葉と癒合する」と記述されている。

 私は腫瘍外科のpriorityとして1.根治性,2.機能温存,3.短い手術時間・少ない出血,4.inexpensiveな手術コスト,が重要であると考えている。筋膜構造の理解が大腸癌手術においてなぜ重要なのかと考えてみると,1-3のすべての項目に筋膜構造の重要性が合致する。骨盤内臓全摘術に関する筋膜構造の勉強のため,Uhlenhuth著“The Anatomy of the Pelvis”を横浜市立大学図書館からコピーし勉強した時代を懐かしく思い出しながら本書を読んだ。
単なる手術書にとどまらない,多様な論点で大腸癌患者診療に福音をもたらす書
書評者: 杉山 保幸 (帝京大溝口病院教授・外科科長)
 本書は現在のトピックスの1つである腹腔鏡下大腸癌手術の手技を解説しているので,大きなカテゴリーとしては医学書に分類されることは論を俟たないが,それだけでは済まされないと感じたのは小生だけであろうか。カテゴリーを細分類すると,タイトルからは「手術手技書」となるが,よく読んでみると「腹部の臨床解剖学書」としたほうがよいともいえる。また,「消化管外科医が手術を修得するための基本的な心構え」といった教育論書でもある。さらには「大腸癌手術における覚書」といった著者自身のエッセイというように判断しても妥当かもしれない。文章の端々に著者の外科医としてのポリシーが述べられ,時には人生観も言外の意として込められているからである。

 著者が豊富な手術経験と莫大な数の論文検索を基にして得た解剖学的知識と手術手技を,初心者の立場に立って解説してあるため,非常に理解しやすい内容になっている点が本書の特徴である。すべての図がハンド・ライティングで描写されており,カラー写真が多用されている従来の手術書とは趣を異にしている。“手術記事の中の図を,下手でも自分で描けるのが真の外科医である”と駆け出しのころに恩師から教えられたことを今でも鮮明に記憶している。撮影技術の進歩で写真やビデオとして手術記録を残すことがほとんどという現況で,術中体位,ポート・鉗子の挿入図,腹腔内での操作状況,などすべてが手描きである点が,著者の“外科医魂”の現われでもある。同時に,随所で断面図を挿入して読者の三次元的な理解をアシストしているところは心憎いばかりの教育的配慮である。

 また,腹腔鏡下手術のみに焦点を当てておらず,常に開腹手術の場合との対比を念頭に置いて解説が進められているのも賞賛に値する。とりわけ,S状結腸切除術および右側結腸切除術の際の,内側アプローチか外側アプローチかに関する解説においてはその点が詳述されており,興味深いものであった。大腸癌に対する手術において,腹腔鏡下で手術を行うのか,それとも開腹で行うのかはアプローチの違いだけであり,本質である「過不足のない手術」をめざすことを強調して,その目的に合致した手術を遂行するための知識を読者に伝授することを基本理念としている姿勢には敬意を表したい。

 一方,用語の定義を明確にし,共通の認識の下でディスカッションを行うことが必要不可欠であることを冒頭で提唱しておいてから,解剖および手術手技の解説を展開しているプロセスにも,著者のサイエンティストとしての非凡さを垣間見ることができる。基礎編の最後に記述された「わが国の『大腸癌取扱い規約 第7版』は,これらの現実から離れた考察のなかにあり,片手落ちと言わざるをえない」は,経験と知識の裏付けがなければできない批判であるのは火を見るよりも明らかである。

 今後,本書が多くの外科医や解剖学・発生学・組織学を専門とする基礎医学者によって精読され,賛否両論が著者の元に寄せられて,結果的に大腸癌患者の診療に福音がもたらされることを願ってやまない。

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