IBDがわかる60例
炎症性腸疾患の経過と鑑別

もっと見る

生活習慣の欧米化に伴って患者数が増加しているといわれる潰瘍性大腸炎およびCrohn病。さまざまな治療法が試みられているが、依然として難治性であり、診断も容易ではない。正確な診断に基づく適切な治療法の選択が求められている。本書は長年にわたる著者の経験をもとに、長期経過観察例、鑑別疾患例を交えて、炎症性腸疾患の診断学の原点を示し、治療法にも多くの示唆を与える。
中野 浩
発行 2010年10月判型:B5頁:256
ISBN 978-4-260-01168-6
定価 8,800円 (本体8,000円+税)

お近くの取り扱い書店を探す

  • 更新情報はありません。
    お気に入り商品に追加すると、この商品の更新情報や関連情報などをマイページでお知らせいたします。

  • 序文
  • 目次
  • 書評

開く

はじめに

 近年,わが国でもCrohn病と潰瘍性大腸炎からなる炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease;IBD)が急増し,その診断と治療は消化器疾患の診療に携わる者にとっては避けて通れない課題となった.
 今日では,診断法の進歩と症例の集積により,IBDの診断はその時点,時点では確実になされるようになった.一方,治療の面でも,IBDのいまだ不明の病因を探る免疫学を中心とした基礎医学研究の成果に沿った新薬─Crohn病における生物細胞学的製剤である抗TNF-α抗体(インフリキシマブ)の開発や,潰瘍性大腸炎における新しい治療法─血液透析による血球成分除去療法の導入などにより,優れた治療効果が得られるようになった.しかし,これらの新薬や治療法をもってしても,依然としてこれらの難病に苦しむ患者さんは多い.これは,いまだ不明である病因の究明で解決されることも多いと思われるが,多因子説もあり,そこに至るまでの道のりは険しい.
 今日,診断と治療に携わる私たち臨床家は,診断の面では,場当たり的な診断ではなく,全経過,すなわち全体像を見渡した診断が必要であり,治療の面では,それぞれの病期に応じた治療法の選択が求められる.
 しかしながら,IBDの全体像は,特にCrohn病では,まだ十分に捉え切れていないように思われる.この全体像を知るには,当然のことながら,経過観察が肝要である.形態的資料を基盤とした経過観察から学ぶことは多い.経過観察で全体像を追求する中で,その初期像のより前方には,病因に連なる研究の糸口がみつかるかもしれない.そして,長い経過の末には,まだ定かではない治癒像と予後を知り,治療の流れを評価することができる.さらに経過観察そのものが,慢性の難病診療そのものの姿なのである.
 このような観点から,筆者のまわりにあるIBDの資料を見渡してみると,中には貴重な経過観察の画像があることがわかった.そこで,類似例,同じような問題をもつ例を順に並べて掲載し,症例集とした.
 はじめに,診断のきっかけとなった事項を挙げ,経過については“具体”,すなわちX線・内視鏡・病理の画像を提示し,その説明の中で述べることにした.X線写真が多くなったのは,経過観察では,X線診断の果たす役割が依然として大きいことを物語っている.X線写真の中にはIBDの本質を表しているようなものもある.若い医師,医療従事者の皆さんに,わが国の腸結核,早期胃癌に始まる消化管X線診断の伝統を忘れないで欲しいという願いも込めている.そして,各症例の終わりにDiscussionの欄を設け,多くは拙い私見を述べさせていただいた.その中には,患者さんの許しを得て,症例を印象深くするためのエピソードめいたものも加えさせていただいている.ほとんどが,個人的な経験例である.これらの症例を共有していただき,IBDについて感じ,考えていただければ,患者さんにとっても,筆者にとっても,このうえなく幸いなことだと思う.
 本書では,“具体”として多くの画像を提示させていただいた.この“具体の提出”という言葉は,筆者が医師になった昭和43年,最初の1年間,胃X線診断の手ほどきを受けた恩師,故熊倉賢二先生の教えである.熊倉先生は「形態学では,“具体の提出”がなくてはならない」と常日頃言われていた.そして,お別れの言葉として「中野君,将来,潰瘍性大腸炎やCrohn病をやるなら,患者さんや家族と親戚づき合いするくらいでなくちゃ」とおっしゃった.これらの言葉が筆者をして本書を書かせたのである.

 2010年8月
 中野 浩

開く

I Crohn病
 1 初めて経験したCrohn病大腸病変
 2 右側結腸炎を鑑別する小腸X線検査
 3 初期病変から約17年後に治癒期を迎えた例
 4 アフタから治癒像までの長期経過例
 5 初期病変からの経過-インフリキシマブ投与例
 6 15年の経過-インフリキシマブ投与例
 7 進行期にインフリキシマブ投与例
 8 初期病変からの長期経過と治療
 9 初期病変の治療(1)インフリキシマブと成分栄養療法
 10 初期病変の治療(2)インフリキシマブのon demand投与
 11 アフタ性大腸炎と小腸初期病変の経過
 12 小腸初期病変からの経過
 13 大腸微小びらん,小腸アフタからの進展例
 14 小腸ストーマ造設後の良好な経過
 15 小腸の瘻孔,膿瘍手術後の長期経過
 16 進行した大腸炎からの経過
 17 大腸,下部小腸が荒廃し,多臓器膿瘍をきたした例
 18 初回診断時,小腸に狭窄を認めた例
 19 十二指腸結腸瘻を形成した例
 20 インフリキシマブによる皮膚瘻の治療
 21 直腸膀胱瘻を形成した例
 22 横行結腸十二指腸瘻とポリポーシスの合併例
 23 巨大炎症性ポリポーシス例
 24 経過観察中に腎炎に罹患,血液透析後の無再発例
 25 経過観察中に回腸癌が発生した例
 ■ Crohn病の初期病変とその経過

II 潰瘍性大腸炎
 26 慢性持続型(全大腸萎縮型)例
 27 慢性持続型(左側大腸炎型,萎縮型)例
 28 粘血便が続いた左側大腸炎型例
 29 中毒性巨大結腸症から大潰瘍型への経過
 30 深掘れ潰瘍から壁硬化を示した手術例
 31 顆粒状粘膜からなる全大腸炎型の手術例
 32 大腿骨頭壊死を起こした直腸炎型例
 33 血球成分除去療法で治療した例
 34 経過中に区域性病変が目立つようになった例
 35 赤痢から21年後,区域性腸炎で大量出血した手術例
 36 中毒性巨大結腸症を示した例
 37 結節集簇型大腸癌を合併した例
 38 直腸癌を合併した例(1)
 39 直腸癌を合併した例(2)
 40 直腸癌を合併した例(3)
 ■ 潰瘍性大腸炎の経過観察

III 関連疾患
 41 回盲部・上行結腸結核例
 42 横行結腸の孤在性結核例
 43 結腸に帯状潰瘍がskip lesionとして認められた例
 44 S状結腸結核治療後に萎縮瘢痕帯を認めた例
 45 二次性腸結核の小病変の経過
 46 上行結腸癌を合併した腸結核
 47 横行結腸癌を合併した腸結核
 48 回盲部・上行結腸の孤在性腸結核
 ■ 腸結核の診断と治療
 49 アフタ様腸炎
 50 アメーバ腸炎
 51 非特異性多発性小腸潰瘍症
 52 回盲部単純性潰瘍
 53 Behçet病の腸潰瘍
 54 虚血性腸炎
 55 虚血性潰瘍と考えられる例
 56 腸管嚢胞状気腫症
 57 S状結腸腸間膜脂肪織炎
 58 直腸癌を合併したCronkhite-Canada症候群例
 59 粘膜脱症候群とcap polyposisの関連をみた例
 60 cap polyposis-H. pylori 除菌治癒例
 ■ cap polyposisの疾患概念と治療

 参考文献

開く

若い消化器医からIBD専門医までの必読の書
書評者: 牧山 和也 (特別医療法人春回会井上病院顧問)
 本書は,炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease ; IBD)の診療と研究をめざす者だけでなく,IBD専門医にも必読を勧めたい著書である。

 潰瘍性大腸炎は約135年前に,クローン病は78年前に初めて報告されているが,いまだ原因不明で若年者に発症のピークがあり,人生を左右しかねない難治性疾患である。当然のことながら基礎的研究は細菌学的,免疫学的,遺伝子学的研究を主体に著しい進歩がみられるが,いわゆるdisease historyからみた探究は極めて少ない。本書は,治療と長期経過から病理学的所見を加味しdisease historyを詳細に観察した正に臨床研究論文である。

◆〈本書の構成の概要〉

1.症例数は,IBDとその関連疾患の計70例が掲載されている。クローン病が28例(うち参考症例3例),潰瘍性大腸炎が16例(うち参考症例1例),大腸結核が10例(うち参考症例2例),その他,鑑別を要する疾患(アフタ様大腸炎,アメーバ性腸炎,虚血性大腸炎,腸型Behçet病,腸間膜脂肪織炎,Cronkhite-Canada症候群,cap polyposisなど)が16例(うち参考症例4例)である。

2.症例の経過観察は,注腸と小腸X線画像を主体に呈示されている。その他,簡明な病歴と内視鏡,切除標本,病理組織(生検,切除腸管)の画像と簡潔な考察によって構成されている。その中でもX線画像が277枚(49%),内視鏡画像が148枚(26%),病理組織画像が88枚(16%),切除標本画像が40枚(7%),その他が7枚(1%)と主に造影X線画像で経過が追跡されている。

◆〈本書の特色〉

1.特色は,精力的な経過観察からいわゆるIBDの疾病史を含めた全体像を知ることができることである。10年以上の経過が観察されている症例が,クローン病で28例中13例(最長23年6か月),潰瘍性大腸炎では16例中8例(最長26年9か月)である。

 特に,クローン病の初期病変(aphthoid lesion)から5~16年後の経過で治癒に至ったと考えられる7例は必見である。

2.大腸の炎症性疾患の診断と経過観察には内視鏡検査が主流の昨今,X線造影検査が極めて重要であることが示されている。内視鏡検査と違いX線造影検査からは病変の分布と広がり(範囲),腸管壁の異常(病変の深さ,浮腫の程度,壁の硬さ,軟らかさ,変形,皺襞の異常,腸管の短縮など)を的確に捉えることができ,鑑別診断と経過観察に必須であることをあらためて認識させられる。

 疾患の特徴を一次元で呈示した教科書的著書が多い中で,精力的に長期にわたり資料を蓄え経過を追及した著書は極めてまれである。著者の執拗なエネルギーが感じられる。

 クローン病でアフタ様病変から治癒したと考えられる症例,あるいは典型像に進展した症例の病像の変化過程の把握は圧巻である。詳細な経過観察の中に病因,病態追及の鍵が潜んでいることを疑わせない貴重な症例集である。したがって,繰り返しになるが,これからIBDを学ぼうとしている消化器医はもちろん,IBD専門医にも必読の書として推薦したい。
形態診断が鍵を握る
書評者: 高添 正和 (社会保険中央総合病院炎症性腸疾患センター副院長)
 「形態診断が鍵を握る」というのが,本書のめざすところであろう。

 本書をひもとけば,著者が大事に長年の臨床で培ってきた,全体像を見据えた診断のコツが示されている。本書で扱っている炎症性腸疾患は捉えどころのない慢性の難治性疾患であるため,その病態の理解には,得られた医療情報を判断する明確な手段が必要となる。

 この腸管の造影という場は,医学の論理的透明性が勝利をおさめるには,目立たないものである。それは数量化された判断が優先される現今の医療場面からはかけ離れた場所に押しやられてしまっている。

 医療の最前線にいる医療者として,IBDの患者のための治療への〈備えはいつでも出来ている〉をスローガンにして,意気盛んでありたいと願っている。慢性疾患であれば,徐々に病態が変化していくため,経過を把握することも必要である。また予測し難い状態に陥った際,事態に即応するためには,fluctuateする血液データではなく,ぶれることのない形態情報こそが,方向性を指し示すものとなる。

 天気予報に際して毎日のように雲や空の乱気流の観測が行われているのと同じように,IBDの診療では,その炎症病変部の範囲と,その腸管壁の性状に関する情報を得るためには,小腸や大腸全域で偵察的検索が定期的に行われてしかるべきである。実際のところ,簡便な臨床指標である血液データ,例えばCRP値からは,過去の病態を反映するものではなく,あくまでも採血時点での情報しか得られない。

 一方,形態検査,例えば造影検査は現在の腸管の状態ばかりか,過去の腸管の病態の痕跡をも辿ることが可能である。さらに申し添えれば,形態検査のうちで,内視鏡検査はあくまでも粘膜病変の評価にしか使えないが,腸管造影はクローン病における壁全層性変化をも捉えることが可能で,手術範囲の決定や狭窄や瘻孔性病変と,その評価の幅は広く,注腸造影や小腸造影の検査に長けておくことが,IBD診療には重要である。

 思うに,著者の使い古した臨床日記のページも一章ずつ書き上げていくにつれ,その内容を読み進めていく間に,臨床という大海原に靄のなかからIBD臨床の真髄がぼんやりと姿を現してくる。

  • 更新情報はありません。
    お気に入り商品に追加すると、この商品の更新情報や関連情報などをマイページでお知らせいたします。