はしがき
第12版の序──みんなで新しい公衆衛生を推進させよう
今日の食事と公衆衛生
今日の昼ご飯はおいしく食べただろうか? 「昼食のおかずのなかにブドウ球菌やO157大腸菌が含まれている?」などとは思いもしなかったはずだ。食中毒がおきない背景には,食事をつくる調理人たちの役割がきわめて大きいことはもちろんのこと,保健所衛生課の職員による衛生監視活動がある。また,食品会社(食品メーカー)に対しては製品表示など,法令の遵守を促すしくみがある。こうして,食品に対する“安心”が保障されている。
上記のような食品衛生に限らず,すべての人の健康の維持を目ざす組織的な取り組みが公衆衛生である。しかし,人の一生に注目すると,個人の力だけでは健康に生活することはむずかしい。個々の人がセルフケア能力を高めていくとともに,「水道水や食品の安全性」を高める「環境衛生の改善」が公衆衛生の本質であり,社会的な支援体制が公衆衛生には重要なのである。
公衆衛生学とは,疾病を予防し,人々の健康を保持・増進させていくために活用される科学的な手法であり,アートでもある。本書の読者には,公衆衛生学の幅広い学問体系および,個人や家族から地域・国レベルまでのさまざまな健康支援のあり方を本書から学び,それを日々の生活にいかしてほしい。
健康を規定する要因
生を受けた誰もが死する運命にあるが,みなさんの知り合いのなかには,高齢期を迎えないままに“早死に”してしまう事例がなかっただろうか。
1974年に,カナダの厚生大臣ラロンドは健康を規定する要因として,医療の役割よりも日々の生活習慣を好ましいものにすることや,環境を改善することが重要であることを,ラロンドレポートとして示した。ラロンドレポートの重要性と意義を評価したアメリカの厚生省は,1979年に「Healthy People」を発表した。このなかでラロンドレポートが示した健康を規定する4つの要因を実際に“早死に”をした群にあてはめ,各要因の寄与割合を示した(本文6ページ参照)。
この試算結果は,健康づくりにおける人々の生活習慣および環境整備の重要性を科学的に裏づけた。「Healthy People」は,アメリカにおける健康政策の重点課題を,医療中心から生活習慣を含めた一次予防を重要視する方向へと変換させた総合戦略書になった。ラロンドレポートや「Healthy People」が示す方向は,WHOが進めているプライマリ―ヘルスケアやヘルスプロモーションとも連動している。
上記したように,“早死に”には多くの要因が関わっている。本書では保健医療のしくみづくり,生活習慣を重視した健康支援活動,各種の環境整備などについても学習する。また,健康を規定する要因を幅広くとらえ,自然環境だけではなく,ジェンダーを含む社会環境の大切さについても,この分野の第一人者に執筆していただいた。
新しい公衆衛生としてのヘルスプロモーション
WHOは1986年に「オタワ憲章」で,ヘルスプロモーションを提案し,5つの活動領域:(1)健康的な公共政策づくり,(2)支援的な環境づくり,(3)地域活動の強化,(4)個人技術の開発,(5)健康サービスの方向転換を示した。
さらにWHOは1991年にサンドバ-ル宣言で「Supportive Environment」のタイトルのもとに,健康づくりにとっての環境整備の重要性と,女性の社会参画の意義を強調している。また2005年に,「バンコク憲章」では,ヘルスプロモーションの定義に「健康決定要因」を制御する意義を追加している。
日本におけるヘルスプロモーションの推進
日本においては近年,地域保健法および健康増進法が成立・施行となり,保健所や市町村による公衆衛生活動が一層強化されることが期待された。さらに世界的にみて新しい健康政策であるヘルスプロモーション活動が展開されるようになった。具体的には,地方分権法の成立であり,「健やか親子」や「健康日本21」計画の推進である。本書では,ヘルスプロモーションに基づくさまざまな公衆衛生活動について解説した。
第12版の特長
2002年に本書は大幅な改訂を行い,第10版を発行した。2004年の第11版への改訂を経て,今回の第12版改訂では,世界の動向を含む時代背景を考慮し,すぐれた専門家であるとともに,実際の現場教育や実践的な活動に携わっている方々に執筆をしていただいた。総合的にみると,新しい実践的な公衆衛生が展望できる教科書になったのではないかと思う。多忙ななか,ていねいに執筆いただいた執筆者の皆様には,全体の編集にかかわった星と松田そして神馬から,深く感謝を申し上げたい。
学んでほしいこと
本書を用いて学習する読者のみなさんには,新しい公衆衛生としてのヘルスプロモーションを学び,早死にしない自分自身の健康とともに,家族や職場の健康をつくり,そして自分たちの地域での総合的な健康づくりを推進する方法論を学び,それを実践に活用していただきたい。そして本書から学んだことを,実践に活用した読者が,数年後には自分の実践をふまえて,執筆者の1人になっていただけることを期待する。
2009年10月
著者を代表して
星旦二・松田正己・神馬征峰