呼吸器外科手術のすべて

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基本手技から肺癌手術、各種良性疾患手術、そしてVATS、肺移植まで、呼吸器外科領域で行われる手術のすべてを網羅。初めての手術でもその手順とポイントをシミュレートできるよう、細かな手技をシンプルなイラストとともに、わかりやすく懇切丁寧に解説。ベテラン外科医の手術手技から、よりよい手術のセンスを学びとるために好適な1冊。
白日 高歩
執筆協力 川原 克信
発行 2012年05月判型:A4頁:424
ISBN 978-4-260-00791-7
定価 27,500円 (本体25,000円+税)

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 手術は外科医にとって日々の生きる糧である。手術を手がけない外科医をわれわれは外科医とは呼ばない。少し大げさな表現かもしれないが,外科医はその日その日の手術に命をかけている。どんな手術にも危険はつきものである。その危険とはどのようなものか? まかり間違えば患者の生命を危うくするかもしれない危険である。患者は外科医に自分の病気の治療を託し,外科医はメスを持ってその病気を治す。外科医はそのような仕事に全力をかけて毎日を過ごしているのである。
 友人のS医師は壮年の頃手術に臨んで,よく次のような思いを若い後輩に語ったそうである。「もし,手術場の隣室の窓が開いていて,その前に誰も履かないスリッパが2つそろえてあったら,そこから下の地面をのぞいて見てくれ。俺が身投げをしているかもしれないからな。自分はもし手術が失敗して,患者の生命を失うことにでもなれば生きてはいられないといった気持ちで手術に臨んでいるのだ…」と。
 この言葉を真に受ける人がどれほどいるかと思うが,大げさな冗談ではすまされないほどの決意がその根底にこもっていないだろうか。それほど日々の手術は外科医にとって必死の仕事のはずである。
 外科手術の目的とするところは何なのか? 同じ言葉の繰り返しとなるが,手術という行為は患者の生命を脅かし,身体を苦しめる病気をメスを使って,安全に体から取り除く仕事と言えるだろう。この仕事を完遂するためには,外科医はそれに相応するだけの手技を持たなければならない。筆者は永く外科の一分野である呼吸器手術に従事してきたが,メスの握り方,糸の結び方,皮膚の切開方法など,それらすべての手技をいろいろな手段で修得してきた。すなわち数多くの先輩から手をとって教えていただいたり,優れた指導者の手術を見学したり,学会での映像による手術手技を熱心に見たり,聞いたりするといった類の手段であった。そして,それらとはまた別に,さらにもっと重要な方法として,手術に関する解説書を丁寧に読むことも大切であった。そのようにしながら他のすべての呼吸器外科医と同様に,全くのゼロの状態から呼吸器外科の手技を修得していったのである。そのような己の手術手技修得の軌跡を振り返り,いつかこれから呼吸器外科に従事しようとする若い外科医のための本を書きたいと思ってきた。
 これまでにも優れた先達による呼吸器外科手術書が多く世に出されてきた。しかし手術の世界も日進月歩である。10年,20年前には想像すらしなかったような新しい手技がもう普遍的となり,標準的手術法として認められる可能性を秘めた世界である。いつの時代になっても若い外科医が古くから伝えられる手技に加えて,そのような新しい方法を学ぶための指導書が存在しなければならない。
 本書は筆者のそのような思いを込めて執筆したものである。この手術書の中に記載された内容のほとんどは,筆者自身が約40年にわたって実際に経験したものであり,またその事実がなければ,このような手術書を世に出すことは恥ずかしくてできなかったであろう。本書では手術の解説文と多くのイラストに加えて,随所に若い外科医のために「コラム(一口メモ)」として,いわば手術への姿勢のようなものを披瀝した。訴えたいのはあくまで「初心忘ルベカラズ」の精神である。
 本書の刊行にあたりいろいろとご助言,また丁寧な御監修をいただいた前大分大学第2外科の川原克信先生に深甚の謝意を差し上げねばならない。川原先生は私と同じ手術場で患者の治療に協力し合った仲であるが,その群を抜いた手術技倆には常に感嘆の気持を抱かされ,本書においても執筆協力の労をとっていただいた。さらに永年にわたり手術チームの一員として共に働いた岩崎昭憲,白石武史,岡林 寛,山本 聡の各先生には編集面でのご協力をいただき深く感謝する。また本書の刊行にひとかたならぬお骨折りをいただいた医学書院の伊東隼一氏,玉森政次氏,さらにイラストの労を担っていただいた林 健二氏にも心からの謝意を表したい。
 呼吸器外科の精進に日々余念のない多くの若手医師のために,本書がわずかでもその手助けとなれば,筆者の思いは十分に達せられる。もう一度繰り返すが,手術にいい加減な気持ちで臨む外科医師は1人もいないはずである。外科医にとって手術場は戦場である。われわれは常に心中,鉢巻きを締めて戦場に臨まなければならない。

 2012年4月
 白日 高歩

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I 呼吸器外科手術のための解剖
 1 胸壁の解剖
 2 胸腔内の解剖
 3 気管・気管支系の解剖
 4 肺血管系の解剖
 5 リンパ節
II 体位・麻酔
 6 体位
 7 麻酔法
III 呼吸器外科の基本手技
 8 皮膚切開
 9 開胸法
 10 閉胸法
 11 癒着剥離
 12 肺門血管,気管支の処理法
 13 出血への対応
 14 胸腔鏡下手術
IV 各種疾患に対する手術法
 15 肺悪性腫瘍
  A.肺葉切除
  B.肺葉切除以外の縮小手術
   (1)肺部分切除
   (2)肺区域切除術
  C.肺全摘術
  D.縦隔リンパ節郭清
  E.胸壁合併切除と再建
  F.パンコースト(Pancoast)肺癌
  G.血管形成術
 16 転移性肺腫瘍切除術
 17 胸腔鏡による肺癌手術
  A.胸腔鏡下肺葉切除(VATS肺葉切除)
 18 気管管状切除・再建
 19 気管支形成術
 20 特殊な気管分岐部切除・再建術(端々・端側吻合法)
 21 隣接臓器合併切除
 22 びまん性中皮腫
 23 胸壁腫瘍
 24 膿胸
  A.急性期後膿胸(線維素膿性期)
  B.慢性膿胸
 25 肺瘻・気管支断端瘻
  A.肺瘻
  B.気管支(断端)瘻
  C.大網(Omentum)を利用した膿胸腔と瘻孔閉鎖
  D.筋肉(弁)充填術
 26 胸壁膿瘍(前胸壁切除,再建)
 27 縦隔疾患の外科
 28 縦隔膿瘍
 29 嚢胞性肺疾患
  A.自然気胸
  B.月経随伴性気胸(Catemenial pneumothorax)
  C.血気胸,血胸
  D.巨大肺嚢胞
  E.Lung volume reduction surgery(LVRS)
 30 炎症性(感染性)肺疾患の外科
  A.肺結核・気管支結核
  B.感染性肺嚢胞
  C.肺アスペルギルス症
 31 気管支拡張症
 32 肺化膿症,肺結核,非結核性抗酸菌症
 33 胸膜生検,肺生検
  A.胸膜生検
  B.肺生検
 34 胸管結紮
 35 胸腔鏡下交感神経切除
 36 術中迅速組織診・細胞診法
 37 心外膜切開(心嚢開窓)
 38 漏斗胸
 39 鳩胸
 40 先天性肺疾患
  A.肺分画症
  B.肺過誤腫
  C.横隔膜弛緩症
  D.肺動静脈瘻(Pulmonary arteriovenous fistula)
 41 小児の呼吸器外科疾患
  A.CCAM(Congenital cystic adenomatoid malformation)
  B.肺分画症
  C.気管狭窄症
  D.気管・気管支軟化症
  E.肺葉性肺気腫
  F.気管食道瘻(食道閉鎖症)
  G.炎症性肺嚢胞
 42 胸部外傷
  A.(多発)肋骨骨折
  B.肺裂傷
  C.気管・気管支損傷
 43 縦隔鏡
 44 頸部リンパ節生検
 45 腋窩リンパ節生検
 46 胸腔ドレーン挿入
 47 気管切開
  A.標準的気管切開法(一般的方法)
  B.気管切開(キット法)-経皮的気管カニューレ挿入法
  C.輪状甲状間膜切開(ミニ気管切開)
 48 肺血栓症
 49 肺移植
  A.脳死肺移植
  B.生体肺移植
 50 Robotic surgery(ダ・ヴィンチ手術)

参考図書
索引

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呼吸器外科の手術手技ばかりでなく,長い歴史もが詰め込まれた必読の一書
書評者: 近藤 丘 (東北大加齢医学研究所教授・呼吸器外科学)
 私が大学を卒業し,呼吸器外科(当時そういう名称は一般化されてはいなかったが)の医師として仕事を始めてからもう40年近くになろうとしている。40年とは,当時生まれた方が外科医になったとして,バリバリの指導する立場の年代になっているという大変長い期間である。しかし,その間に呼吸器外科には多くの転機があり,今となってはあっという間のように思われる。当時は,もちろん標準開胸と称する30 cmに達しようという大きな開胸創で手術を実施していた。慢性膿胸に対する剥皮や肺全摘,顔面位での肺切除手術なども珍しくなく,困難な炎症性肺疾患の手術の時代の名残がその標準開胸としてあった,そういう時期である。その後,肺癌の手術例がうなぎのぼりに増加し,呼吸器外科の独自性の確立とともに胸腔鏡手術の導入,そして低侵襲な手術をめざす動きが加速してきた。そして肺移植のスタートにより,呼吸器外科にさらなる新たな1ページが開かれた。そういったいわば激動の40年間であったと思う。著者の白日先生は私にとっては一つ前の世代で,約10年先輩にあたる。この年代の方々は,呼吸器外科の専門性と独自性の確立に心血を注がれた方々で,学会の確立や専門医制度の樹立にも大いに力を尽くされた。

 なぜこのようなことを長々と書き連ねたかというと,この書が,結核外科の時代の終焉を迎えた後,呼吸器外科としての,いわば第二の黎明期を築き上げた世代の代表的なお一人によって書かれた手術書であるということを申し上げたかったからである。本書のタイトルに「すべて」という言葉が掲げられているが,これは単に幅広く手術の手技・手法を網羅しているというだけではなく,私のような人間が本書を拝見すると,白日先生が歩まれた50年近い年月と歴史のすべてを盛り込んだ書にしようとする,著者の思いと意気込みがぎゅっと詰め込まれた一言であると理解できる。

 本書を拝見して,まずはじめにハッと気付くことは,図がシンプルで明快であることである。著者は随所に「コラム」という形で,自分が思うこと,学んだこと,伝えたいことなどを散りばめており,その中で手術の図の書き方についても触れているが,そこにも書かれているように,要点が誰にでも明快に伝わるように記すことが最も重要であり,本書はまさにそれを実践しているといえる。どんなに美しく描画しても,胸の中の様子は千差万別で,事例によって大いに異なることは言うまでもなく,その通りに見えることの方が少ないであろう。それよりも要点を頭に入れておくことのほうが何倍も有用であるといえる。

 この「コラム」を読むと,結構教訓的なことも記されている。外科医は他人の手技の見学やビデオ,シミュレーションだけで育成できるわけではない。そのような観点から,先達の考え方や姿勢を随所に散りばめているところも本書の素晴らしいところの一つであろうと思う。とにかくわかりやすく書かれている。特に専門医をめざす若手修練医の必読書の一つに加えるべき一冊として推薦できる書であることに間違いない。
呼吸器外科のあらゆる手術手技と著者の哲学を網羅した渾身の手術書
書評者: 永安 武 (長崎大大学院教授・腫瘍外科学)
 手術書の中には,医学書そのものとして高く評価されるばかりでなく,まるで小説のように著者らの強い思いが読者に伝わってくるものがある。本書を読んだ直後の感想である。このような大作を出版された著者と執筆協力者の労に対して,まずは敬意を表したい。

 本書を読んで,読者はこれまでの手術書とは一線を画した内容となっていることに気付くだろう。手術手技が対象疾患ごとに分けられており,それが肺癌手術手技ばかりでなく,良性疾患や肺移植,さらには希少疾患である先天性肺疾患や小児呼吸器疾患などの手術手技まで実に多岐にわたり,詳細に論じてあるからだ。疾患ごとにその病態の説明がなされているのも手術手技の理解に大いに役立つことだろう。しかもいずれの手術法の解説にも実に細やかな配慮が施されている。的を射たカラーイラストは逆にシンプルなところが素晴らしい。手術手順の段階でどのような点に注意すべきか,あらゆる場面を想定した解説は,まさにかゆいところに手が届く内容である。

 特に目を引くのは,肺葉切除,区域切除という呼吸器外科において最も基本となる切除法が,標準開胸手術と胸腔鏡下手術に分けて,別項目で詳細に解説されている点である。無論,標準開胸手術の延長線上に胸腔鏡手術はあるべきであり,胸腔へのアプローチ以外に両者の手技に違いはないとするならば,同じ項目で一緒に論じるという考えもあろう。しかし,今や呼吸器外科手術の過半数を占めるようになった胸腔鏡下手術には標準開胸手術とは異なる技術や工夫も必要であることは明白な事実である。胸腔鏡下手術の黎明期からその普及にかかわってきた著者だからこその視点で,本手技を早期に習得することの重要性を説いているように思う。

 一方で本書は,著者が胸腔鏡以前からその手技の研鑽に努めてきた気管・気管支形成術,隣接臓器合併切除,胸膜肺全摘術などの拡大手術や,膿胸,気管支断端瘻などの術後合併症に対する手術についても,合併症を起こさないコツやトラブルシューティングを随所に織り込みながら懇切丁寧に解説されている。本書の読者である外科医は,胸腔鏡下手術全盛の時代においても決してすたることのないこれら難度の高い手術手技を,それぞれのキャリアの中で初めて執刀する,いや執刀しなければならない機会に必ず遭遇することになるだろう。その際に本書は大きな助けとなるに違いない。

 本書には手術に関する本文以外にコラムというユニークな欄が設けてあり,著者の外科手術に対する心構えや考え方が,読者へのメッセージとして綴られている。そこには外科医としての信念と若手外科医に対する愛情が時に厳しく時に優しく表現されている。ベテラン外科医が後進に対する指導の一助として,あるいは若手外科医が一人前に成長するための教訓として,ぜひ心にとどめておいてほしい内容であり,本文とともに熟読していただきたい。

 このように本書『呼吸器外科手術のすべて』は著者の外科に対する哲学を随所に織り交ぜながら,文字通り呼吸器外科に関するあらゆる手術手技を網羅した,まさに渾身の手術書といえるのではなかろうか。
基本手技でも高難度手術でも,どんな局面にも対処できる呼吸器外科医必携の書
書評者: 池田 徳彦 (東医大主任教授・外科学第一講座)
 白日高歩先生の『呼吸器外科手術のすべて』がこのほど医学書院から出版され,僭越ながら書評を述べさせていただく機会を得たことを誠に光栄に感じております。本書は題名にふさわしく,新旧も含め,呼吸器外科に関するあらゆる技術と知識が網羅され,加えて,一挙手一投足まで直接手ほどきを受けているように,理解しやすい内容であることを強調させていただきます。白日先生が多くの後進の育成に当たられ,その蓄積された指導経験の賜物と感銘を受けました。

 本書は白日先生がお一人で執筆されたため,多数の執筆者の共同作業にありがちな内容の重複や相違がなく,一貫して明解,簡潔な記載となっています。そして膨大な呼吸器外科の内容を的確な視点の基に50項目に分割し,合計556点の質の高いイラストを用いて,特に手術の山場となる点,合併症回避に留意すべき点に関しては,非常に丹念な記述がされています。

 外科は普遍的な基礎的手技と日進月歩の新しい分野が混在しながら進歩していきます。従来の手技の熟練のみに満足していたのでは,いつの間にか時代に取り残されてしまいます。しかし,基本的な手技の習得なしには新たな分野への挑戦は不可能でもあります。したがって,これからの呼吸器外科医にはオールラウンドにあらゆる手技を身につけることが望まれます。われわれは定型的な開胸手術はもとより,早期癌に対する胸腔鏡手術や縮小手術,進行癌に対する拡大手術,感染性疾患や合併症に対するリカバリー手術など,日常遭遇するどのような状況においても対処できる技術と知識を持たねばなりません。

 本書では定型的な肺葉手術,各種区域切除,拡大手術,胸腔鏡手術などあらゆる項目が網羅されていますが,それぞれの項目に軽重はなく,すべてが必要にして十分な内容で完結され,経験の長短を問わず呼吸器外科医を満足させるものと確信します。

 同じ術式でも開胸と胸腔鏡下では術者から見た術野は異なりますが,それを十分に再現した実践的なイラストとなっており,術前のシミュレーションに最適と考えます。

 また,分岐部切除再建のように体験の機会がめったにない術式に際しては,今までに培われた技術を応用し,一段階上のレベルの局面に対応しなければならないこともあります。本書を術前に一読すれば著者に直接指導を受けたと同様に手術手順が整理されるでしょう。臨床的には難渋する膿胸の解説も詳細であり,各種術式の手技とポイントが細部に至るまでわかりやすく記述されています。

 通常の手術書では往々にして省かれてしまう細かな事柄も,大事なものは丹念にイラストを用いて説明がなされています。例えば出血に対する対処法も胸壁,癒着部,肋間動脈,気管支動脈,肺動脈に関してそれぞれの記載があり,特に若い外科医にとっては必携の書となるでしょう。

 本書は完成度の高い名著であり,臨床,後進の教育,あるいは机の上でも己の技量を磨くために最適の書として強く推薦いたします。

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