早期胃癌アトラス

もっと見る

永年にわたって日本の早期胃癌診断学をリードしてきた著者らが、その経験と蓄積のすべてを注ぎ込んだ斯界待望のアトラス。厳選された100例の症例をもとに、粘膜ヒダの異常や褪色粘膜など、チェックすべきX線・内視鏡所見を詳細に解説し、早期胃癌の全貌と診断学の精髄を余すところなく展開。胃癌の早期発見を使命とするすべての臨床家必携の書。世界に冠たる日本の早期胃癌診断学の記念碑ともいうべきアトラス、遂にここに完成。
細井 董三 / 馬場 保昌 / 杉野 吉則
発行 2011年07月判型:A4頁:480
ISBN 978-4-260-00152-6
定価 22,000円 (本体20,000円+税)

お近くの取り扱い書店を探す

  • 更新情報はありません。
    お気に入り商品に追加すると、この商品の更新情報や関連情報などをマイページでお知らせいたします。

  • 序文
  • 目次
  • 書評

開く



 今日の内視鏡全盛時代にいまさらX線でもあるまい,との批判が聞こえてきそうな中で,著者らは,今回敢えてX線診断を中心にした「早期胃癌アトラス」を世に送りだすことにした.その理由は,一つにはX線検査は,胃癌のスクリーニング能力においても,治療法の決定に直結する質的診断においても,決して内視鏡に後れを取っているわけではなく,むしろ内視鏡では得難い重要な情報を提供できる点で,内視鏡検査に勝るとも劣らない検査法であるとの確信からである.もう一つは,白壁ら,わが国の先達によって確立された二重造影法を主体とする世界に誇る胃X線検査法を,われわれの世代で消滅させてしまうことが医療分野にとって如何に大きな損失であるかを考えたとき,この診断技術は次世代にしっかりと受け継いでいかねばならないとの使命感からである.さらに言えば,本書に出会って胃X線診断に興味を抱く若者が一人でも多く現れてくれればという期待もある.
 若手医師達のX線離れが始まったのは1980年代の中頃からである.彼らはほとんど内視鏡のみで育っており,X線診断の本当の実力と魅力を知らない.このようなX線なしの時代に育った世代は,果たして十分な胃癌診断能力を維持できているであろうか.X線診断を学ぶことは形態学的診断のセンスを磨くのに大変よい鍛錬になるのだが,その過程を省いてしまうと内視鏡でも質の高い形態診断は期待できない.
 振り返ってみれば,わが国の胃X線撮影も1960年頃まではレリーフ像,充満像,圧迫像のみで行われており,早期癌の発見など,当時はまったく夢のような非現実的な話であった.また早期癌の概念もまだ確立されていなかった.1962年の消化器内視鏡学会で初めて早期癌の定義に関する提案がなされ,それを契機に全国のX線医,内視鏡医,病理医が一丸となって早期胃癌発見に懸命な努力を重ねていった歴史がある.その中で新たな胃X線撮影法の検査理論が生まれ,完成されていったのである.
 こうした新たな時代の幕開けともいうべき時期に,市川・山田・土井によって出版された「胃X線診断の実際─早期胃癌発見のために」(文光堂,1965)は衝撃的であった.当時はまだごくまれであった早期癌症例が豊富に掲載されていて,しかも精緻なスケッチによってX線所見を丁寧に,わかりやすく解説してあり,われわれは異文化に接したような心地で貪るごとく読み耽った記憶がある.その後の熊倉による「図譜による胃X線診断学─基本所見の成り立ちと読影」(金原出版,1968)からは胃疾患のX線所見の成り立ちに関する多くの知見と読影の基本を学んだ.さらに中村による「胃癌の病理─微小癌と組織発生」(金芳堂,1972)では従来の学説を次々と覆すような新鮮な卓越した理論に深い感銘と共感を覚え,以来ずっと,われわれはX線診断の理論的な拠り所にしてきた.
 著者らはともに白壁,市川,熊倉に直接指導を受けた第二世代であり,各々の師からの厳しい指導の中で得たX線診断に取り組む姿勢や診断理論,診断技術を次世代に伝えていくのがわれわれの当然の責務である.
 本書が企画されてからすでに10年の歳月が過ぎ,上梓が危ぶまれた時期も何度かあったが,その都度,医学書院の窪田宏氏に励まされ,漸く今日,出版に漕ぎ着けることができたのは,まさに医学書院書籍出版部諸氏の辛抱強いご支援とご協力のお蔭と厚く御礼申し上げる次第である.
 また貴重な症例の提供や資料の整理などに協力してくださった早期胃癌検診協会,慶應義塾大学病院,東京都がん検診センターをはじめ,多くの施設の医師・放射線技師・その他のスタッフの皆様には心より感謝を申し上げたい.
なお,本書では三人の分担を本文および各症例の末尾にH(細井),B(馬場),S(杉野)のイニシャルで表示した.読者諸兄姉の忌憚のないご批判をいただければ幸いである.

 2011年4月13日
 著者ら記す

開く

総論
I.X線装置および造影剤について
II.X線撮影の基本
III.胃癌X線読影の基本

症例編
I.胃癌の肉眼型分類
  概論
    I型
  症例1 小さな副癌巣を伴った体下部前壁のI型(M)(69歳,女性)
  症例2 EMRが選択された胃角部大彎の亜有茎性高分化型のI型(SM1)(51歳,男性)
  症例3 過形成ポリープとの鑑別に迷った穹窿部のI型(M)(73歳,女性)
  症例4 胃体部大彎の未分化型のI型(SM2)(63歳,女性)
    IIa型(IIa集簇)
  症例5 腺腫との鑑別が問題となった胃角部後壁のIIa集簇型(M)(66歳,男性)
  症例6 治療法の選択に迷った体下部後壁のIIa(SM2)(63歳,男性)
  症例7 胃腸混合型粘液形質を示す胃角部小彎を中心にした
       表層拡大型IIa+IIb(M)(72歳,男性)
  症例8 空気少量で描出できた穹窿部前壁のIIa型(未分化型)(MP)(55歳,女性)
    IIa+IIc型
  症例9 菊花状の外観を呈した体下部前壁のIIa+IIc(SM2)(59歳,男性)
  症例10 胃体下部大彎前壁寄りのIIa+IIc(SM3)
       および胃体下部小彎のIIa(M)(重複癌)(53歳,女性)
  症例11 病変内に多発性の潰瘍瘢痕を伴った体部から胃角部の
       表層拡大型IIa+IIc(M)(78歳,男性)
  症例12 浸潤範囲および深達度診断が難しかった
       体部後壁大彎のIIa+IIc(SM1)(70歳,男性)
    IIc分化型
  症例13 胃短軸方向に帯状に拡がった体下部小彎側のIIc(SM2)(63歳,男性)
  症例14 少量空気でヒダ集中像が現れた胃角部後壁のIIc(M)(61歳,男性)
  症例15 一部SM浸潤を伴った幽門部後壁のIIc(SM1)(51歳,男性)
  症例16 ごく一部にSM浸潤を伴った体上部後壁のIIc(SM1)(68歳,男性)
  症例17 体中部後壁のSM浸潤を認めた小さなIIc(SM3)(50歳,男性)
    IIc未分化型
  症例18 幽門前庭部後壁の未分化型IIc(M)(59歳,女性)
  症例19 幽門前部後壁の未分化型IIc(M)(55歳,男性)
  症例20 典型的所見を呈した体中部前壁の未分化型IIc(M)(57歳,女性)
  症例21 胃底腺領域内に発生した典型的な未分化型IIc+III(SM2)(53歳,女性)
    IIc+IIa型
  症例22 幽門部小彎後壁の分化型IIc+IIa(M)(54歳,男性)
  症例23 胃型の分化型腺癌からなる前庭部後壁のIIc+IIa(SM2)(78歳,男性)
  症例24 腸型の高分化腺癌を主体とする前庭部前壁のIIc+IIa(SM1)(67歳,女性)
  症例25 体下部大彎後壁のIIc+IIa(SM1)(61歳,男性)
  症例26 SM浸潤部位の診断が難しい幽門前庭部前壁のIIc+IIa(SM3)(72歳,男性)
    IIc+III型
  症例27 短期間でIII+IIcからIIc+IIIへ変化した
       体中部小彎側のIIc+III(M)(71歳,男性)
  症例28 撮影手技に示唆を与えた体上部後壁のIII+IIc(SM2)(65歳,女性)
  症例29 IIc部分の読影が鍵となる胃角部小彎のIIc+III(M)(44歳,男性)
    III+IIc型
  症例30 前庭部前壁の胃底腺粘膜領域に存在した小さなIII+IIc(SM)(46歳,男性)
  症例31 良性潰瘍との鑑別が問題になる体下部前壁のIII+IIc(SM2)(51歳,女性)
    表層拡大型,分化型
  症例32 病型診断と範囲診断に難渋した体下部小彎から後壁に及ぶ
       表層拡大型IIa+IIb+IIc(M)(60歳,女性)
  症例33 体上部~下部後壁に広範に拡がったIIa+IIb(MP)(71歳,男性)
    表層拡大型,未分化型
  症例34 未分化型癌に特有な所見を呈した体部後壁の
       表層拡大型IIc(SM2)(56歳,女性)
  症例35 全体像の描出が難しかった胃角部小彎を中心にした
       未分化型の表層拡大型IIc+IIb(M)(71歳,女性)
II.部位別診断
  概論
    噴門
  症例36 噴門部小彎側の小さな分化型のIIc(M)(65歳,男性)
  症例37 噴門部後壁の分化型のIIc(SM1)(64歳,女性)
  症例38 噴門部の分化型の小IIc(MP)(66歳,男性)
  症例39 深達度診断が困難だった噴門部の小腸型IIc(SM2)(83歳,男性)
    体上部前壁
  症例40 胃体上部前壁のIIc(SM3)(72歳,男性)
  症例41 深達度診断に迷った噴門部のIIc(SS)(68歳,女性)
    幽門大彎
  症例42 幽門輪部の分化型IIc(SM1)(48歳,男性)
  症例43 幽門部前壁のIIa+IIc(M)(72歳,男性)
  症例44 スクリーニング検査で辺縁の不整像のみみられた
       幽門部大彎のIIc(M)(64歳,女性)
  症例45 幽門大彎の分化型IIc(M)(64歳,男性)
  症例46 腫瘤を形成した穹窿部大彎の未分化型I+IIc(SE)(52歳,女性)
III.深達度診断
  概論
    SM1
  症例47 中央部でSM浸潤がみられた幽門前庭部小彎のIIc(SM2)(75歳,女性)
  症例48 進行癌様の形態を呈した幽門部後壁のIIa+IIc(SM1)(71歳,男性)
    SM2
  症例49 胃体下部後壁大彎寄りのSM浸潤を伴ったIIc(SM2)(69歳,男性)
  症例50 皺襞の変化が深達度診断に有用だった体下部後壁のIIc(SM2)(56歳,女性)
    SM3
  症例51 陥凹内に隆起所見を伴った体下部小彎のIIa+IIc(SM3)(46歳,女性)
  症例52 広範にSM浸潤がみられた体上部小彎後壁のIIc(SM3)(70歳,男性)
    MP
  症例53 腺境界領域に発生した体中部前壁の未分化型IIc(MP)(76歳,女性)
  症例54 陥凹内に隆起所見を伴った体中部前壁の未分化型IIc(MP)(58歳,女性)
  症例55 組織型と深達度診断が難しい前庭部後壁のIIc+IIa+III(MP)(65歳,男性)
IV.拡がり診断
  概論
  症例56 IIb進展を伴った体中部小彎後壁の未分化型IIc+IIb(M)(65歳,女性)
  症例57 腺腫を併存した前庭部小彎の表層拡大型IIa(M)(77歳,女性)
  症例58 周囲にIIb様の進展を伴った体下部後壁大彎のIIc(SM1)(71歳,女性)
  症例59 存在診断,質的診断ともに難しかった体上部小彎から後壁の
       胃型分化型腺癌のIIa+IIb(M)(69歳,男性)
V.微小胃癌・小胃癌
  概論
  症例60 幽門部小彎の微小IIc(M)(69歳,男性)
  症例61 体下部前壁の分化型微小IIc(M)(64歳,男性)
  症例62 胃底腺粘膜領域内の局所的萎縮粘膜として認められた
       体下部前壁の未分化型小IIc(M)(41歳,女性)
  症例63 胃体下部後壁の未分化型微小IIc(M)(72歳,女性)
  症例64 幽門前庭部小彎および後壁の多発小IIc(M)(55歳,男性)
  症例65 体下部後壁の分化型小IIc(SM1)(73歳,男性)
VI.linitis plastica型胃癌
  概論
    latent LP
  症例66 胃壁伸展が良好な体部前壁に原発巣(III+IIc型)をもつ
       潜在的LP型癌(SE)(47歳,女性)
  症例67 胃壁伸展が良好な体上部後壁に原発巣(IIc型)をもつ
       潜在的LP型癌(SE)(50歳,女性)
  症例68 範囲診断に苦慮した体部前壁の潜在的LP型癌(SE)(48歳,女性)
  症例69 浸潤範囲の診断に苦慮した体部全域に及ぶ
       潜在的LP型癌(SE)(72歳,女性)
    pre-LP
  症例70 微小ニッシェと局所的粘膜萎縮を呈した
       体中部前壁の前LP型癌(SM2)(42歳,女性)
  症例71 体上部大彎の前LP型癌(SM2)(71歳,男性)
VII.残胃癌
  概論
  症例72 幽門側切除後の残胃後壁のIIc(M)(68歳,男性)
  症例73 幽門側切除後の残胃前壁のIIc(SM2)(57歳,男性)
  症例74 病変描出が困難であった残胃噴門前壁のI+IIc(SM1)(55歳,女性)
VIII.胃型の分化型癌
  概論
  症例75 内視鏡的生検組織診断が良性(Group I)であった
       噴門後壁の腺窩上皮型癌(SE)(71歳,男性)
  症例76 粘膜下腫瘍様所見を呈した胃角部小彎の胃型のIIa(SM3)(74歳,男性)
  症例77 小顆粒状を呈した前庭部小彎側の胃型癌,IIa表層拡大型(M)(53歳,女性)
  症例78 拡がり診断に苦慮した体下部から前庭部の
       胃型癌,IIc+IIa表層拡大型(M)(41歳,男性)
  症例79 体下部小彎を中心にした境界が不明瞭な
       胃型分化型腺癌のIIb+IIc(M)(65歳,男性)
  症例80 前庭部大彎に拡がる胃型分化型腺癌の表層拡大型IIa+I(SM1)(66歳,男性)
  症例81 体下部大彎の胃底腺粘膜領域に存在した
       分化型(tub2)のIIc(SM2)(56歳,男性)
IX.良悪性の鑑別診断
  概論
  症例82 棘上陰影を伴う体下部小彎側の瘢痕様IIc(M)(74歳,女性)
  症例83 粘膜下層の限局性浸潤を伴った体中部小彎側のIIa+IIc(SM3)(78歳,女性)
  症例84 著明な小彎短縮を伴い潰瘍との鑑別が困難な
       胃角小彎のIII+IIc(M)(68歳,男性)
  症例85 IIc様の形態を呈した胃体中部小彎の消化性潰瘍瘢痕(59歳,男性)
X.早期胃癌の特殊型および鑑別疾患
  概論
    粘膜下腫瘍様
  症例86 粘膜下腫瘍様形態を呈した胃体上部後壁のIIa+IIc(MP)(63歳,男性)
  症例87 粘膜下腫瘍様の形態を呈した胃体下部後壁のIIa+IIc(MP)(64歳,女性)
  症例88 5回目の内視鏡的生検でGroup Vと診断された
       前庭部大彎の粘膜下腫瘍様胃癌(SS1)(47歳,男性)
    悪性リンパ腫
  症例89 未分化型癌(IIc型)に類似した多発性の
       表層進展型悪性リンパ腫(40歳,女性)
  症例90 粘膜萎縮と多発びらん所見を呈し,胃のほぼ全域に拡がった
       表層進展型の悪性リンパ腫(55歳,女性)
  症例91 ヒダ肥大所見を呈した体部小彎側の
       表層進展型悪性リンパ腫(SS)(56歳,女性)
  症例92 腫瘤型を呈した体部大彎の悪性リンパ腫(SE)(72歳,男性)
  症例93 体部~幽門前庭部前壁の低悪性度MALTリンパ腫(IIa類似型)(55歳,男性)
  症例94 放射線治療が奏効した胃角部大彎のHp陰性の
       IIa+IIc型類似MALTリンパ腫(59歳,女性)
  症例95 急速な発育・進展を認めた多発性MALTリンパ腫の悪性転化例(70歳,女性)
  症例96 胃病変としてはまれな胃体部のHodgkinリンパ腫(74歳,男性)
    その他
  症例97 2型を呈した幽門部大彎の内分泌細胞癌(MP)(66歳,男性)
  症例98 胃体下部後壁の粘膜下腫瘍様の形態を呈した
       lymphoid storomaを伴う胃癌(MP)(71歳,男性)
  症例99 体上部前壁小彎寄りのα-FP産生性IIa+IIc(SM2)(63歳,男性)
  症例100 小潰瘍と多発びらんを呈した胃体部の転移性癌(乳癌の胃転移)(64歳,女性)

開く

本格的な胃X線診断学の書
書評者: 芳野 純治 (藤田保健衛生大学坂文種報徳會病院・院長/消化器内科学)
 本書を手に取ってみると,ずっしりと重い。そして,表紙のX線像にまず引きつけられる。書名は『早期胃癌アトラス』とあるが,胃X線診断に著しく重心を置いて作成されている。総論と症例編から成り,症例編がほとんどを占める。総論ではX線撮影装置,造影剤,撮影法,読影の基本が簡潔に述べられている。症例編では肉眼型,部位,深達度診断,鑑別診断などのさまざまな項目を網羅した100例の症例が提示されている。いずれの症例にも素晴らしいX線像が並んでいる。そして,X線像を解説するように内視鏡像,病理像が添えられている。本書は胃X線診断学のリーダーである細井,馬場,杉野の3名の先生により執筆された。この領域で先生方の名前を知らない人はいない。また,私も参加させていただいている雑誌『胃と腸』の編集委員としてもX線診断学の進歩に大きく寄与された。

 本書に提示された100例の症例のX線写真の美しさは,言葉に言い表しにくい。これらの写真は最良の所見が描出されるように思考しながら,渾身のエネルギーで撮影されたのであろう。また,「序」には,本書が企画されてから上梓されるまで10年の歳月がかかり,その間に出版が危ぶまれる時期もあったと書かれている。これらの症例を集めるに当たりX線像で妥協することを許さなかったのではないかと推測される。

 よいX線写真とは病変の凹凸を忠実に表し,病変の広がり・深さ・他疾患との鑑別に有用な情報をもたらすように撮影された画像とも言える。良好に描出されたX線写真は切除標本のマクロの像と極めて類似してくる。そして,その病理所見と対比することにより,X線所見の読み方,考え方,さらに所見の成り立ちまでも教えてくれる。

 それぞれのX線像には所見が記載されている。X線像を見ながら,それらを読むと所見の捉え方を学ぶことができる。透亮像,陰影斑,胃小区模様などの胃X線所見を表現する言葉は,内視鏡所見や切除標本の所見を表す言葉とは異なる。すなわち,さまざまな所見をどのように表現したらよいのかが勉強になる。また,症例の終わりに「本例のまとめ」として症例の特徴,所見のとらえ方,撮影の工夫などについての解説が簡潔にまとめられている。写真を見る前に,「本例のまとめ」を先に読むのも理解が深くなるかもしれない。

 白壁彦夫先生らにより開発された二重造影像を主体とした胃X線診断学は大きく花を咲かせたが,最近では良質の画像をみる機会が少なくなってきた。「序」では約半分を割いて,内視鏡診断に対するX線診断の現状を憂いている。胃X線検査にドップリと漬かり,写真の出来具合に一喜一憂したことのある私にとっても同様の思いがある。本書は本格的な胃X線診断学の書とも言える。本書により新たにX線診断学に興味を持ち,面白さを理解される方もいるのではないだろうか。そして,X線診断学をも志す医師が増えることを期待している。
消化管画像診断学の歴史そのものとも言える一冊
書評者: 斉藤 裕輔 (市立旭川病院消化器病センター長/内科(消化器)診療部長)
 現在,消化器内科医にとって,早期胃癌における治療の興味はESD,診断の興味は内視鏡,とりわけ拡大内視鏡,NBIであり,X線造影検査に興味を示す若い医師はごく少数の時代である。確かに近年の内視鏡診断・治療機器の進歩は著しいものがあり,X線造影検査機器の進歩に比較して飛躍的といっても過言ではない。しかしながら,早期胃癌診断におけるX線造影検査は既に不要となってしまったのであろうか? この早期胃癌診断アトラスを熟読した後には上述した不要論を唱える者は皆無となるであろう。

 消化管造影検査の中で胃は最も一般的に行われているが,実際,本当の意味での精密検査となると,大腸や小腸と比較して胃は圧倒的に難しい。被患者の体格や胃の形,病変の存在部位などに撮影技術が勝てず,満足な病変の描出に失敗した経験が小生にも山ほどある。本アトラスにはこれまでの日本の早期胃癌の最も美しいX線像が選りすぐって掲載されており,ぜひご覧いただきたい。本アトラスの造影所見は鳥肌が立つほどの画質である。国宝級の芸術といっても過言ではない。これほどの美しいX線造影像を一同に見られることに喜びすら感じる。また,本アトラスの造影所見から概観撮影としてのX線のすごさを改めて感じる。X線,内視鏡検査のゴールは病理の肉眼像であるが,本アトラスのX線像とマクロ像を対比していただきたい。本アトラスに掲載されているX線像が病理の肉眼像を凌駕していることがわかる。すなわち,われわれのゴールの域を超えて病変の微細所見が描出されているのである。今後も造影検査を行うときには目標とされるべき画像である。さらに,画像のみならず,総論および各論のそれぞれの初めの部分にコンパクトにエッセンスがまとめられているが,その一言一言には3先生,その他大勢の先人の消化器医の膨大な汗と努力の結晶がつづられている。

 本書はまさに日本の消化管画像診断学の歴史そのものといっても過言ではなく,白壁一門のX線診断学の正統的伝承者である細井董三先生,馬場保昌先生,杉野吉則先生の3先生の人生そのものの集大成である。内視鏡像から時代を感じる症例もあるが,それはまさに内視鏡写真は機器の進歩に医師がようやくついていっており,撮影された像はどうしても機械が撮影した感が否めまい。一方,X線は機械ではなく,いかにも人間(術者)が撮影した,という実感がわく検査であり,美しい像が撮影できたときの喜び,快感は内視鏡の比ではない。本書を通じて消化管診断におけるX線造影検査のすばらしさを再認識していただけると確信する。

 本アトラスは拡大内視鏡/NBI診断,ESD治療をリードしている,携わっている専門医,そしてこれから専門医をめざすすべての消化器医に見ていただきたい一冊である。本アトラスの総論を繰り返し熟読し,X線像を頭に焼き付けることで拡大内視鏡/NBI診断にもfeed backされ,一層診断能の向上と正しい診断に基づいた内視鏡治療成績の向上が期待される。そして,序文でも述べられているように,本アトラスが日本のすばらしい診断技術を後生にきっちり伝えるための一冊になることを期待する。

  • 更新情報はありません。
    お気に入り商品に追加すると、この商品の更新情報や関連情報などをマイページでお知らせいたします。