糖尿病ケアの知恵袋
よき「治療同盟」をめざして

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患者は「できない」という。医療者は「疲れた」という。糖尿病療養指導はパターナリズムでも放任主義でもうまくいかない。治療に向かう患者の力を引き出す「エンパワーメントアプローチ」を日本に紹介した石井均氏の編集により,患者をエンパワーメントし,よき「治療同盟」づくりをめざす各地の取り組みを集成。糖尿病療養指導士,糖尿病専門医必携の書。
編集 石井 均
発行 2004年05月判型:B5頁:184
ISBN 978-4-260-12719-6
定価 2,970円 (本体2,700円+税)
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はじめに 糖尿病治療と心理的アプローチ--あなたの考えが知りたい
本書の使い方
Part 1【事例編】
 事例(1) 働きざかりの中年男性
 事例(2) 運動し過ぎの中年男性
 事例(3) 高齢患者と燃え尽き家族
 事例(4) 妊娠したい若年女性
 事例(5) 支援を受け入れない若年男性
 事例(6) 重度の合併症を持つ若年女性
 事例(7) 癌再発の不安を持つ高齢女性
 番外編 ある病棟の取り組み
Part 2【解説編】
 心理的アプローチのトラブルポイント
 食事療法のトラブルポイント
 運動療法のトラブルポイント
 経口薬治療のトラブルポイント
 インスリン療法のトラブルポイント
 血糖自己測定のトラブルポイント
 高齢者のトラブルポイント
あとがき 糖尿病ケアにまつわる2つのバーンアウト--挫折体験を力に
索引

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私たちが変わると患者さんも変わって見えた(雑誌『看護管理』より)
書評者: 東 めぐみ (駿河台日本大学病院教育担当責任者)
 20年来の友人から,しばらく音信がなかった。どうしたのかなと思っていたら,夏の終わりに葉書が舞い込んだ。「小生,慢性腎不全により週3回の透析を始めました」と短く書かれていた。私はしばらく混乱した。「え? どういうことなの。なぜ急に腎不全になったの? あの人,巨漢だから糖尿病だったのかしら」と,とっさに思った。私の勘は当たり,10年前から糖尿病でインスリンを使っていたけれども,結局透析導入となったらしい。彼は私が糖尿病看護を一生懸命やっていることは十分知っていた。だからなのか,糖尿病だと私には言わなかった。友人としてこんなに近くにいるのに,何で,慢性腎不全に……と涙が出てきた。「何で言わなかったの!!」と怒りたくなったが,言いたくても言えなかったのではないかと思った。そう思ったら彼の言えなかった苦しみ,理解されなかった苦しみがなんとなく感じられてもっと悲しくなった。

 本書は,そんな情けない看護師の私に元気をくれた本である。
 
◆生き生きとしたカンファレンスを収録

 そもそも糖尿病は,「病気になったら栄養のあるものを食べ安静にしている」という今までの養生法と反した病だ。さらに,病気といえば皆心配して看病してくれるはずなのに,ふだん意識することのない生活習慣の改善が治療の一環だといわれ,治療なんだからこうしなさい,ああしなさい,できなければだめじゃないと医療者から言われる。症状がでないこともあるから,病気という身体的な体験がしにくいにもかかわらず,患者は生活習慣という些細で当たり前過ぎる生活レベルのことから自分の認識を変えていかなければならないのである。これがいかに大変なことなのかは自分に置き換えてみればすぐにわかるであろう。生活習慣とはそういうものである。

 本書は「事例編」と「解説編」の2部構成なのだが,医師・看護師らのカンファレンスを収録した形をとる前者に登場する看護師たちは,生き生きとしてこのような患者へのケアを語っている。看護の現象を記述するのは結構難しいものであるが,この形式によってそれがうまく引き出されており,「そうだよね,うん,わかるよ。こんなこともあったよ」と共感することができる。また,1人の書き手によって書かれた事例と違って,会話の中でケアの効果を検討したり,看護師の気付きや変化を知ることもできる。

◆患者にとって意味のある変化を受けとめる

 〈私たちが変わると患者さんも変わって見えた〉の項では,患者の変化とは一体何かが語られている。患者の変化は行動変容だけではなく,考えや感情が変わることも1つのプロセスであり,この変化が患者にとって意味のあるものだと受けとめられるように,私たち看護師も変化していかなければいけないことを伝えている。「糖尿病患者さんって言ってもやらないよね」と思っている看護師は,まずは「手こずる患者などいない。手こずるのは私たち自身であり,私たちの知識や技術が未熟だからである」と私たち看護師の考え方を変えてみようという,本書に登場する河野看護師の言葉に耳を傾けよう。そうすることで,糖尿病をもちながら生活している一人ひとりがきっと見えてくるはずだということに,私も共感する。

(『看護管理』2005年1月号掲載)
女性糖尿病患者にとってのターニングポイントとしての妊娠・出産 (雑誌『助産雑誌』より)
書評者: 福島 千恵子 (三重大学医学部附属病院・助産師)
 この本の特徴はPart1「事例編」とPart2「解説編」の2部構成となっているところです。

 Part1「事例編」は経験豊かな医師,栄養士,理学療法士らによる8つのカンファレンスが収録されており,アメリカで育ったエンパワーメントという考え方が,日本で,どのように日常診療の支えとなっているか,また,どのような効果を上げているかを読み取ってほしいという希望がこめられていました。Part2「解説編」では,食事,運動,経口薬,インスリン,血糖自己測定,高齢者,心理的アプローチという7つの側面から,糖尿病療養指導で直面するさまざまなトラブルポイントについて,臨床的な解決方法が具体的に提示されています。

 この本の編者である石井均氏(天理よろず相談所病院)は,「はじめに」でエンパワーメントとは本来,患者さんと私たちのなかに眠っている力―問題解決能力を開花させることであり,そのための開係づくりを表す言葉であると述べています。エンパワーメントという考え方は,私たち助産師にも共通する側面があるように思います。また,糖尿病の治療において,まず医療者と患者がともに問題解決に取り組む仲間であることを,お互いに確認できることが大切であり,この関係は「治療同盟」という用語で表現されていました。「助産」の領域に「治療同盟」という言葉は,しっくりとこないかもしれませんが,ともに問題解決に取り組む仲間であることは,共通していると感じます。

 私は,勤務している施設の特殊性から,糖尿病を抱えながら妊娠・出産を経験する方とのかかわりが多いため,糖尿病に開する知識を深めていきたいと常日頃思っています。そのようななかでこの本と出会いました。

 この本は,糖尿病療養指導をめざすすべての医権者を対象に,「治療同盟のあり方」「エンパワーメントの可能性」を理解する方法の1つとして,まとめられています。そのため,私たち援助者が困った時にどのように援助していけばよいのか,どのようにしたら相手や自分が変わることができたのか,というポイントが具体的に,わかりやすく記載されており,タイトルの「知恵袋」という言葉が本当に適切な本であると感じました。

 「事例編」には,“女性糖尿病患者にとって妊娠・出産はターニングポイント!”であるとチェックポイントで明記されています。妊娠中の心理状態は,「生まれてくる子どものために血糖に支配される体験」と表現され,とてもストレスフルな状態であることがわかります。一般に妊娠すると,生まれてくる子どものために,最大限,努力をして治療に前向きとなり,専門的な知識を助産師に求めてくることも私自身,多く体験しています。本書には,女性糖尿病患者は「出産後には糖尿病に対して肯定的になり,積極的な人生を送ろうと考え方が変わることがよく聞かれ,そのような心の変化を家族とともに援助していきたい」とのコメントもあり,私もまったく同感でした。助産師の特殊性を生かして女性糖尿病患者が,よりよい人生を送るきっかけとなるような援助を考え,実施するにはどうするか改めて考えさせられます。そのためにも,この本のような「知恵袋」を考えていく必要があるのではないでしょうか。

(『助産雑誌』2005年4月号掲載)

皆さんの施設でも“知恵袋”をつくってみませんか?
書評者: 八幡 和明 (新潟県厚生連長岡中央綜合病院内科部長・中央健診センター長)
◆エンパワーメントアプローチの実践編

 日本糖尿病療養指導士制度が発足して,糖尿病の療養指導にかかわるスタッフの方たちは確実に増え,全国各地の施設で大きな成果をあげています。また療養指導士だけでなく他にも多くの人たちが,医療チームの一員としてそれぞれ活躍の道をさぐっていることでしょう。

 糖尿病の患者さんが将来にわたって悪化せず合併症を起こさないように指導をしていくことはとても面白く充実した業務ですが,時としてその指導が空回りしてしまうことがあります。一生懸命に指導するのに患者さんはなかなか変わってはくれません。どうやって指導すればいいのだろう,どうやったら変わってくれるんだろうと悩むことも少なくありません。

 そんなとき『糖尿病エンパワーメント』(石井均監訳,医歯薬出版,2001)の本に出会いました。エンパワーメントとは患者さんの中に眠っている問題解決能力を引き出して開花させることにあるという。なんとなくわかったような気がして,さっそく自分でもやってみようとするのですが,個々の人に向かうと具体的にどう対処していけばいいのか戸惑うこともしばしばです。そんな悩みを抱いている人は決して少なくないのではないでしょうか。

 今回『糖尿病ケアの知恵袋―よき治療同盟をめざして』という本が発刊されました。本書はエンパワーメントアプローチの実践編にあたるといってもいいでしょう。この本では様々な治療困難例,例えば「仕事のつきあいのために食事が守れない人」「高齢で一人で治療をしていくことが困難なのに家族の協力が得られない人」「自分から壁をつくって支援を受け入れようとしない人」「重症合併症に押しつぶされそうになっている人」など,いくつかの事例が紹介されます。そう,私たちもきっと出会うような人たちです。そういった人たちにどう接していけばいいのか,どうしたら相手が,また自分が変わることができたのか,そのポイントはなんだったのか考えられるようになっています。

◆皆で知恵を出しあっていきたい

 この本を読むと今までわれわれは一方的にこちら側の論理で患者さんを評価して,療養指導をしてきたのではないかとあらためて気づかされます。患者さんは指導に従うのが当たり前と思いこんでいなかったでしょうか。だから従わない患者さんに出会うと私たちは当惑してしまいます。

 どうして食事を守ってくれないのだろう,どうして運動しないんだろう,なぜインスリンを受け入れてくれないんだろう。こちらが焦っていえばいうほど「よくわかっているんですけどね…」とか「食事指導なんてもう何度も聞きましたから…」という拒否的な態度にとまどってしまいます。そしてつい「手こずり症例」というレッテルを安易に貼ってしまっていないでしょうか。

 あるいは一生懸命指導しているのに相手が変わってくれないと,自分たちの指導技術が足りなかったんだと思いこんで,落ち込んでしまったり燃え尽きてしまったり(バーンアウト)するかもしれません。そうならないためにも,まず患者さんのいうことに耳を傾け,お互いに信頼できるいい関係(治療同盟)を作ることからはじめていくことが大切です。

 そして両者で目標を共有しそれに向かって知恵を出し合っていくことが前進につながるのかもしれません。時には焦らず「待つ」勇気も持つことを忘れないように。

 本書をヒントにしてみなさんがそれぞれの患者さんとのよき治療同盟を築いていけたら,この知恵袋はいくつもいくつもできていくことと思います。みなさんの施設でそれぞれの知恵袋を大きくふくらましていきませんか,そして本書の続編,あるいは続々編ができることを願っています。

「私たちにもきっとできる」糖尿病の心理的アプローチ
書評者: 屋宜 宣治 (屋宜内科医院)
 糖尿病治療にたずさわる医療者に「糖尿病の心理的アプローチ」という言葉は広く知られている。しかし,どのようにして「心理的アプローチ」を行っていくかについて十分理解している医療者は多くはないと考える。本書は「心理的アプローチをこれから行っていきたい」と思っている皆さんや,現在「心理的アプローチを実践している」皆さんにぜひ読んでいただきたい1冊である。

 本書は,事例編と解説編の2部で構成されている点が特徴的である。事例編は医師,看護師,管理栄養士,理学療法士の先生がタイプの異なった7ケースに対して,ディスカッション形式で心理的アプローチの実際を詳しく語っている。解説編は,「心理的アプローチ」「食事療法」「運動療法」「経口薬治療」「インスリン療法」「血糖自己測定」「高齢者」のトラブルとなるポイントをわかりやすく解説している。

 事例編から読んでも,解説編から読んでも心理的アプローチについてより深く理解することができる内容となっている。

◆診療現場で困っているケースが取り上げられる

 事例編のディスカッションは,その場に参加しているような気持ちで一気に読むことができた。ディスカッションは,一般臨床でよくある血糖コントロールが難しい7人のケースがテーマとなり,そのケースで用いられた心理的アプローチの方法がとてもわかりやすく記載されている。「仕事が忙しく,勧められると間食を断れない患者」「運動を行っても,下がらない血糖に怒りを持っている患者」「インスリン自己注射を行わなければいけない痴呆老人患者」「自己表現が苦手な若い1型女性患者」「医療者の支援を受け入れない患者」「重度の合併症を持った患者」「乳がんの再発に不安を持ち糖尿病の治療に取り組めない患者」など,まさに私たちが診療の場で困っているようなケースを取り上げている。

 ディスカッションの中で石井均先生のコメントは,心理的アプローチやエンパワーメントアプローチがどのようにかかわっているかを繰り返して解説しているのでとても参考になる。

◆吹き出しコメントなどの工夫された構成でわかりやすく

 事例編でのもうひとつの特徴は,重要な点をわかりやすくするため3つの方法でまとめていることである。第一に重要な発言が色文字で強調され,第二にCheck Pointとして議論の要点がまとめられている。さらに第三として設けられた吹き出しコメントは,発言の内容についての簡単な解説であり,詳細を解説編へと導いてくれるため,内容に不明な点を残さず理解しながら読むことができる。
 
 解説編では,前述した7つのポイントを解説している。これらのトラブルのポイントは糖尿病の診療にたずさわる医療スタッフならぜひ抑えておきたいと考える。糖尿病治療では患者を中心としたチーム医療が大切である。患者と医療者が十分に話しあうことも大切であるが,患者のことを医療チームで十分にディスカッションすることも大切である。その際にこの7つのトラブルのポイントをしっかり抑えておくことは,よりよいエンパワーメントにつながるものと確信している。
 
 最後に,番外編で八戸市立市民病院西病棟7階の看護師の皆さんの―私たちの辞書には「手こずる患者」ということはないんです!(笑)―という言葉は心に残った。
 
 本書は,糖尿病の心理的アプローチが「私たちにもきっとできる」という自己効力感を高めてくれる1冊であるのでぜひ読んでいただきたい本である。

トホホな私につきあってくれて,ありがとう
書評者: 佐伯 晴子 (東京SP研究会代表)
◆患者・医療者間の信頼関係づくりの道はまだ遠い!

 現在,私は生涯で一番太っている。だから,健康診断なぞ受けると,きっと見事な数値が出てくると思われる。すると寄ってたかって「患者」にされるのは目に見えているから,健診を受けるのは少しダイエットしてからにしようと思う。これは,医療のパワーに圧倒されたくない,という医療の素人のささやかな抵抗である。まさに医療の世界で展開されるのは医療者と患者のパワーゲームであり,ほとんどの場合,医療者側の圧勝だ。かの「独裁者」フセインも逮捕されると,嫌とも言わずあーんと口を開けていた。あの映像を見て,ブッシュでもなくイラク国民でもなく,おそらく無名の衛生兵か軍医が言うことを聞かせる構図に何かしら感じたのなら,あなたは患者さんの気持ちに近いところにいると言える。

 こんなことを最初に書いたのは,エンパワーメントという合言葉で糖尿病を患う人たちのサポートをしようと心を砕く著者たちの活動を読んで,改めて患者・医療者間のコミュニケーションとパワーの関係を考えたからだ。筆者は,2000年に『話せる医療者』を書いてからも,くどいほどに「まずは話を聴いてほしい,待ってほしい」と患者の立場で言い続けてきたが,素人がそんなことをほざいてもなかなか届くものじゃないと痛感した。著者のひとりは4年間かかって「待っていればいい」と感じるまでになったという。実際にやってみて,そう感じるようになることが大事なのだと思う。しかし,そんなことどうしてわからなかったのか,と正直言って驚いた(ごめんなさい)。しかも,このように感じている医療者はごくごく少数にすぎないことを見せつけられたようで,患者・医療者間のコミュニケーションと信頼関係づくりの道は険しいと,食後の眠気も吹っ飛ぶ思いがした。

◆エンパワーメントが必要なのは実は医療者?

 なぜ,こんなことが起こっているのだろう,インフォームド・コンセントなんて言葉だけで,実際に患者さんが自分のことを伝えてわかってもらえる余裕はなく,一方的な説明を受けて何かわからないままに医療者の考えた医療が進んでいくという多くの現状に,潜む原因は何だろう。

 それを解く鍵のひとつを私はこの本に見つけた。エンパワーメントという言葉には「権限委譲」という訳語があてられていたため,少し誤解されてきたきらいがあり,「医療者の権限を譲るなんて,危なっかしくてそんな無責任なことはできない」,「患者にそんな判断ができるとは思えない」といった批判が,医療者からも患者さんからもあったというのだ。最近よく耳にする「主権委譲」と似たような言葉に訳されていたために,無用の誤解が生じていたということらしい。翻訳者の端くれとして,訳語のもたらした弊害に足がすくんだ。だが待てよ,言葉はその時代の背景を映し出す。訳語が出された当時の社会でどう扱われていたか,世間一般でどんなイメージをもたれていたか,で翻訳者は訳をあてる。訳者の肩を持つわけではないが,そういう事情もあったのではないだろうか。

 だが,現在では各地の男女共同センターや消費者グループ,あるいは子ども,障害のある人,など弱者とされてきた人たちが,しっかり自分を認めて豊かに生きていい,と自他共に考えるようになるための知恵と勇気づけとして,エンパワーメントを実践しはじめている。世間ではけっこう一般的に通じる言葉となったのだ。

 ところで,ある糖尿病療養指導士の会でのこと。「患者の立場で考えるコミュニケーション」と仰々しいタイトルだが,要するに「話せる医療者」に出会いたいということを伝えた。こちらの話を聴いてくれる,それからわかる言葉で話してくれる医療者であってほしい,それだけのことである。時間が余ったので会場の皆さんに質問してみた。

 「今度生まれ変わっても,この仕事に就きたいと思う人は?」100名を超える参加者の誰からも手が挙がらない。いかん,タブーに触れてしまったか。「どうしてですか?」なんて開かれた質問をしたが,素直に答えてくれるわけはなく,かろうじて「生まれ変わったら,こんな仕事したいと思っている人?」に何人かが具体的に答えてくださったが,エンパワーメントが必要なのはこの人たちではないのかという気がしてきた。わざわざ資格をとって,毎年の単位を確保するために休日をつぶして,それで,今の仕事はどうもね,と全員が思ってしまうなんて何なんだろう。

 そうか,だから「知恵袋」と銘打たれたこの本には,みんなが求める「お助け」のメッセージが込められているのだと了解できた。この領域の医療者はみんな「いっぱいいっぱい」なのだ。なんせ何度言っても「わかってくれない」,「もうその話は聞き飽きた」と患者さんは心を開いてくれない。自分で決めたこんな簡単なことも勝手にやめてしまう,自分の人生なのにどうしてそんなになげやりなんだろう,理解度も低くはないのになぜできなくなる?……医療者にはこんな思いが渦巻いているようだ。患者さんは誰をとっても,みんなトホホな人たちである。菓子パンなんてくだらないもの食べちゃって,ほんとにどうかと思う。

◆問題は「学校モデル」にアリ!

 と,いかにもお困りだろうと私は思ったが,一方で菓子パン大好きな私は何か違うぞと思っている。「わかってくれない」は患者に理解させる,という上意下達の発想と似たようなものだ。糖尿病指導というと従来は学校教育の枠組みで捉えていたが,それを見直したいということが私の目には小さく書かれていた。実は,これこそが原因なのだと私は思う。

 患者さんは「威圧的で事務的。できないと責められる」と感じ,医療者は「指導がうまくできず疲れる」と思うのは,学校モデルの生徒と先生だからだ。できのいい生徒は可愛がられる。元気で努力する子は手がかからない。いつも忘れ物をする,はっきり物を言わない,何を考えているんだかのらりくらり,「理想の患者」は「理想の生徒」だから,そこから逸脱するのは,みんなしょうがないトホホな生徒である。どうして私の学校はダメな子ばかりなのよ,と「優秀な」先生は不満がたまる。生徒はますます先生が煙たくなる……。

 教師稼業も数年やったので,その気持ちはよくわかる。こんなに心配してあげてるのに,という言い分に「してあげてる」なんて親切そうな言葉だけど,本音のところは,「言うこと聞かない,こちらの思い通りに動かない」と怒りを向けているのだ。それじゃ,生徒も嫌だっただろう。できない気持ちをわかってくれようとしない先生なんて,うるさいだけなんだから。指導・教育・管理・逸脱・落伍・拒否・不良…なんて容赦ない,上に立った言葉だらけなんだろう。だいいち,生徒本人ではなく,すべて教師が主語になっているのだから,生徒本人が自分で達成感ややる気を起こせるわけがない。私は生徒を理解しようとしないトホホな教師であったと今は思う。

◆「医療者からまず変わる」ことに希望

 自分が変わったら患者さんも変わった,と感じた著者のひとりに,私は大きな希望をもった。そうなんです。他人と過去は変えられないけれど,自分から変わることはできる。医療者がまず変る。患者さんの話を聴くことから始めて,信頼して待つ。これは糖尿病に限定せず,どの医療の現場でも行なってほしいことだ。自分を変えるには勇気がいる。痛みもあるだろう。だから無理せず,じっくりと続けてほしい。本文中の発言にも学校モデルでの表現が見られるが,それが現実なのだろう。生活習慣と同じだ。いっぺんに変えるなんて誰だって不可能だ。小さな変化を認めていく,すると少しずつ変化が広がってくる,それが患者の喜びになる,ということを,私はこの医療者たちに感じている。

エンパワーメント実践のための知恵袋
書評者: 瀬戸 奈津子 (日本看護協会看護研修学校)
◆エンパワーメントを具体的に紹介

 糖尿病ケアにおいて,患者の主体性を重んじるエンパワーメントの意義が唱われる一方で,言葉のみが一人歩きしている懸念があった。そのようななか本書では,臨床現場に即したかたちでエンパワーメントアプローチを具体的に紹介している。

 冒頭で編者は糖尿病ケアに携わる私たち医療者の陥りやすい状況について述べ,医療者と患者が“治療同盟”として,ともに問題解決に取り組む仲間としてお互いを確認できることが大切だと語りかけている。これらの言葉1つひとつが,エンパワーメントの基盤として説得力がある。

◆“生の声”でエンパワーされる本

 本書は事例編と解説編の2部構成で,事例編では医師,看護師,理学療法士,管理栄養士らのディスカッションによる“生の声”がそのまま掲載されているというオリジナリティがある。

 事例編では参加者の発言で特に重要なものを色文字で強調し,チェックポイントとしてそのパラグラフごとに要点がまとめられている。そのなかには,「うまくいった経験のある人には,そのときのことをよく聞く」「患者さんのやり方を尊重する」「嫌だったら途中でやめていいよと声をかける」など,すぐさま実践できるレベルでエッセンスが書かれている。このように実際の事例を通して読み取ることで,エンパワーメントとはけっして敷居が高いものではなく,そんなに難しいことでもなく,明日からでも実践できると思わせてくれる。そう,本書によって私たち読者もエンパワーされていく。

 さらに吹き出しのコメントで解説編の参照ページが挙げられ,ディスカッションについてのより詳細な解説や補足の情報が述べられており,随所に理解を助ける工夫が見られる。コラムでは,インスリンの効果を体感してもらったエピソードなど興味深い記事とともに,糖尿病ビリーフ質問表や変化ステージモデルなども解説されていて便利である。本書は“糖尿病ケアの知恵袋”というタイトルが最も相応しい。

◆ケースディスカッションを見直したい

 チーム医療が不可欠な糖尿病ケアにおいて,各職種間でケースディスカッションを行っている施設が少なくないものの,実際のところ話し合われた内容や問題解決に向かうプロセスを振り返る機会がないように思う。本書にならって,ディスカッションをテープに録音し,逐語録に起こして振り返ってみてはどうだろうか。

 行き詰まっていた問題が打開されたり,方向性が見えたりした場合には,その方法を確固たるものにしていくことでそのチームやチームメンバーの実践力向上につながるだろう。あるいは医療者がバーンアウトしそうになっているとき,その状態を客観的に見つめ直すことで打開できることがあるのではないだろうか。

 本書のケースディスカッションでは,何よりも事例を提供した看護師の方々の実践力に敬意を表したい。どうすれば患者に療養に取り組んでもらえるかと試行錯誤しながら,患者の言葉に耳を傾け,きめ細やかに観察し,たくさんの情報を包括して捉え,患者の生活上の問題を把握し,解決を目指している。

 特に「これこそエンパワーメントアプローチだ」と心に染み入ったのは,妊娠したい若年女性の事例である。事例提供者である看護師の,常に患者がどうしたいかを問いかけるというねばり強く,そして暖かい援助の臨場感が十分に伝わる。「どうして妊娠したいと思うようになったの?」という問いかけが「妊娠できたら,自信が持てるようになると思うんです」という患者の言葉を引き出す。本当にその人の言いたいことを言うまでその人のペースにあわせるという優れた技を用いている。小さな変化が確実に積み重なり,患者と援助者がともに成長し,お互いにエンパワーされていくプロセスは,まさに糖尿病ケアの醍醐味といえる。

 またファシリテータの役割を担っている編者の石井均先生の功績が大きい。参加者の発言に対し肯定的にレスポンスを返すことで,援助を支持・強化し,あるいは援助者がそのようにかかわった意図を確認し,詳細を尋ねることで援助を意味づけている。つまりファシリテータの存在によってディスカッションが生きたものになり,チームメンバーがエンパワーされているのだ。糖尿病ケアにかかわる医療者は,チームマネジメント技術としてファシリテータのトレーニングを積むことも必要なのではないかと思った。

◆日本版エンパワーメントへの期待

 チームメンバーが知恵を共有し,知恵を出し合うことは,単独の知識を全体の知恵とするための方法やシステムとされる“ナレッジマネジメント”の概念に通ずる。その意味で本書は,医療スタッフ教育の道標を示すと同時に,それぞれの医療専門職の業務にのっとって熟練した療養指導を行っている糖尿病療養指導士たちが,ケースディスカッションを行う際のモデルとしても役立つだろう。

 したがって,それぞれの地域や施設でそれぞれのチームが独自の“知恵袋”をつくり集約していくことが,編者の展望である“日本版エンパワーメント”の育成につながっていくと実感した次第である。まずは臨床現場で糖尿病ケアに行き詰まったときにこそ,本書をお薦めしたい。

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