徹底したEvidence重視実践治療ガイドライン
書評者:山内 俊雄(埼玉医科大学学長)
米国精神医学会(APA)は,1989年から実践治療ガイドラインの作成を手がけており,その成果を逐次出版しているが,その多くのものが,本書と同一の監訳者が中心となって翻訳され,日本精神神経学会監訳の名の下に日本にも紹介されてきた。このたび,APAはいくつかの治療ガイドラインをまとめ,「2004年版コンペンディアム」として出版したが,その邦訳が本書である。
この本の特徴をいくつかあげてみたい。
まず第一の特徴は,本書が最新のデータに基づいて書かれたものであることである。APAの治療ガイドラインは,5年に一度改訂され,常に新しいデータに基づいて更新されている。そのため,すでに出版されていながら,現在改訂作業中のもの,例えば,「物質関連障害の治療ガイドライン」は本書には掲載されていない。それほどまでに,「最新」にこだわっているといえよう。また,「自殺行動の評価と精神医学的ケア」の治療ガイドラインのように,重要で緊急性の高いものも,特別なトピックスとして本書には掲載されている。
そのような事情から,本書には,上記の「自殺」の他に「精神医学的評価法」,「せん妄」,「アルツハイマー病と老年期の認知症」,「HIV/AIDS患者の精神医学的ケア」,「統合失調症(第2版)」,「大うつ病性障害(第2版)」,「双極性障害(第2版)」,「パニック障害」,「摂食障害(第2版)」,「境界性パーソナリティ障害」の11のガイドラインが収録されている。
次にあげるべき本書の特徴は,当然のことながら,治療ガイドラインが厳密に検証されたエビデンスに基づいて作成されていることである。そのことは,それぞれ推奨できる臨床的信頼性の程度を「高度」「中等度」「個人の状況に応じて推奨できる」の3段階に分け,記載内容の末尾に明示していることにも現れている。また,引用文献についても,そのデータが無作為割付臨床試験によるものか,コホート研究あるいは縦断的研究か,症例対照研究かなど,データの由来を明示しているなど,徹底したエビデンス重視となっていることである。
ところで,治療ガイドラインという書名から,薬物療法を中心としたものを思い描く向きもあるかも知れないが,実際には,それぞれの疾患の有病率や原因,病態を述べたうえで,「治療原則と選択肢」,「治療計画の策定と実施」,「治療の決定に影響する要因」,「研究の方向」などについて記述しており,薬物療法にとどまらず,心理社会的な側面や身体的な因子などについて総合的に考慮したうえでのガイドラインとなっている。 そればかりか,インフォームド・コンセントや病棟内の情報の取扱い,法律的な問題,行政上の問題など,きわめて実践的なことに関する記述が随所に見られることも,本書の特徴である。
治療ガイドラインについて,本書の中で,「特定の治療計画を選んで実行する最終的な決定は,精神科医自らがその患者の示す臨床データ,可能な診断と治療の選択肢に照らして行わなくてはならない」と述べているように,硬直した治療手順を示すものでなく,治療者が1人ひとりの患者に最もふさわしい治療の選択をするにあたって,すべきこと,してはならないこと,そして治療原則と選択肢を,その根拠とともに示したものである。
したがって,本書は治療ガイドラインと銘打った教科書ともいえよう。それも,これまでの教科書がややもすれば,概念的な,ときには抽象的なものとなりがちであったのとは異なり,Practice Guidelinesという書名が示すとおり,優れた実践的な教科書となっていることも大きな特徴である。
このようないくつかの特徴を持つ本書は,「標準的な現代の精神医学教科書や精神科レジデントの研修プログラムに求められている診断や治療計画の基本原則に,読者が精通していることを想定している」と述べている。時あたかも,わが国では,精神科専門医制度がはじまったが,この本は,さしずめ専門医試験を受けようとする人や,更新のための試験を受ける精神科医が対象者となろう。
いずれにせよ,自らの知識を確かめ,先端的な知識を学び,日常の診療ですべきこと,してはならないことを確認するために常に机上におき,折に触れて自分の知識や診療行為を確かめるために,精神科医1人ひとりが持つべき必携の本といえよう。